第肆話 対カウンター
次は、堀田先輩との試合だ。堀田先輩はとてもはやい打ちだったはず。よーし、頑張るぞ!
朱祢は意気込む。結局あの違和感は思いだせなかったが、多分問題ないだろうと判断した。どちらにせよ強いとわかっているならば、違和感も含めて警戒するべきだろう。
堀田が今素振りをしているのが見える。朱祢は、真面目にウォーミングアップをしているなと思っていた。
が、その考えは堀田の突然の行動によって砕かれる。
素振りをしている途中、突然竹刀を振り上げたまま止まらせる。そして頭上で竹刀を振り回し始めた。
「タ〇コプターwwwww竹刀だけにwwwwwうおおおおおおおwwwww」
それを見て周りの先輩たちは「くだらねえw」と笑っている。清田も笑っている。しかし口角をピクピクとさせていることから明らかに苦笑いだということがわかる。
「危ないからよせ。新入生、近野以外にウケていないぞ」
丸尾が注意をする。
確かに近野は爆笑しているが、朱祢は近野の他にウケた人を見てしまった。
仲野が、「タケコプターwwwww」と堀田が叫んだあと、一瞬だけ、ブッと吹きだし、その後すぐに元の無表情に戻したのだ。かわいい。
あと竹刀を頭上で回そうがタ〇コプターには見えないと朱祢は思った。
とりあえず、堀田がふざけた人だということは判明した。面白いことをやって場を和ます、ムードメイカー的ポジションなのだろう。
「とりあえず、堀田、後輩が待ってるよ」
丸山が声をかけ、堀田が試合場に入った。
「はじめ!」
立ち上がるとすぐに、堀田は、バンッ!と足で床を鳴らす。
威嚇のつもりなのだろうか。少しだけビビりはしたが我慢をする。威嚇にビビり、手元を開けてしまったら相手の思うつぼだ。
できるだけ近くに。簡単に打てる間合いに入れ。バレないように自分の間合いを作るのだ。
足を横に動かしたり、後ろに動かしたりして少しずつ前へ詰める。
朱祢は身長が低い。そしてお世辞にも足が速いとは言えない。だからこういう狡いことでしか自分から打てない。
思えば、低身長で得したことなど、ほとんどない。取りたいものは大体上にあり、人と話すときは、見上げなければならない。
剣道においても同じだ。相手の方が身長が高いので打つ時に自然と大きくなる。身長が高い人が持つ、上から打つ楽しみというのを朱祢は知らない。そして相手との差を縮めるためには、相当な努力を求められる。
もちろん、努力をしていないということではない。毎日素振りは1000本はしたし、走り込みもしていた。
それでも仲間との差は縮むことはなかった。
自分の努力が無駄だ、というわけではない。実際に勝ててる試合はあるのだ。
だが、その試合のほとんどが小手や胴であり、メンを入れたことなどほとんどない。あったとしても、引き面か、あるいは、どうして入ったかわからない面だった。
故に、他の人のすごいところは、目立つ。仲野のこともすごいと感じる。坂本のこともすごい。鍋田も、日野も、波音も...
そして、その反面、「自分にはできないな」と感じる自分もいた。
できないと決めつける自分が嫌いだった。自分にはできないから、と勝てなくて当然だ、と諦めているみたいで。
だから勝ちを模索する。「諦めている自分」に抗い続ける。
中学三年の時のあのような試合は、あの時のような気持ちは、二度と感じたくない。
このような気持ちで戦うのは堀田先輩にも失礼だな、と朱祢は思い、試合に集中する。
もうすぐで自分の間合いになる。そこからは自分が自由に動ける。
少しずつ、少しずつ、前に出ていき、ついに自分の間合いに入った。
それと同時に中心線も取れていた。
(これは、もしかして!打てるかもしれない!念願の面が!)
上から打つ、とても気持ちの良い、自分でも納得のいく面。ここまで綺麗に中心線を取れたことはなかった。ついに打てるかもしれない。
朱祢はそう思い、中心線を取ったまま、最速のスピードで、最短の距離を通りながら打とうと振りかぶる。
確実に面を捉えた。
あと7cm程度。
堀田は動く素振りも見せない。
あと5cm。
一刻も、一刻も早く!
あと3cm。
その快感を、味わせてくれ!
剣先は、しっかりと面を捉え、あと2cm振り下ろせば確実に面が入る。
満足のいく面が打つ未来が見える。
だが、そんな未来は訪れなかった。
「コテェ!オコテワァ」
朱祢の小手に剣先が当たっていた。
堀田は寸前まで動いていなかった。あの一瞬で竹刀を振り、小手を打ったのだ。
後に動いた方が、一本を取ったのだ。
「コテあり!」
丸山の声が響く。白が3本上がっている。
朱祢は少しの間、あまりにも衝撃的な出来事に、思考が停止した。
(俺は先に動いた。前に出て打った。堀田先輩は後に打った。やられた!)
綺麗に中心線を取れたのも、堀田の策だ。まんまとしてやられたのだ。
朱祢は動いたのではなく、動かされたのだ。考えてみれば単純な罠だった。
(それにしても打ちが速すぎる!あと数センチのところでも動く気配なかったぞ)
罠よりも恐るべきは、あの打ちの速さだ。振りから打ちまでが刹那だった。
だが見えなかったわけではない。いや、見えなかったというほうが正しいのか。
打つ瞬間、手首から竹刀までが鞭のようにしなったのだ。
鞭のようにしならせることで、手首から先の方まで力が完全に伝わり高速で打つことができるのだろう。
手首の異常なまでの柔らかさと、それを支える筋肉、才能とそれを活かすための努力あってなせる業。
(すごい、すごい!...すごいけれど・・・)
感心している場合ではない。勝ちを模索する。思考を巡らせる。だが、
(どうすればいい。どうすれば勝てるのだろう。こんなすごい人に)
試合をしていて分かったことがあった。
堀田は自分から攻めない。完全な応じ技タイプの選手。
そして、朱祢も応じ技を得意とするタイプだ。
いや、朱祢の場合は応じ技を得意にならざるを得なかった。
今まで、返し技の選手と戦ったことがないわけではない。
返し技の選手と当たった場合、朱祢は、自分から打っていき、相手に打たざるを得ない状況を作る。そして、相手が動いてきたところに、返し技を喰らわす。
しかし、今度の相手、堀田はそういうわけにはいかない。
自分から打ったら、打たれる。多分、相手を動かすための打ちをすることすら許されないだろう。
「2本目!」
今度は堀田が積極的に前に出てきた。
竹刀を払ったり、剣先を少し下げたり、逆に上げたりしながら前にでたり、後に引いたりする。
だが決して打ってきたりはしない。
堀田は相手がでてくるのをじっと待つ。まるで浮きが沈むまで見ている釣り人のように。
朱祢も、手元を上げずに、前に出てきたら後ろへ下がり、後に下がったら前に出た。
とりあえず、間合いは保とうとしている。だが、打開策は見当たらない。
打てない。だが、打たないと1本にならない。何か方法はないのだろうか...
試合が始まって1分経とうとしていた。
すると、堀田の動きが完全に止まった。
竹刀も動かず、足も動かず、声もない。
「?」
何をしているのかわからなかった。相手を動かそうとして動いていた人物が、いきなり止まったのである。まるで、電池が切れたロボットのように。
これも何かの罠なのだろうか。
5秒くらい経っていきなり堀田が打ってきた!
「!」
朱祢はなんとか竹刀で防ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。
(あっぶねー!そういうこともするのか!油断ならな...ん?)
その時、面金の間から見えてしまった。堀田の顔が...
彼はどこを見ているのだろう。
朱祢を見ているのか。試合を見ている人を見ているのか。目の中のゴミを見ているのか。はたまた、見えないものが見えているのか。
目はどこか一点を見つめていて、口は半開きになってる。鍔迫り合いをしているというのに、力が全く感じられない。見るからにぼけーっとしているのがわかる。その顔は、とてつもなく、ブサイクだった。
すると、また5秒くらい経ってから鍔迫り合いに力が入り、鍔迫り合いをしながら堀田は「ヤァ!」と声をだした。
(堀田先輩、もしかして)
朱祢は脳内でこれまでの情報を整理する。動きの停止、いきなりの起動、どこを見ているかわからない目、そして、試合前の違和感...
(堀田先輩は・・・)
朱祢は気づいた。
(・・・集中力がない?)
そう。堀田は集中力が続かないのだ。
そして、自分で攻めないが故に、必ず、試合中に集中力をきらしてしまう。
あの目はどこも見ていない。朱祢が、堀田と鍋田との試合で感じた違和感は、1分くらいで堀田の動きが著しく鈍ったことだろう。
確かに、この異常なまでの集中力の途切れは、違和感を感じるだろう。
堀田の剣道は、約1分しか持たない。1分すぎると、集中力がなくなり、動きが止まってしまう。それでも、試合に集中しようとなんとか打とうとしている。
(なんだか、大変そうだな)
この試合は、朱祢は勝てる。打ってくるタイミングを覚え、打てない時に打てばいい。とても簡単なことだ。
(でも、なんだかなぁ)
集中力が途切れているときに、面を打つことも簡単だろう。
(これ、勝ったということなのかな…)
集中力が途切れたときに上から面を打った。
「メンあり!」
とても簡単に、綺麗な面が入る。
「2本目!」
2本目が始まった瞬間、焦りからか、堀田はすぐに面を打ってきた。
朱祢は、その動きがばっちりと見えた。
小手を狙います小手を打った。
「コテェ!」
小手が入る。
「コテあり!」
朱祢は勝った。勝ったのだが...
(すっごい、とてつもなく、気持ち悪い!)
今回も気持ちの良い面を打たせて貰えずに、よくわからない面で一本取れた。
「お前は、また...何やってだよ!」
堀田は今、アドバイスを貰いに行っている。というよりも、怒られているという方が正しいだろう。
「すいません。なんか、途切れちゃうんすよ」
怒っている清田は、怒りの感情半分、呆れ半分という感じである。
「鍋田の時は頑張ってたじゃねえか」
「あれは、俺の打ちって速いから、最速の面打ちができる、あの選手の真似をしたんですよ」
「その真似をしたが…」
「ダメでした!へへっ☆」
堀田が曇のない笑顔を見せる。
「へへっ☆じゃない...まぁいい。雀間との試合のあれは、なんだ!」
「いやぁ、あいつ、単純なヤツだと思ったんですけどねぇ…」
(単純なヤツ...)
朱祢は少しだけ傷ついた。
だが、それは事実だ。あれは、単純な罠だった。単純な罠にかかる者は、単純である。単純でなければかからない。
「でもその後は、動いてきませんでしたし、とても考えてましたね。まずいなぁと思いました」
「で、相手が考えている、と思った時にお前は何か考えていたのか?」
「考えていませんでした!」
その、あまりにも堂々とした態度に、清田は、深いため息を吐く。
「あのな...返し技を得意とするやつが、集中力がないのは大きなデメリットだぞ?どうにかしろ」
「どうにかしろって言われてもっすね...幼少期から集中力がないですし」
「なら自分から攻める方法を探せ」
「無理っす。教えてください」
「なら教えるからちゃんと毎回部活こいよ」
「えー」
「えー、じゃない。お前のサボり癖は異常だからな」
「サボってないっすよー。生徒会とか風邪とかですよ全部」
「生徒会室で、仕事せずにお菓子ばかり食べているって聞いてるぞ」
「それは...ただの噂ですよー」
清田がまた、ため息を吐く。
「...まぁいいや。これ以上はめんどくせぇ。部活来たときに教えるから、それで足りないところは、自分で考えろ」
「ウッス。あざしたー!」
話が終わって、堀田は元の場所に戻り、「怒られちゃったぜ☆」と変顔をしながらいった。
それを波音は「馬鹿だなぁ」と指をさしながら笑っている。
全ての人が2戦を終わらせた。
ここまで無敗なのは、日野、坂本、仲野の3名のみだった。
ホワイトボードを確認しにいく。
「次は誰だろなー...っ!これは!」
そこに書いてあった名前に、動揺する。
「波音先輩・・・」
波音。坂本と戦った上段の選手だ。
上段は中段の相手と違い、間合いが分かりづらい。高校に入って間もない朱祢は尚更だ。
「不安だ。不安だけど。」
勝てないことはない。実際、新入生の坂本は波音に勝っている。
それに、試合前から不安になっては、試合の時に動けないだろう。
もうすぐ試合がが始まる。朱祢はさっさと面を付ける。
(やってみせる!)
朱祢は小手を付け竹刀をとり、赤の方へ向かった。