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アカネの道  作者: 西陽です。
第壱章 一年次校内戦
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第伍話 あだ名

「はじめ!」


 遂に、波音との試合が始まった。

 上段は中段と違い間合いをとる中で竹刀が触れ合うことはない。

 朱祢は、間合いがわからなかった。

 始まった瞬間からピンチだった。

 中学では当たるはずもない相手。それに対する知識も少ししかない。

 朱祢には、脚の強さなどない。手足もそんなに長くない。対抗する手段が見つからない。

「負ける」という文字が頭に浮かぶ。


(いいや、負けない...まだ、動いていないじゃないか!)


「負ける」という考えを頭から捨て去る。

 最初からそんなことを考えていては勝ちへのルートも見えてこない。確実に負ける。

 だが、どうすればいい。どうすれば勝ちは見えるのだろう。


(さっきのヒデみたいに、無いはずの小手を打つか?)


 さっき坂本は、ないはずの小手を打ち、面を開けさせた。

 ただ、さっきと同じことでやられるとは思わない。警戒はするはずだ。


(あと気づいたけど...相手の小手を打つのって、ほぼ面を打つのと同じじゃん!)


 当たり前だが、上段の構えは小手が、面の位置にある。

 小手を打つためには大きく出なければいけない。

 出るための足があればいいが、残念ながら朱祢にはない。


(小手も許されないのか...今まで以上に、走る必要があるな)


 朱祢は、中学時代から他の人と差を縮めるために走り続け、今では近くの小さい山の上り下りを走り切れるくらいにはなった。

 それでも、差が縮めらないというひどい現実が朱祢をいつも襲っている。

 面を打とうと思えば打てるくらいにならなければ、高校では勝てない、という見たくもない現実が押し付けられる。

 今まで以上に努力をしなければ、高校では勝てない。勝てなければ、レギュラーに入れるはずもない。入れなければ、剣道部に入った意味もない。


(ただでさえ俺は、運動には不向きな体なんだ。これまでも人並み以上の努力はしてきたつもりだったけど...つもりだけだったらしい。というか、返し技に逃げてたツケが回ってきた感じかな)


 悔いても仕方がない。どうやって勝つをか考える。


(大丈夫。堀田先輩みたいに速くない。しかもさっき試合を見ている。情報を整理して、隙を見つければいい)


 さっきの試合から、波音の上段が、まだ未熟だということがわかった。坂本を追いかけるのに必死で、最初に打てなかった。坂本が平正眼に構えるのに時間がかかった。あの時間があれば並の上段の選手ならば一撃いれることは可能だろう。波音は一撃いれる前にためらう時間がわずかだがある。隙があるならばそこか。


 ふと、疑問に思ったことがあった。


(もしかしたら、上段に対して返し技、なんてできるのかな・・・?)


 試してみる価値は、ありそうだなと朱祢は思った。

 多分、面に対して小手や、胴を狙うことは不可能。小手を打つには近すぎる。胴を打つには遠すぎる。

 ならば、面を摺り上げて面。これが唯一できる返し技だろう。


(だが、打ってくるタイミングがわかるかどうかが問題だな。間合いもわからないし、思いっきり前に出れないな・・・)


 上段の一撃は、片手打ちにより諸手の時よりも伸びる。さらに振り上げる必要もない。打ちの速さ、長さ共に剣道界最強の一撃といっても過言ではない。さすがは攻めの構えと呼ばれるだけある。

 関心している場合ではない。どうにか打ってくるタイミングがわかれば、すりあげることができるが。


 相手に打たせるために動いたら打たれそう。そんな気がしてならない。


(そういえば、一瞬ためらいがあったよね...ならばその時に面を防げばできるかもしれない)


 朱祢はいきなり右に回り、小手を打とうとする。

 それを見て、波音は追いかけて面を狙う。

 明らかに遠間で、朱祢が打てるはずもなく波音が一本とれる間合い。


(一瞬のためらい・・・見えた!ここで面を竹刀で守りながら、動きを止める!)


 動きを止めたのは打つための間の確保のため。勢いづいた体に対して、前に出て打ったら一本にならない。


(竹刀が当たったと思ったら擦り上げて面!)


 波音の一撃が朱袮の竹刀に当たる。その瞬間、竹刀を振り払うように上へ上げ、その勢いのまま相手の面を狙う!


(これはいただく!)


 竹刀が何かに当たる感覚が朱袮にはあった。

 響いた音は、布と竹がぶつかった音



 ではなく金属と竹がぶつかった音だった。


 朱袮の竹刀の剣先は、面布団の手前にある面金で止まった。

 あと数センチ長ければ、確実に一本になっただろう。


(俺が面を打つってのは...そんなに無理難題なことなのかよ!)


 朱袮は当たるのをみた瞬間、顔をしかめた。顔の筋肉がひとりでに動き、大きく歪んだ。


(どうして届かない!一体何が足りないんだよ!)


 忌々しくて歯ぎしりをする。

 そんな場合でないということはわかっているというのに。

 作戦、タイミング、打ちの強さ...全てが揃っていた。一本になるには全てが揃っていたはずだ。しかし一本には届かなかった。


 朱袮が考えている間に、姿勢を整えた波音が、後ろに下がっている朱袮を追いかけてきた。

 上段に構えながら追ってくる波音の竹刀は払えるわけがない。


(止まったら面を守りながら、相手の方に詰めて、鍔迫り合いにもっていこう)


 追いかけて打ってきたところを竹刀で防ぎ鍔迫り合い。

 すると鍔迫り合いになったと同時に、波音が押してきた。


(打ってくるのか!?)


 朱祢は、打ちに対して構えようとした。


「やめ!」


 丸山がやめをかけた。


 朱祢は、気づき、下を見た。


 左足が白線から出ている。


(集中しすぎて見えてなかった...やっちゃった)


 とぼとぼと、開始線に戻った。


「反則一回!」


 今のは朱祢が場外に出たことによる反則だ。

 剣道は、反則が細かくある。

 例えば、今のように場外に出た場合、自分の竹刀を落とした場合、時間の空費などがある。

 そして、反則は2回で一本となる。

 反則一回の重みは大きい。

 あと一回反則を貰うと、一本になり、そのまま逃げに徹すれば勝てるのだ。

 今まで以上に色々なことに気を付けなければならない。

 反則の重み、それは動きが制限されること。


「はじめ!」


(まだだ!一本取られたわけじゃない!ただ、多分あの返し技はもう通用しない。あの一撃が本当に悔やまれる!)


 試合が再開し、すぐに波音が一歩入って必殺の一撃を振りかざしてきた。


(あの一撃が決まらないと見たから打ってきたのか!?防御も脆いし、上段に対してはまだできないし、上段にだけは後手に回りたくないよ!)


 ここから一方的な試合が始まった。


 波音は、自由に攻撃を繰り出してきた。

 面。面に見せかけて小手。小手に見せかけて小手面。引き技も堂々としている。

 波音と朱祢の試合は、はたから見れば獅子が全力で小動物を狩っているよう。

 その獅子は狩りをとても楽しそうにやっている。小動物は食われないために、獅子の攻撃から惨めに逃げ回っている。


 波音は、勝機が見えたから、ためらう必要がないとわかったから、打っているだけなのに、それを朱祢がギリギリで防いでいるので、余計に波音が楽しんでいるように見える。


(このままではどうしようもないけど、どうしたらいいかもわからないのに...空いている胴を狙いたいけど、確実に振りかぶっている最中に面を打たれる...他に開いているところは、開いているところは...あ)


 ひとつ見つけた。

 胴と同じく打ってくれと言わんばかりに開いている喉元が。

 胴と違い突きは振りかぶる必要がない。そのまま突き出せばいい。


(やったことないけど、このままやられるよりはマシだ。一本とる!絶対に取る!)


 一撃に思いをこめる。波音の喉元を狙い、現在できる最速の一撃を喰らわす。

 一点に集中し、技を放った。


「ツキイイイイイイイイ!!!」


 この一撃が決まらなければこれ以上はない。それぐらいの思いを込めた。


 そんな一撃が、よけられた。


 原因は、朱祢の勘違い。


 上段は打つ時の姿勢は、よりリーチを長くするために、左肩が前に出る。

 つまり姿勢としては、横になる。

 打っている最中に突きなど当たるはずもなかったのだ。


 突きは外れ、そして波音の面も、幸い打ちの位置が深かったため一本にはならなかった。

 鍔迫り合いになる。


(またここから一方的な展開になるのか)


 朱祢がそう思った、その時だった。






 □





 波音の一方的な試合運びは、観客を沸かせていた。

 周りの部員たちは、試合に魅了されていた。


 一名を除いて。


「つまんねえな」


 堀田がそうつぶやいた。

 隣にいた武田は、それを聞き話しかけてきた。


「そうかい?波音のあの攻撃的な姿勢はすごくいいと思うけどな」


「一方的なのがつまらねえんだよ。あいつは、俺に勝ったんだぜ?もっといいとこ見せてほしいぜ。それに、波音も攻めてる割りには一本ならないしな」


「堀田がまけたのは、堀田が悪いと思うけど...」


「きっこえっまーん!都合の悪こことはこの聖夜(せいや)君の耳には届かないのだ!」


「都合の悪いことってわかってるじゃん...」


「とにかく!なんかおもしれえ事起きねえかな」


 すると朱祢が波音に向かって、突きを狙って動き出した。


「あ、試合が動くよ!」


 武田の言葉に、堀田はため息を吐きながら答えた。


「決まったな。波音の勝ちだ」


「そうだね、突きを狙ってるのがわかりやすすぎるよ。応じて面を打つだけで一本になるかな、もう少しで時間切れだし」


 2人の会話通り、突きは外れた。


 だがしかし、波音の一撃も一本にはならなかった。


((こいつ、いっつも決定的な一撃が打てないよな))


 冷たい視線を波音におくった。


「もう動かなそうだね、試合。引き分けで終わりそう」


「ああ、つまんねえ」


 はぁ、とため息を出した。


 ここで堀田はいらないことを考え出した。


「そうだ!俺がおもしろくしてやろ!」


 そう言って、息を目一杯吸い出した。


「ちょった待って、何をすr・・・」




「オイニーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」





 □






 いきなり、堀田が叫びだした。

 ただでさえ静かだった道場の空気が、さらに冷え、凍った気がした。


(何叫んだんだろ。おいにー?まあ、いいや。試合に集中・・・」


 ここで、朱祢は気づいた。波音が凍ったように動かなくなっていることに。


(なんか知らないけど、一本貰いますよ!)


 そう言い、体当たりをした。


「うぉ」


 小さめの声が出た。よかった。さっきの叫びで本当に凍ったのだと思った。


「コテエエエエエ!」


 声を出し、引きごてを決めた。確実に一本の一撃。


「め、メンあり!...フフッ...」


 丸山は、笑いをこらえながら赤旗をあげた。

 どうやら、笑いをこらえているのは丸山だけではない。

 2、3年生全員、笑いをこらえている。

 堀田においては、波音を指さしながら、ゲラゲラと笑っている。

 指さされている本人は、プルプルと、小刻みに震えている。


(みんなが笑うのはいいけど、これは大丈夫なのかな...)


 すると朱祢が心配していたことが的中した。


「ゴホン」


 低い咳払いで、再び場が凍りだす。

 部員ほぼ全員が、恐る恐る上座の畳の方を向いた。


 その人物は、笑っていた。だが、その笑顔はとても暗黒的だった。

 生唾を飲み込んだ。




「お前ら...防具すべた外して、外周、10周、走ってこい。今、すぐに」


 この部の法律が、そう言った。


「「「は、はい!」」」






 □





 ひどい目にあった。

 まだ部活は一回目。それなのに罰として、走らされるとは思わなかった。

 いつも走っている為、それほど苦ではなかったが。

 ちなみに、一番早くに終わらせたのは鍋田だ。朱祢は5番目。


 こんなことになっていしまった元凶はというと、波音と互いに小突いたりしながら並んで走っていた。仲が悪いわけではないらしい。


 そして今は、波音とともに怒られ中である。

 試合は、遅くなってしまったのでまた今度ということになった。

 今は、部室で着替え中である。


 ところでオイニとは何だろう。



「いやあ、ひどい目にあったわー」


 怒られていた堀田が戻ってきた。


「お前のせいだろうが!なんで試合中にあんなこと叫んだんだよ!」


 波音の意見はごもっともである。


「だって、面白くなかったし。あー、でもみんなごめんね!つい!てへぺろ☆」


 なんだかすごくムカつく。

 朱祢はとりあえず、気になってきたことを聞いてみた。


「あの、オイニーってなんですか?」


 堀田は波音を指さした。


「こいつのあだ名。封印したはずの」


「なんでそれが、あんなに笑えるんですか?」


「ああ、それはね...」と日野がしゃべりだした。


「前に、波音の匂いが酷いって女子が言うもんでさあ、誰か波音の小手の匂いを嗅ごうぜって話になって、じゃんけんで負けた堀田が嗅ぐことになって...そしたら..フフッ...こいつ、『このオイニー、すごい...』って言って、ゲロ吐いて倒れるんだもんwww」


 それで、オイニーか。ひどいな。なんで業界用語風なんだ。


「で、堀田のあだ名は、ゲロ田だ」


 うわ、さらにひどい。


「ちなみに、武田はブタな」


「ちょっと先輩!?」


 一人巻き込まれた。


「あ、ブタは、武田の体型と、武ってブとも読めるだろ?だからブタ。正しくは武タな」

「そこまで、懇切丁寧に教えなくていいですよ...」


 武田は、鳴き真似...もとい泣き真似をした。


「君らは、あだ名とかないの?」


「「「「ありません」」」」


 新入生そろって、断言した。


「えー、でも英雄君は、字からみてヒーローとか言われたことあると思ったんだけどねー」


「あー、それなら言われたことあります。1回だけですけどね」


「なら、君は今から、ヒーローだ!」


 堀田は、どっかの熱い男のような感じで言い、坂本を指さした。


「いや、呼びにくいんでヒデでいいです」


 坂本は冷静に返事をした。


「ヒデ!いいじゃん!他は?他の人のあだ名は?いい?」


「「「結構です」」」


 朱祢達は断固拒否した。


「アハハ...まあ、こんな部だけど、よろしくね!」


 丸山が笑顔でそう言った。


 朱祢の物語は始まったばかりだ。

来週はかけないと思うので、行間っぽいものを投稿しようと思います。

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