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アカネの道  作者: 西陽です。
第壱章 一年次校内戦
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第参話 鍋田と書いてザコと読む

 坂本の試合が終わった後は、丸尾というさっきの少し老けた顔の先輩ともう1人の新入生の近野の試合だった。

 丸尾は、打ちがとても曲がっているように見えた。それなのに中心線を取っているようで、それでいて小手が普段と違う位置にある為非常にやりづらそうであった。

 結果は丸尾の二本勝ち。


 朱袮は次の試合相手の確認をしにホワイトボードを見にいった。


「堀田先輩か。どんな人なんだろう。」


 朱祢と仲野との試合に堀田は鍋田と試合をしていたはずだが、朱祢は面を付けていたので、少ししか見れていなかった。

 ただ、堀田と鍋田の試合で少しだけ、変なことが起きてた気がした。だが朱祢はそれが何だったのかを、はっきりとは思い出せなかった。

 堀田との試合は後3試合後。次の試合は鍋田と仲野の試合だ。




 □




「久しぶりにお前と戦えるな、仲野」


 鍋田が横で面を付けながら喋りかけてきた。


「中学ではなかなかお前と戦えなかったからな」


「・・・・・・」


 仲野は何も返さない。


「なんか反応しろよ」


 その言葉でようやく仲野が口を開く。


「いや、ザコが隣でなんか言ってるなぁ、としか捉えてなかった」


「・・・そうやって言ってられるのも今のうちだからな。今度こそは俺が勝つ」


「勝つ?唯一私と戦える可能性があった試合で江崎に負けたお前が?私に?」


 仲野は鼻で笑いながら、鍋田に言った。


 江崎とは、大将だった、梅島西の元部長である。

 中学では、男子と女子が試合をするということはあまりなかった。

 だが唯一、中体連が終わってからの引退試合で、梅島西中で男女合同でやる試合があり仲野と戦える機会があった。

 しかしそれはトーナメント形式で、勝たなければ戦いたい相手と戦える可能性もない。

 そしてトーナメントの途中、鍋田は江崎に一本取られ、そのまま負けた。仲野と戦うということは叶わなかった。

 鍋田も悔しかっただろうが、仲野もその試合では悔しい、というよりも腹立たしい気分になった。

 まさか江崎に一本取られるとは思ってもいなかった。気を抜いた訳ではない。本当に実力でやられた。


(あの試合で私は1回斬られた。思い出すだけでも腹が立つ)


 もちろん、江崎に腹が立ったわけではない。1回斬られ殺された自分に腹が立つのだ。しかも知っている相手に。実に情けない。

 面紐と面が当たりピシッ!という音がする。どうやら鍋田が面をつけ終わったようだ。


「絶対に倒す」


 鍋田が小手を最後に付け、立ち上がる。

 仲野も面をつけ終わり、小手を付けて立ち上がる。

「楽しみにしてる。まぁ無理だろうけど」


 そう言い、仲野は白側の方へと歩いていった。





「はじめ!」


 試合が始まった。

 仲野と鍋田は、幼稚園の頃から知っている腐れ縁である。

 家は近くで幼稚園も同じ。7歳のときに鍋田が仲野がいる道場に通うようになり、中学も同じ梅島西中学。長年一緒に剣道をやっている。

 つまり、お互い相手の手の内はわかりきっている。

 故に仲野は気を抜かない。いや、他の相手にも気を抜くことなどそれほどないのだが、鍋田との殺り合いは、他の相手以上に気を抜けないのだ。

 無闇やたらに斬りこんだりしない。そんなことをしたら、逆に、手の内を知っている鍋田に斬られる。


(斬りにはいかない。だが、前に詰める。竹刀(かたな)を払う。斬る真似をする。無闇やたらに斬りに行く以外は何でもできる)


 仲野は、足の指を尺取虫のように使い、少しずつ、少しずつ、相手との間合いを詰めていく。しかし、深くまでは間合いを詰めない。


 剣道において、「間合い」というのはとても重要である。

 間合いを詰める、というのは単に打てる所まで入る訳ではない。


 間合いを詰めるということは、一瞬で攻撃できる範囲を広げるということ。

 また、相手の攻撃できる範囲を狭めるということである。


 これは、小学生の頃に道場主の先生に教えて貰ったことだ。

 当時の仲野はよくわからなかった。前者は、なんとなくだがわかる。後者は全くわからなかった。

 しかし、今ならばわかる。

 間合いを攻め入り、詰めると、相手はなにかしらアクションを起こさなければならない。自分の間合いを守る為に後ろに下がったり、斬れると思ったら前に出るなどなど...


 つまり、間合いを詰めることは、相手を動かすという事になる。


(認めたくはないが、鍋田(ザコ)は速い。50メートル走6秒台。そのタイムをサンダルでだしたヤツだ。その足から繰り出される攻撃はとても鋭い)


 だから少しずつ前に。相手の間合いに入らない。相手の間合いを少しずつ潰しながら、自分の間合いを広げていく。そして最後には斬り殺す。


 間合いの取り合いとは、この試合の主導権の奪い合い。


 さっきのように、斬って崩している訳ではない。だが、成長をさせないのは同じことだ。


(鍋田(ザコ)が攻撃してくるようならば、空いている所を狙い返し技を決める。してこないのであれば中心線を制して斬る!)


 仲野は一足一刀...つまり、1歩踏み込めば殺せる間合いに入り、面のフリをする。


 鍋田が反応し胴を狙う!


 しかし仲野は面にいくフリをしただけ。

 鍋田が反応したのをみると、即座に左斜め後ろに少し下がり、胴を狙っている竹刀に向かって、思いっきり振り下ろす!


 パァン!という竹刀がぶつかる音がする。鍋田の手から竹刀が落ち、ガシャン!と音を鳴らして、竹刀が床に落ちる。


 剣道の試合は、主審が止めをかけるまで試合が続く。


 竹刀が落ちた瞬間から主審が止めをかけるまで確実に少し間が空く。


 その間は仲野にとって、相手を斬るには充分な時間だった。


 振り下ろした竹刀を一瞬にして振り上げ今度は相手の面を狙い振り下ろす!


「メェェエエエエン!」


 仲野は確実に鍋田の頭を真っ二つに斬った。


「メンあり!」


 主審も副審も白にあげている。

 仲野の目の前には、転がった竹刀と、自分の小手を見つめている鍋田の姿だった。どうやら竹刀を打ったときに手が痺れたらしい。


(手が痺れるだけでよかったな。本来だったらお前は死んでたぞ?)


 開始戦に戻る。

 丸山が鍋田に「大丈夫?」と声をかけている。それに鍋田が「大丈夫です。まだやれます」と応答している。


(当たり前だ。鍋田(ザコ)は、私を倒す、と言ったのだ。無理だとは思うけど、そんなことで諦めてしまうなんてことはないだろう)





 □





(チッ、手が痺れる。小学生の時からずっと変わらねぇ)


 手を握ったり開いたりしながら感覚を取り戻す。


「大丈夫?」


 丸山が声をかけてきた。もちろん大丈夫だ。道場の頃からこんなもの慣れっこだ。


 鍋田 剣斗(なべた けんと)は仲野千冬と小さい頃から知り合いだった。家は近くで幼稚園が同じだった。だからといって遊ぶということはなかった。特に興味もなかったので顔すらも覚えていなかった。

 7歳の頃から剣道を始めるために道場に通うことにした。するとそこには仲野がいたのだ。

 久しぶりにみたその顔は、少し大人びて見えた。素振り、姿勢、すり足、踏み込み・・・その全てが美しく綺麗でかっこよかった。

 鍋田は、仲野の剣道を真似て成長した。

 小学校4年生になった時に、やっと面を付けることを許された。

 面打ち、小手打ち、小手面等の基本稽古。左右の面を打つようにする切り返しの稽古。技をどんどん出していくかかり稽古、相がかり稽古。そして試合形式の地稽古。先生が教えてくれて、年上の人達を見ながら覚えた。

 そして人生初の試合が迫り、道場内で試合をすることになった。

 その時に仲野と当たり、鍋田は惨敗した。その時に仲野から


「ザコじゃん」


 と言われたのである。

 鍋田はそれがショックで、そして悔しくてたまらなかった。

 そこからは仲野は「憧れ」ではなく倒すべき「宿敵」となったのだ。

 それから何度も何度も事あるごとに、鍋田は仲野に挑んでは、その度に返り討ちにあった。

 小学校を卒業して、仲野が梅島西に行くことがわかったので鍋田も梅島西を選んだ。

 だが中学では同じ時間、同じ道場でやっているにもかかわらず、男女別の部活となってしまい、仲野と戦うことがあまりなかった。唯一戦える可能性があったものでも、江崎に負けて、可能性が潰れてしまった。


(やっと戦える、3年間がものすげぇ長く感じた。今度こそ勝つ!もうザコとは言わせねぇ!)


 竹刀の右側に行き、左肘をつき、左手で竹刀をとり、開始戦に戻って構える。


「2本目!」


 鍋田は丸山が声をあげるとすぐに、前に出て面を打ちにいった。

 出鼻面。開始と同時にすぐに打ちにいく面。

 最初から打ちにいくことで相手は怯んだりすることがある。

 しかしそれだけではない。

 当たり前のことだが試合を始める時、再開する時には自然と構えることができる。

 つまり1番落ち着ける状態にあるのは自然と構えることが出来る最初の時間である。

 1番良い打ちを最初の瞬間に持ってくることができる。

 脚が強ければさらに有利がとれる。


 そして、鍋田は脚に自信がある。


(この一撃で取り返す!三本目に持ち込む!そして勝つ!)


 仲野の頭上を捉える。剣先は軽く弧を描きながら面へと向かう。


 だが、剣先が届く前に、仲野が鍋田の竹刀の鍔元を抑え、鍋田の一撃は捌かれた。


(チィッ!)


 そのままぶつかり、鍔迫り合いになる。


(白目キメェんだよクソが!)


 足を使って引き技を打てるように間をつくり思いっきり竹刀を振り上げる。


 相手が面を打ってくると思うように見せる。


 そして胴を狙う!


 しかし弾かれ、防がれる。


 鍋田が引くのを見て、仲野がすぐに追いかける。

 鍋田は仲野の竹刀を払いすぐに面を狙う。


 しかし、この一撃も竹刀で防がれる。


 次に振り返って面を打つ。これも防がれる。

 払って小手面。これも防がれる。


 打つ。防がれる。打つ。防がれる。防がれる。防がれる。防がれる。防がれる。防がれる...


 鍋田は軽くイップスのような状態に陥りそうになる。


(無駄に長い付き合いだ。お互い相手を知っている。クソが!俺はどうしてこいつに一本入れられねえ!)


 遠間から面を打つために下がろうとする。すると、仲野は下から小手を打とうと、剣先を下げた。


(やらせるかよ!)


 鍋田は、鍔元を抑え、小手を打てないようにした。


 仲野は、竹刀を下から動かし左側から右側に移した。


 面を打つには深すぎる。小手や胴は打てるわけがない。中学剣道ならばこの位置からは一本になる打ちなどない。


 だが、高校剣道にはひとつ、技が多くある。


 仲野は、竹刀を縫うように入らせて行き、鍋田のある場所に剣先が向かう。


 喉元だ。


 剣先が喉元に近づき、当たり、そして突き、抉る。


「あがっ!」


 抉られていくうちに小さく声が出た。


「ツキアアアアアアアアアアア!!!」


 仲野が残心を取り、白旗が3本ともあがる。


「突きあり!」


 鍋田は突きを取られた。それも、まだ高校に上がって間もない相手に。


「勝負あり!」


 蹲踞し、竹刀をおさめ、試合場を出た。





「こっぴどくやられたなぁ、鍋田」


 鍋田は今、清田にアドバイスをもらっている。


「でもまぁ、動きは全然悪くなかったぞ」


「ありがとうございます」


「ただまだ、足の動きは甘いな。これからビシバシ鍛えていくから、覚悟しろよ」


「はい!」


「以上だ」


「ありがとうございました!」


 元の位置に戻り、面を外そうとする。

 ともうすでに面を外した仲野が横に来た。


「試合の前のアレ。結局なんだったの?」


 煽りにくんじゃねえよクソが!と鍋田は心の中で毒づいた。


「つーか、何で突き出来るんだよ、高校に上がったばかりのお前がよ」


「ザコに言う必要なくない?」


「いいから、教えろ!」


「んー。だって、小学校からずっと練習してたし」


「は?」


 小学校からずっと?何故?


「なんで、そんなに前から練習してんだよ」


 練習するにしても早すぎるだろ。普通、中学卒業間近から練習するぞ。


「だって、いずれ使う技だし。あ、でも人に対して使ったのは初めてだよ」


 当たり前だ。中学までは禁止されているのだから。ん?待てよ初めて?


「テメェ!俺を実験台にしたのかよ!」


「そ。良い機会だし」


「ふざけんな!クソが!覚えとけよ!」


「そのセリフ、ドラマのチンピラがいいそう」


 クッソ!絶対にあいつにだけは勝ってやる!


 鍋田はその思いがさらに強くなった。

 そしてこうも思った。


 何故、雀間とかいうやつには突きを使わなかったのだろう。あいつは動きもしなかったのに。


 次は、その雀間というやつとさっき戦った堀田先輩の試合だ。


 この試合は1分がキーとなるな。堀田先輩はとても打ちが早く1分で終わらせに来る。だが雀間が1分、何とか凌げば勝てるだろう。なぜなら...

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