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アカネの道  作者: 西陽です。
第弐章 強者たち
19/21

第拾漆話 インハイ直前紅白戦 其の弐 丸尾 対 村田

 

「はじめ!」


 主審が声を上げて丸尾対村田の試合が始まった。


(はぁ~、だる)


 そんなことを思いながら村田は蹲踞の姿勢からややゆっくり立ち上がった。


 いつ見ても視界をふさぐ鉄格子は邪魔だし、面は酸素が吸いにくくてきついし、竹刀は重くて振るのに疲れるし、足の運びは独特すぎて動きづらい。そして極めつけは籠手が自分の所有物とは思えないくらい臭い。というか防具全般臭い。おまけに竹刀の柄も道着も袴も臭い。


 道場なんて個人個人の汗のにおいが染みついた防具が並んでいるからえげつない臭いがする。

 しかも毎日稽古をするから空間にその混ざり合った臭いが充満して壁にくっつくから臭いが絶対に落ちない。ファ〇リーズかけても無駄だった。とにかくどうしようもないほどに汗の空間だ。


 試合中に剣道の不満がこんなにも出るのだからこれで剣道が好きだったら驚く。それこそこれが覆るほどの剣道のいいところを知っていないと好きになることはないだろう。


 剣道なんて嫌いだ。道着を着るのが面倒くさい。袴を着るのが面倒くさい。防具を付けるのが面倒くさい。試合も痛いし面倒くさい。とにかく面倒くさい。


(丸尾君なんて自分とは真逆の存在だ。どんなことにも真面目に取り組むいい子だ。きっと昔からそうして生きてきたんだろうなぁ。えらいえらい。)


 なんとも気怠げに相手を見ながら村田は試合をしていた。


(でも一応1本持ってることになってるし、守るかぁ)


 少しだけやってみようという気になった。村田も勝利できるなら、勝利しときたい。と思っている。


 最初から一本持っているのならば、それだけ勝利が楽になる。守り続ければ勝ち。逃げ続けても勝ち。


 もちろん朱祢のように攻めに行き、勝負を終わらせようとする者もいるだろう。

 しかし守り切り、逃げ続ければ勝ちならば、わざわざ攻めに行く必要もない。


(そもそも、そういう練習だから。自分たちが勝てる状況にいるのにわざわざ攻めようとする人なんていない...はず!)


 そう自分に言い訳をしながら逃げ続けることを、村田は決めた。




 □


(今日は、それなりにやる気がありそうですね、村田先輩)


 目の前の、いつもやる気がなく、練習も手を抜きがちな先輩を前に、丸尾はそんなことを思っていた。


 今日の練習は大会前の総仕上げだ。悪いが手を抜かれると困る。


 ...まあ、手を抜かれなくても前の試合のように1分以内に終わられても困るのだが。


 とりあえず、中心線をとりながら面を打つ。


 すると、簡単に中心線をとれた。


(なんですかこのなにも力の入ってない...俺の勘違いでしたか...)


 そんなことを考えながら、一足一刀の間合にはいり、面を打った。


(...なるほど)


 すると、丸尾が面を打つと同時に、竹刀を盾のように使い、面と籠手と胴を同時に守った。


 そして丸尾の面は防がれ、鍔迫り合いになる。


(三所隠しですか...)


 冷静に丸尾は相手の構えを分析した。


 村田は、左手を面よりも高い位置にあげ、柄の部分で面を守るようにし、籠手は当たらないように右ひじを内側に動かし隠し、竹刀の刃の部分で胴を守っているた。


 三所隠しとは、その名の通り面、籠手、胴の3か所を同時に守る防御であり、別名「変形の構え」。

 中学では消極的であるとされ反則を取られる構えである。


 ただ、高校になると突きという技が増え、その三所隠しにも隙ができた。

 どれでも、高校以上の剣道では多用されており、全日本大会でもその構えを見ないことはない。


(まあ、俺はあんまり突きはうまくはないが)


 鍔迫り合いから引き面に見せかけて引き胴を打とうとするも、また三所隠しによって防がれ、それぞれ剣先が触れるかどうかという間合をとる。


(試してみる価値はあるな)


 また、丸尾は一足一刀の間合に入り、中心線をとる。

 さっきと同じように村田からはすぐに中心線をとれた。


(そう同じ手はくらわないですよ!)


 喉元にしっかり狙いをつける。

 そして()()()()打つ!


 だが




「チッッ!」


 丸尾は思わず舌打ちをしてしまった。


 真ん中をしっかりと狙いをつけ、まっすぐと突きに行った剣先は、なぜか右側にそれ、村田の鎖骨部分に当たった。


 原因はわかっている。




 丸尾は打突時にどうしても右手に力が入り曲がってしまうのだ。


 所謂、癖。毎回毎回気にかけないうちに知らずについてしまうもの。


 治そうとは思うが、思ったようにはいかずに、元より渋い丸尾の顔がしかめることにより、さらに渋くなる。


 長い年や月日をかけてできたそれは、治そうと思うのにはかなりの苦労が強いられる。


(この試合はあくまで練習試合。俺の癖を治すのに使ってもいいとは思うが...)


 村田の方を見ながら考える。

 村田はさっきの外れた突きに痛そうなそぶりを見せてはいるものの、丸尾はあまり気にしなかった。それよりも気にしていたのはこの練習試合のことだ。


(この試合は2本取らなければ相手チームは優勝。こちらは必ず2本取らなければならないという設定だ。だから、癖を治すのに使うってのは違うと思う)


 丸尾は自分の癖を治したいという欲求よりも、この試合のコンセプトを重視した。


 丸尾はいつも真面目である。


 テスト前には必ず計画を立てて勉強をする。

 忘れ物はしたことがなく、宿題も前日にやってくる。


 部活や学校行事に関しても、酷い熱や感染病の時以外は遅刻もせずに登校をする。


 そんな真面目の型にハマったような性格をしている。


 これは彼が小学生の頃から変わらずにやってきたことだ。


 小さい頃から、親戚から「お利口で偉いね」と褒められ、親からも「凛ちゃんはいつも真面目で良い子ね」と褒められ続け今に至る。


 もしかしたら褒められたことがきっかけでずっと変わらずに真面目さを通してきたのかもしれない。


 その性格からあまり近寄りがたく、友達も少ない彼ではあるが、仲のいい友達は少しはいる。


 そんな彼の性格上、許せないのは他人の足を引っ張る者だ。例えば目の前の村田。


 彼女はやる気がない。やる気がないだけならまだしも、練習時間を削らせ、練習中も、あまり力が感じられないほど腑抜けている。やる気がないならやらないほうがマシだ、と彼は心の中で思っている。


 前に村田に直接「練習時間を削らないでほしい」と言いにいったこともあるが、なんやかんや誤魔化され、逃げられ続けた。その為今は諦めている。


 だが、そんな村田のような他人の足を引っ張る者よりも許せないのが、自分の癖である。


 なぜ、まっすぐ打てないのだろう。打ち方はちゃんと教わったはずなのに。なぜ、右手に力が入り、いつも曲がってしまうのだろう。どうして治らないのだろう。


 打つたびにそんな疑問が頭の中でぐるぐる回る。


 彼はどうしても自分の癖を治したい。

 しかしそれでも、この試合のコンセプトを大事にするのは彼の性格が真面目すぎる為だろう。


(さてどうしたものか...)


 相手は完全に三所隠し。


 隙があるとすれば喉元を狙う突きくらい。


 しかし突きを打てどもまっすぐ当たらず曲がってしまう。


 これでは一本取れない。


(ならば三所隠しをした後に体当たりで押し出すか?)


 そんな考えが浮かんだがすぐさま否定。


 それでは剣道ではなく相撲になってしまう。


 そのうえ、無理矢理押し出したと見れば審判は反則を出す可能性もある。


 どちらにせよ剣道のルールとして模範的ではないと一瞬でわかった。


 ではどうするか。


 丸尾は悩んだ。


 もうすぐ試合が始まって半分くらいだ。そろそろ決めにいかないとまずい。




 フェイントはどうだろうか。




 そんな考えが頭をよぎる。


(いや、フェイントをしたとしてこの人の構えが崩れるのか?)


 一方防戦をしている村田にフェイントが通じるとは思えない。




(でも、とりあえず試してみよう)


 ただ否定していても始まらないと決心し、丸尾は動き出した。


 まずやるべきはどのタイミングでフェイントを仕掛けるべきか。それと、どの技が入りそうなのかを見極めることだ。


 一歩大きく出て相手の間合いに入り、籠手を狙おうと竹刀を少し振り上げる。


 相手はやはり三所隠しで面と籠手と胴を守り、防戦一方を決め込む。


 そしてまたつばぜり合いになり、引き技を狙うもやはり崩せない。


 やはりまだ一本を取ることはままならない。


 しかし、今の攻めの中で見えたことがある。


(村田先輩の三所隠し、完璧じゃないな)


 丸尾は村田に隙があることを見抜いた。


 まず第一に大体三所隠しというのは左足を斜め左後ろに持っていき、竹刀で三所を守りながら防ぐ。


 さっきの突きは、丸尾のうちが曲がらなければしっかりと捉えていた。


 まっすぐ突けば、おそらく当たったであろう一撃。


 しかし、この当たるのがまずおかしいのだ。


 左足を引けば体の右側が相手に向き、体のほとんどは守れてしまうはずである。


 なぜ突きが通用すると思ったか。


 それは、村田があまり左足を後ろに引いておらず、無防備にも突き垂が晒されていたからである。


(なんだ簡単じゃないか。なんで気づかなかったんだろう)


 取ることに夢中になっていたのかどうかはわからないが、全体を見れていなかった。と丸尾はそこで少し反省をした。


 次にやることは明確だ。


 突き垂が無防備に晒されているのならば、左足を相手があまり引かないのであれば、もう一つ無防備に晒されているところがある。





 右胴を必死に守るあまり、守りも構えも何もないその、逆胴を。


 逆胴なら面や突きと違いまっすぐ打たなくてもいけるはず。


 そう思い丸尾は攻めの姿勢に入る。


 さっきと同じように中心線を取る。これはさっきと同じように簡単に取れる。


 こっからが重要だ。勝負は一瞬。


 そしてまたさっきと同じように、いや、さっきよりもやや大きく振り上げ籠手を狙う。


 村田はさっきと同じように三所隠しで抵抗しようとした。


 しかし丸尾の狙いは籠手にあらず。


 籠手を狙った振りがその場で止まり、切り返された。


「ドオオオオオオオオオオオオ!!!」


 まるで逆胴の練習をしているかのように見事に逆胴にあたり、村田から一本を取った。




 □




 丸尾が逆胴をとった後、すぐに丸尾が2本目をとり、試合は終わった。


 試合後の村田の感想は、試合前と変わらなかった。


 とても怠かった。それ以上何もなかった。


(はぁ、勝てるとは思ったんだけどなぁ〜)


 自分では頑張った方だと村田は感じていた。


 自分は、そこまで剣道が上手いわけじゃない。強いわけでもない。そして好きでもない。


 だから今回村田がやる気を出したのはとても珍しいことだった。


 では何故そこまで頑張ったか。




 ―――若葉もさぁ、勝ってみればちょっと見る世界が変わるかもよ?ーーー




 そんな事を滋賀遠征にて田中に言われたのだ。


 村田が剣道部に入った理由、それは田中がいたからだ。




 高校に入って、田中に始めてあった時、一目見た瞬間に心がときめいた。


 見た目は完全にギャルなのに姿勢がとてもよく、スタイルもよく、可愛さもあるのに綺麗さも格好良さも備えていた。


 少しおかしいかもしれないが、村田は女子に一目惚れをしてしまった。


 そして同じクラスだということに気づき、初日からずっと自分の席から見つめてしまった。


 それだけで十分だったのに...


 田中が見つめていることに気づいたのか、近づいてきた。


「......ど、どうかしたんですか?」


 すごい緊張して、コミュ障の様に話してしまった。


「.....」


 しかしそんな村田の反応など気にせずに、田中は村田の見ていた。


 そして


「.....あんたのイヤリングかわいいじゃん」


 村田のイヤリングに気づき、そういったのだ。


「あ、えっ.....ありがとう.....」


「あんた名前は?」


「む、村田若葉」


「若葉ね。私は田中理恵那。よろしく」


「...よろしく」


 田中は進んで声をかけてきたのは意外だったが嬉しかった。声をかけるつもりなんてまるでなかったから。


「アタシ化粧しなおしに行くんだけどどう?一緒にいく?」


「!.....うん!」


 そんな会話が田中とのはじめてのやりとりだった。


 他人から見れば別に大したことのない出来事だった。田中にだってそうであったかもしれない。


 だが村田にとってはとても嬉しい出来事で、このことがきっかけで今も田中といれることにとても良く思っている。


 そして村田は田中を追って剣道部に入った。


(本当は、マネージャーが良かったんだけどなぁ...)


 マネージャーではなく、あと一人で5人チームを作れるから入ってくれないか、と当時の顧問に言われ、渋々剣道部に入った。


 しかし結果は散々。


 高校から始めた剣道初心者にとっては、中学から剣道を続けてきた者たちの中で練習をしていくのはきつかった。辛かった。


 そして試合で足を引っ張り続けるのがたまらなく嫌だった。


 結局3年は勝ちあがれず引退。女子剣道部は2人だけになった。


 村田にはこの剣道部になにも思い入れがない。


 しかし、田中と出来るだけ長くいることができ、その強さを、格好良さを、美しさを、間近で見れるのはとてもよかった。


 そして今に至る。


 前から剣道は好きではなかったが、田中に言われたから、少し頑張ろうと思った。しかし結果はこれだ。


「ありがとうございました」


 清田のアドバイスを聞いているフリをしながら最後の挨拶だけして面を取りに戻った。


 するとそこではもう、面をつけた田中がいた。


「ごめんね理恵那ちゃん。負けちゃった」


 田中に言われて頑張ったのにダメだった。それについて村田は謝罪をした。


「なんで若葉が謝るのさ」


 そんな謝罪に田中は優しく微笑みながらそう言った。


「若葉はよく頑張ったよ。それだけですごいよ。というか私の方こそごめん。あの言葉で無理しちゃったりした?」


「そんな!してないよ。寧ろあの言葉があるから頑張れたし...」


「そっか...何か見えた?」


「ううん...でも」


「でも?」


 村田は田中を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。


「やっぱり理恵那ちゃんがすごいことがわかったよ。戦えた勝てるのがすごいってことが改めてわかった」


「そっか」


 そんな言葉を噛みしめるかの様に、田中は少し沈黙した。


「......なら、アタシがすごいってとこもっと見せるために勝ってくるよ」


 そう村田に言い放った。


「うん!頑張ってね!」


 そんな姿を見てやはり、田中はかっこいいと改めて思った。


 こんな自分に付き合ってくれるいい友達。

 かっこよくて、美しくて、頼れる、憧れの存在。


(頑張ってね、理恵那ちゃん!)


 そんな応援を背に受けながら田中は、アップを始めた。






 そんな2人の姿を少し遠くから、刺さるぐらいのナイフの様な鋭い視線で睨みつけている者がいた。






 次回 『第拾捌話 インハイ直前紅白戦 其の参 仲野対近野』

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