第弍話 小さな才能
なんだ、こんなものか。
開始戦に戻る相手を見ながら仲野 千冬はそう思っていた。
仲野の通っていた梅島西中学校の剣道部は、女子男子共に強かった。
特に仲野達が1番上になった頃は、新人戦で男子が県2位に、女子は東海で1位になった。
中体連でも梅島西が女子男子共に1位を占拠するだろうと思われていた。
が、そうはならなかった。
女子は1位になったが、男子は予選敗退。坂本率いる、鞠川中学によって。
だが、恨んだりしていない。寧ろ期待をしていたのだ。
新人戦で県2位というそこそこ実力のある男子剣道部。そこの大将は、仲野に一本入れたことあるくらいには強い。
その大将を坂本は2本勝ちで制した。
(これなんて読むの?...間? まあ、いいや。この人はあの坂本君と試合中も少し話してた。初対面にしては馴れ馴れしすぎるし、たぶん同じ中学だろう。同じ中学ならそこそこ強いと思っていたけど、あの鍋田より弱いじゃないか。期待して損した)
だが、仲野の剣道はかわらない。攻めて打って攻めて打って、相手の心や体が崩れたころで一本を取る。
相手には何もさせない。相手に成長の兆しなど見させない。ただただ自分が強ければいい。
それが仲野の剣道であり、すべてであった。
しかし成長を期待してないわけではない。自分の剣道の中で成長をさせようとしないだけで、相手が強くなるというのは実に気持ちが良い。
自分がより強くなるために成長してくれた、と思うと。
相手は所詮、自分の強さを証明するためのものでしかない。
そしてその強さを証明し、倒すべき敵に主張するのだ。
お前を倒すのは、この私だ、と。
仲野は、畳の上でくつろぎながら試合を見ている男をギッリギッリと歯ぎしりをしながら睨みつけた後、今戦っている相手の方へと向き直した。
「2本目!」
丸山の声で再び試合が始まる。相手の竹刀を払って見せる。中心線をとられまいと竹刀がすぐに戻る。
なるほど、まだ諦めていないのか。それとも周りの目を気にしているのか。まあ、どちらにしろ変わらない。
相手を斬る。ただそれだけ。
自分の剣先を動かし、相手の手元を浮かせようとする。しかし相手は動かない。
(チッ、意外としぶといな。ならば攻めて崩すまで!)
そしてさっきのように、また打ち...いや斬り始めた。
斬って、斬って、斬って、最後弱ったところでとどめを刺す。相手に斬る隙など作らせない。
面、振り返って引き面、払って面、大きく振り上げて引き胴...
連続で打つ。否。連続で技を放つ。
おらおら、どうした。撃てないのか。斬れないのか。できないよな。だってできないように私がしてるんだもの。悔しかったら詰めてこいよ。さっきみたいに、斬る隙を作ろうとしろよ。そしてさっきのように崩して殺してやる。
そして引き胴が外れ、次の技を出そうとした。
だができなかった。
相手が構えなおした。
さっきまでなら、それが何だ、と竹刀を払ったり、そのまま中心線を制しながら斬っていったりしたが、相手はいつでも斬れる体勢に入ってしまった。今いったら確実に殺られる。
ならばまた崩して斬るまで。
剣先を少し下げる。すると相手の手元が浮いた。
(構えることに必死で、気が緩んだか?小手ががら空きだよ!)
仲野は空いた小手を打つ。
その時に相手は小手を狙っているのがみえた。
(しまった!これはもしかして小手面か!ならば先に小手を斬る!)
仲野の剣先が相手の小手布団に当たる。
「コテェ!」
気勢もよし。後は残心のみ。
だが相手が面を打っている最中。残心などとれるはずもない。
(くっ!あまりやりたくはないけど首を傾けて避けるか)
面を少しずらす。相手の竹刀が面の縁に当たる。
(どうだ!?)
副審の一人が相手の方に、もう一人が仲野の方の旗をあげる。
そして主審は...
「コテあり!」
仲野の方にあがった。
何とか勝てた。仲野の口からフー、と息が漏れる。
(相手を下に見すぎた。斬る機会をつくるのがやっとだと思った。これは反省だな。だけど... )
そして相手の方を向いた。
(意外とやるじゃないか。楽しみだよ。あなたの成長が)
そう思いながら、礼をして試合が終わった。
□
今のは、惜しかった。
自分でもそう思うくらいに、朱祢はしっかりと面を捉えていた。
仲野が、打ち続けて隙を見つけて一本取りに行く人だと見極めることができなければ、この惜しさも無かっただろう。
(ただ、あの一瞬で避けたのは流石全中3位だな。でも面の縁かぁ…くっそ悔しいな)
朱祢はこう思ってはいるものの、気分は半分悔しく半分嬉しかった。
なぜなら(女子だけど)全中3位に対して惜しい打ちをだせた。そして、全中3位の剣道を誰よりも間近で見れた。
それが嬉しくてたまらなかった。
とりあえず、先生からのアドバイスを貰いに行こうと上座の畳に向かった。
「お願いします!」
「構えさせてもらえなかったなぁ」
「はい!」
「お前...堂々と返事をするなよ…まぁいい。あれが全中3位だ。どうだった?」
「はい!気迫も怖いと思うくらいすごかったですし、表情も...少し怖かったですけど…勝ちだけを狙っているのがわかって、なおかつ気迫や表情に負けない技の連続打ち、竹刀での攻め...素晴らしかったです!」
「うん。そうだろう。強いやつは心構えから違う。勝ちを狙わないやつはいないが、勝ちだけを狙ってる、というのは勝ちへの執念が凄まじい、ということだな?」
「はい!」
「そうだな。でも、お前も惜しかったのあったな。あの構え直したところからは、よかったぞ」
あ、遠回しにそれまではダメだったって言われてる?
「構えようとした時、どんなふうに考えてたんだ?」
「はい!仲野さんが、打って、崩れたところを狙うタイプだとわかったので、仲野さんの誘いに、あえて乗ってみようと考えました。しかし無理矢理構えても、多分崩されて打たれてしまうので、仲野さんが引き技をした時に一旦1歩下がって構え直し、いつでも打てる体勢をつくりました。結局打たれてしまいましたが...」
「いいんだよ。そういう時はある。それよりも、しっかり分かってるじゃないか。相手のタイプのこと。試合の最中でなかなか見極められるもんでもないぞ。足りなかったのは、速さだな。それはこれから鍛えていくから頑張れよ」
「はい!ありがとうございました」
頭を下げて、見ていた位置に戻り、面を外し他のメンバーの試合を見る。
次は、坂本と波音という丸山や日野に次いで背が高い先輩が試合をやる。
坂本と波音が、試合場に入り、3歩歩いて互いに礼。開始戦まで進み蹲踞。
「はじめ!」
丸山の声で互いに立ち上がる。ここまではさっきと同じ。
だが立ってみると、明らかに波音は坂本とは違う構えをしていた。
上段の構え。手の位置を頭まで上げ、打つ時に竹刀を振り下ろすだけという構え。
中段が、攻防共に小回りが利くバランスのいい構えだとしたら、上段は、隙が多く、打突後の防御の脆さの代わり、離れた間合から最長のリーチを生かして撃ち込む一撃必殺の片手面が特徴の攻めの構え。
高校生になってはじめて使える構えだ。
高校生になると剣道も少し変わってくる。代表的なのが上段の構えと突きという技だ。
突きは、中学では禁じ手。理由は言うまでもない。危険だからだ。
一方上段の構えについては朱祢もなぜいけないのか疑問に思い調べたことがある。
調べた結果、「体ができていないと使いこなせないから」「基本の中段から教えるのが通例だから」らしい。
上段には2種類あって、「左上段」と「右上段」がある。
波音は、中段の手の位置と変わらないため、オーソドックスな左上段だ。
坂本も上段に対しての構えをする。
平正眼の構え。上段に対して、相手の左小手に剣先を付ける構え。
なぜ上段に対して平正眼なのか。それは自分の小手を守ることができ、さらに剣先を少し動かすだけで面も守れるから、だと前に貸した漫画に書いてあったので、坂本も真似しているだけだろうと朱祢は思った。
「ヤアアアア!」
「サア!」
坂本が右回りに動く。
上段というのは構えの都合上、柄を握っている方の腕が前に出て、その部分が死角となってしまう。
左上段の場合は左手が前に出る。つまり、相手は右回りをすれば死角に入り攻撃することができる。
もちろん、上段側も、死角に入らせるわけにはいかない。
波音は、坂本を死角に入られないように追う。
右回りをしながらじりじりと間合を詰めていく。それを上段側は追いかけ、一撃必殺の準備をする。
坂本が最初に動いた。右回りでじりじりと詰めていた坂本はその足を速く動かし死角に入ろうとする。
それをすかさず波音が追いかける。
そして坂本がいきなり方向を変え、左小手ではなく右小手を打ちにいく!
しかし、波音は流石に読んでいた。小手を軽くあげ、坂本の打突をかわす。
瞬間、攻防が逆転する。坂本の体勢は崩れ、隙が生まれる。
上段は常に振りかぶり、いつでも打てる体勢に入っている。
つまり、あとは必殺の一撃を相手に食らわすだけ。
坂本の面に必殺の一撃が迫る!
その後、ドンッという面を打った凄まじい音が...
聞こえなかった。
かわりに響いたのはパァン!という竹刀同士がぶつかる音だった。
坂本は打った直後に、外れたと思うとすぐさま竹刀で面を防いだ。
波音が引いたところをすぐさま追いかけるも、上段にすぐに構えられた。
また間合の中での静かなる攻防が開始された。
□
坂本は困っていた。
リクリエーション試合だが、高校初めての試合がまさか上段の選手と当たることになるとは思いもしなかった。
中学剣道では絶対に相対しない。高校以上の剣道でしか現れない。
坂本は剣道を3年やってはいるが、高校剣道は当たり前だが初心者である。
中学時代習うことのない上段に対してを、無理矢理やっている。
それでもなんとかやっていけているのは、剣道マンガと、剣道全日本選手権で、少しだけ見ているからだろう。
さっきやった小手も、全日本選手権のある選手を頭に思い浮かべ、見様見真似でやっただけだ。
(でも実際はうまくいかなかったな。他の方法を考えなければ…どうすればいい?)
そのまま突っ込んでみるのはどうだ?
いや、確実に上から制される。
ならばガラ空きの喉元に突きを...
いや、突きはまだ未熟すぎる。
ならば胴を...
入る前に撃ち込まれる!
頭の中で自問自答を繰り返す。
しかし出てくる答えは全て解決策ではなく、一本取られる未来を見せてくる。
相手は今までにない敵である。言うなれば試験と同じである。
何が出るかは分からない。何が来るかも分からない。
だが、対策はある。それが漫画と動画だ。
漫画と動画は知識として蓄えられ、いざという時に役に立つ。
(あ、そういえば漫画に...)
坂本は思い出した。相手が中段に構えた時に小手があるであろう位置を打つと上段の選手は、腕が少し下がる場合があることを。
不確かな情報である。しかし相手は未知である。そういうものに縋るしか、方法がなかった。
(試しにやってみるか。ダメだったら時はその時だ)
坂本は前に出る。
波音が中段に構えた時の小手の位置を打突する。
波音の腕が少し下がる!
そこを坂本は充分な姿勢、打突で撃ち込む!
「メェン!」
三本、坂本の方に旗が上がる。なんとか一本を取ることができた。
開始戦に戻り次はどうするかと考える。
「2本目!」
丸山が声を出したとほぼ同時に
「時間でーす!」
終わりを告げる声が、試合場を支配した。
どうやら時間切れのようだ。
「勝負あり!」
坂本は、1年にして、上段の選手に勝利という華々しいデビューとなった。
読んでくださりありがとうございます。作者の西陽です。
今回はお詫びです。
フォロワーさんから捌くタイプや返し技というのがわかりづらいと指摘受けましたので、序章を色々と直しました。
捌くタイプではなく、正しくは、捌きながら様子を見るタイプ、でしたね。失礼いたしました。
返し技については少し、説明を入れ直したのでよろしければ序章の方、もう一度ご確認ください。
でも返し技については今後少し取り上げる予定ですので見返すのが嫌だと思うのであれば今しばらくお待ちください。
捌くについては取り上げてないのですが、今後頑張って取り入れていきたいと思います。
取り敢えず捌くというのは避けるのと少し似ているもの、と捉えてくださればありがたいです。
今後とも「アカネの道」をよろしくお願いします。