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アカネの道  作者: 西陽です。
第弐章 強者たち
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第弐拾話 インハイ直前紅白戦 其の参 仲野 対 近野 後半戦

 

「......。」


 場外に出てしまった左足を仲野は少しの間見つめていた。


 うかつだった。


 いくら相手に対して嫌悪を抱き、怒りをぶつけようとしても視界を狭めて場外に出てしまっては意味がない。




 場外に出る。それはつまり、本当の斬り合いならば死を意味する恥ずべき行為。




 一人の(つわもの)であれば戦場をしっかりと把握し、動ける範囲を覚えなければいけない。




 状況把握を怠っていると死につながるのだ。逆に戦場の把握をきちんとしていればそれを利用し、勝負を有利に進めることができる。




 今回はそれを相手がうまくやってのけたといったところだろうか。


 本当に自分が情けない。



 仲野は、歯噛みをした。


 ここまで相手の掌の上を転がっていたというのがとてもふがいない。


 いや、もっと基本的なことを気を付ければこんなことには陥ってないはずだ。


 今のが本当の斬り合いならば命を落としてそれで終わっていた。


「チッ」


 自分は本当に致命的なミスをした。まだ自分が未熟であると、心に刻まなければならない。






 だが、それは別としてだ。


 己から撃たずに、相手を殺そうというのか。なんとも狡く、汚い勝ち方であろうか。


 ここは戦場だ。戦場に入ったからには、戦いから逃げることなどできない。


 そこで殺す覚悟も、戦う意思もなく、されど勝利は欲しいと欲を出す。


 あまりにも欲深すぎないだろうか。




 それでいてあの変形の構え。




 舐めているのか?


 確かに村田のと比べれば守り方としてはよかった。


 きちんと、逆胴が打たれないように竹刀を盾にしていたし、突きも打ちづらいような姿勢になっていた。




 だがそれだけ。


 たった数撃で崩れそうになる体の弱さ、ふとした瞬間に気を抜くその精神の弱さ、そして戦場で刀を抜きながらも使う気はさらさらないというそのふてぶてしい性格。


 何もかもが気に食わない。守るならしっかりと守れ。戦うつもりがないならとっとと殺されろ。


 仲野は中学のころから変形の構えというものが嫌いだった。


 変形の構えは、竹刀で籠手と面と胴の三か所を守り、攻める姿勢がないとされる反則技。


 ならばなぜその反則技に変形の「構え」という名前を付けたのか。


 そのことに腹が立っていた。




 変形の構えが使えないのは反則を取られるから。反則が取られなければ皆使う。


 その証拠に高校以上であれば反則はあまりとられない。




 これでは変形の構えが正当なものだと認めていると同じではないか。


 上段や突きと同じく、高校ならば許されるまっとうな構えということになってしまうのではないか。


 冗談じゃない。殺し合う場にて守るだけ、それではいつまでたっても勝敗が付かぬだろう。




 戦う気がないとされる行動が正式な構えになっていることが我慢ならない。


 だから村田が多用している時点で、むせるくらいの嫌悪が胸の内に充満し、炎のような憤怒が、頭の中を支配していた。


 それを相手が使用してきたときには、もう頭の血管がぶちぎれそうになった。




 それでいて狙っていたのは反則での勝利。


 刀の使い方を知っているのに、わが身可愛さ、もしくは自分のクソみたいな欲望のために、自分は手を出さない。殺し合いの場にいるのにもかかわらず、だ。




 許せない。許せない許せない許せない!


 こいつは剣道を侮辱した。


 なのに、なぜまだ戦いの場にいる?


 なぜ戦おうともせずに殺し合いの場にいる?




 気に食わない。




 面の隙間からやつのにやけ顔が見える。


 ああ、悦に入っているのだろう。


 まだ私は殺されていない。


 まだ死を確認していない相手を前ににやけ顔を見せるか。




 ああ、愚かだ。そして不愉快だ。


 ドロドロとした、溶岩のような怒りがこみあげてくる。


 思わず怒りという感情に飲み込まれそうになる。


 だがそれではさっきと同じだ。


 怒りのままに刀を振り下ろしても、相手は斬れない。


 怒りのまま攻撃しても、また同じような結果になるかもしれない。




 だが、次も同じ手で来るのならば




 もしこいつが、次も同じようにするのであれば






 もしこいつが、これ以上剣道を侮辱するつもりであるのならば


























 そんなことさせないように殺しきる。








(ダメだ、これはどうしようもない)






 一旦冷静になってみて殺意を隠そうとしても、どうしようもないほど目の前の敵を殺したくてたまらない。


 ならば、あの技を使おう。


 本来ならこんな奴に使うつもりはなかった。


 だがこの技を隠そうとするよりも、剣道をその愚かで汚い笑顔を浮かべながら貶す目の前の敵をいち早くにでも殺さなければ。


 その思いが強かった。


 すぅー...............ふぅー...............




 開始線に戻る前に深呼吸をして集中力を高める。


 そして殺意を.....斬るという思いを存分に高める。




 敵はまだのろのろと開始線に戻っている。


 まだ殺意は高められる。




 睨むだけで殺しそうなほどに高めていく。






 そして...






「はじめ!」






 主審の合図が聞こえたら一気に前に出る。

































 この一撃に殺意を込めて






「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



 剣先は一直線に相手の喉を突いた。


 いや、突くというよりも貫くというイメージの方が正しいだろう。


 それほどまでに綺麗な一撃だ。


 突をくらった近野は後ろに吹き飛び倒れた。




「突あり!」




 当然、主審副審が一致で旗を揚げ一本を取った。


 これで、勝負は3本目




(だと周りの奴らは思っているだろうな)




 近野が一向に起き上がる気配がない。




「おい...大丈夫か?」


 主審の丸山が近づいて確認をした。


「先生!近野、意識ありません!」


「嘘だろおい」


「とりあえず担架が柔道場にある!取ってこい」


「担架、担架〜」


 皆が一斉に動き出した。


 そして試合は、近野が試合続行不可能となり仲野千冬の勝利となった。






 □






「バカタレ!」


 ぱこん!と軽めに叩かれる。

 今試合を再開してはいるものの、仲野は清田に呼ばれ、教官室にいる。


「仲野、お前は死人を出すつもりでやってるのか!」


 やっている、とは言うべきではないことは猿でも分かることだろう。


「すいませんでした。」


 一応謝っておく。といっても形だけだ。


「死んだらすいませんでしたじゃ済まないんだぞ?今回は意識があってなんともなかったからいいものの」


 それなら良かったじゃないか...と心の中で呟く。


「いいか、剣道っていうものはな...」


「剣の理法の修練による、人間形成の道である」


 とでも言いたいんだろ?


「...わかっているのならばいい」


 ほらな。ちなみに私はわかってはいない。知っているだけだ。私の剣道は違う。


「相手がいるからこその剣道だ。互いに高め合うのが剣道だと俺は思っている」


 そうか、私はそうは思っていない。試合とはまさしく死合だ。つまり殺し合い。例え本当は死ななかろうが本来なら斬っているということを忘れてはいけない。


「...とにかく!故意じゃないんだな?」


「そうです」


 故意だがな。


「それならよし!でもないが今後またこういうことがないようにしてくれよ」


「はい、失礼します」


 そういい、教官室から出ようとした。


「近野に、謝っておけよ」


 扉を閉めようとした仲野に、清田は言った。


「はい、必ず」


 そう言って扉を閉めた。


 気は進まないが、形だけでも謝っておくのが吉だろう。


 そう思い、仲野は保健室に向かった。






 □






「ん〜〜〜...」


 中々眼を開けづらい。まだ目の前が霞んでぼんやりとしている。


(白い...天井…?)


 だんだん視界がはっきりしてくる。そして今自分が横になっていることに気づく。


(ここは...どこだ...?)


 あまり状況を把握できない。何故寝ていたのか、そしてここはどこなのか。


「っ!!!」


 起き上がった時に頭の痛さが響き、ようやく思い出す。自分は練習試合をしていて、仲野千冬が相手で突きを撃たれて、それから...


(ここで記憶が途切れてるってことは、突きを撃たれて気を失ってたのか...ということはここは保健室か)


 仕切られたカーテンを見る限り間違いないだろう。突きを撃たれて気を失い、保健室まで運ばれたんだろう。


「げほっ...げほっ...」


 頭痛も残れば喉の痛みも残っている。どんだけ強い突きを食らったのだろうか。


(いや、それよりもあんな突きを打つなよ。殺す気満々じゃねーか)


 心の中でつぶやき、思わず舌打ちをする。すると仕切られていたカーテンがしゃーっという音とともに開いた。


「よっ!近野ちん!起きたか!」


 目の前にはツーブロックを決めた、一発殴りたくなる、けれどもどこか憎めない笑顔をした男が立っていた。


 サボっているはずの堀田だ。


「ども...なんで堀田センパイがここに?」


 あんたがサボっている間に、こっちは酷い目にあったぞ、という眼差しを向けながら近野は話しかけた。


「近野ちんが保健室に運ばれたっていうからぁ、居ても立っても居られなくてぇ...」


「その気持ち悪い喋り方はいいんで本当のことを言ってください」


「副会長に、『あなたの後輩が保健室に運ばれたそうですよ。ここにいても邪魔ですし言ってあげたほうがよろしいと思いますわ』と言われたから来た」


「大体そんなことだろうと思いましたよ」


 近野は逃げ道があるって素晴らしいなぁと思いながら、苦笑いをした。


「いや〜、仲野ちゃんにやられたんでしょう?ダメだよー、ああいう真面目ちゃんには正々堂々とやらないと〜」


「どうしてそれを知ってるんです?」


「あ、運ばれて来た時に姫ちゃんがね言ってたんだ〜」


「そうっすか...」


 あいつに運ばれたのか。屈辱的だな。しかも色々話してんじゃねえ。


「剣道強い人っていうのは馬鹿にされたらキレるもんだよ〜。それが楽しいのもわかるけどさ〜」


 椅子に座り、足をぶらぶらさせながら堀田は喋る。


「あの子はダメだよ。俺も、剣道以外ならいじりたいときいじっちゃうけど剣道の時マジで殺しそうな目ぇしてるもん。触らぬ神に祟りなし、だよ」


 しゃべっている内容から堀田の観察力、というか、空気を読む能力は流石だなと近野は素直に思った。これぐらい能力があれば未然に防げたかもしれない。


 怒られるのは嫌だが、こうなるよりはマシだったな、と思うと同時に、こんなこと予測できるか?と思う自分もいた。


「いや〜、後輩が起きるまで付き添ってあげちゃうとか俺ってやっぱいいセンパイだなぁ〜!サボっててもこりゃ文句ないっしょ!」


 堀田は笑顔でそう言った。


 サボっている好日をさらに作っただけでしょ、と近野は心の中で思った。


「...俺もこのままサボろ...」


「いや近野ちんも俺もサボってないよ〜。俺は近野ちんの付き添い、近野ちんはまだ調子が戻らないから休む!それだけ!」


「そうっすね」


 言われるがままに受け入れて再び横になろうとした。


 その時扉が開いた。


 黒髪に肩の下あたりまであるポニーテール、顔も凛々しく整ってはいるもののどこかこちらを不安にさせる雰囲気の少女がカーテンが開いたところまで入ってきた。


 仲野千冬だ。


「...なんですか?」


 半眼で少し睨めつつ近野は仲野に聞いた。


「すまなかった」


 仲野は軽く頭を下げた。どうやら謝りにきたらしい。


「...別に。まだちょっと喉が痛いし頭痛もするが、どうってことない。少し休めば楽になるから安心してくれ」


 横になり、顔を背けながら、近野は喋った。


 嘘だ。本当は謝るだけじゃ許したくはない。


 だが先ほど堀田に言われた通り地雷を踏んだこちらもほんの少しだけ悪い。


 それにここでまた地雷を踏みたくはない。


 だからできるだけ短く、すぐに出て行ってもらうように喋った。


「そうか。ならよかった。清田先生にも伝えておく」


「あぁ、じゃあな」


 この時2人は同じことを思っていた。


 こいつとはもう2度とやりたくない。と。

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