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アカネの道  作者: 西陽です。
第弐章 強者たち
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第拾陸話 インハイ直前紅白戦 其の壱 鍋田 対 朱祢 後半戦

 まだ1分も経っていないというのに一瞬にしてアドバンテージがなくなった。


 最初に行った連続での打ち込みによる崩しは、仲野さんの真似をしただけであろう。鍋田君には悪いが、仲野さんの方が冴えていて鋭かったので、対応ができた。

 本当は連続打ちの間に一本を取りたかったが取れなかった。決める機会はかなりあった。と朱袮は反省をした。


 そして、合い面では鍋田には勝てない、と朱袮は思っていた。現時点では、の話だが。


 合い面は相手の得意とする部分だ。わざわざそんな土俵で戦わなくていいだろう。


 そんなことをできるものは、「相手がタックルを対策してくるならタックルで潰す」という名言を放った、霊長類最強女子のような強者だけだろう。


 相手の嫌がるような攻撃をし続ける。搦め手を使うのが、強い相手に対して1番有効である。これは、高校に入ってから清田が教えてくれたことである。


 清田の言っていることはすぐに納得できた。何故なら朱袮は、搦め手を使うことによって勝ってきた試合が多いからだ。というよりも、積極的に搦め手を使っている。


 弱者なりに、弱者らしく、相手の力を使う。


 だからこそ、相手の力を利用するために攻める意思を見せることが大事なのだ。


 先日清田に、そんなので相手を動かすように誘導しているのは、効率的ではないと朱祢は怒られた。


 効率的ではない、というのは、朱袮が応じ技を使う際、相手に打たなければいけないという気を起こすためにまず自分が動いていかなければならないということである。


 自分が動いている間に相手に一本取られる可能性もあるがその前に自分が疲れるからである。持久力があったとしてもあまりお勧めできないだろう。


 理想としてるのは最小限の動きで相手を動かすこと。つまり竹刀や足をいかにうまく使い攻めの意思を見せることである。


 例えば相手の竹刀に少し重みをかけること。例えば相手の間合ギリギリにわざと入ること。例えば相手の竹刀を払ってみること。数を上げればきりがないが、全て、相手を動かすには少しの動きで攻めを見せることである。


 そして出てきたところ、相手を利用し、応じ技を打つ。


 鍋田は一撃必殺を狙っているのなら、その一撃を利用するしかない。


(なら、その一撃を見極める!)


「見」の目。全体ではなく一部を集中的にみる。


 見るべき場所は、やはり足。


 達磨の時とは違い、足をじりじりと少しずつ間合を詰めるように動かしている。それは獲物を狩ろうとする捕食者のような足取りだ。


 一部を集中的に見ればそれだけ反応速度も鈍る。一撃で決めにかかる鍋田相手に致命的だが、朱祢には策があった。


 面返し胴。


 面を打ってきた相手の竹刀を自分の竹刀を受け止め、すぐに胴を打つ。


 多少反応がようが、受け止める竹刀をしっかりと用意できていれば胴を打て、一本とれるはず。そう朱祢は考えていた。


 まだ、見る。


 鍋田の足は、右に、左に、前に、後ろに、斜めに動かしながら、少しずつ間合を詰めている。彼にとってもまだ一撃への準備ができていないらしい。


 朱祢も負けじと、足や竹刀を動かしながら攻めの意思を相手に見せる。少しでも相手が動きたいと思うように。


 相手の動きを掌握できるほどの技術力はまだない。ならば、相手の自由を少しでも抑制する。自由に動かせない。自由に打たせない。それだけでもできるように努力する。


 そう考えているうちに鍋田の足が止まった。


 まだだ。


 まだ仕掛けてきてはいない。


 今度は竹刀を見る。


 剣先が揺れ、互いの竹刀が触れ合いカチャカチャという音がする。

 できるだけ平静を保つ。


 瞬間竹刀が払われ面を狙いに鍋田が打ってくる!


(待ってたよ!)


 すぐさま竹刀を構え面を受けれるようにした。

 これで面を受けすぐに返す。


(しまった!)


 そう思ったときにはもうすでに遅かった。

 面を狙いに行ったと思われていた鍋田の竹刀は空中で一瞬止まり軌道を変えて籠手を狙いにきた。

 そして。


「コテェェェェェエエエエエ!!!」


 竹刀が朱祢の籠手で音を爆発させ、それと同時に気の入った鍋田の声が轟く。


 瞬間、主審、副審の旗が3つ上がった。色は勿論、赤色。相手の色だった。


「コテあり!」


 主審が声をきき、朱祢と鍋田は開始線に戻り構える。


「勝負あり!」


 主審が声を上げ、勝敗が決したことを告げる。


 互いに蹲踞し、帯刀。立ち上がり5歩下がって礼をしてからコートから出た。




 □




(丸わかりだ、この野郎)


 鍋田は、朱祢を見つめながらそう心の中で思った。


 鍋田は、朱祢が返し胴を打つことをわかっていた。

 何故なら、清田のアドバイスを鍋田も聞いていた。それを朱祢が言われたまま実践していることも。


 朱祢が負けじと竹刀を使い、足を使い、攻めてきたときにはすでに、応じ技を狙っていることに気が付いていた。


 ならば、何を使ってくるか。


 朱祢が使える応じ技は、面に出てきたところを籠手をうつ『出ばな籠手』、面に出てきたところを胴で抜く『面抜き胴』、そして返し胴。主にこの3つだ。


 次に鍋田は、朱祢の目を見た。


 どこかを集中的に見ていた。追ってみたら鍋田の足だった。


 足のみを見てれば普通、反応が遅くなる。ここで反応が少し遅れても竹刀で受ければ何とか間に合うであろう『面返し胴』を使ってくるだろうと仮定した。


 そして最後に、足を止めて狙える準備が整ったと、あとは中心線をとるだけだと誤認させ、竹刀で鬩ぎあう。その時に鍋田は少し仕掛けた。仕掛けたといっても少し竹刀を払うだけだった。だがそれだけで十分だった。


 払った直後、ほんの少しではあるが竹刀を受けようと上に上がったのだ。そこで確信した。


 あとは簡単だ。面を打つふりをして手元が上がったところを籠手を打てばいい。


 そしてその通りになった。鍋田は読み合いに勝った。勝ったのだが、懸念が一つ。


「逃げたな」


 そう声を掛けられ呼ばれた方面を見ると、面の中からでもわかるような鋭い目つきににらみつけられていた。


 仲野だ。アップの最中だったらしく、構えを解いた状態で話しかけている。


「...なんだよ、逃げたっていうのはよぉ」


 舌打ち交じりに、鍋田は言葉を返した。


「私からはこれ以上何も言わない。雑魚が。自分で考えろ」


 それだけ言うと、仲野はアップの素振りを再開した。


「...くそが」


 歩きながら小声で鍋田はそう呟いた。


 仲野が何を言いたいか、鍋田にはわかっていた。

 朱祢は、返し胴が少し反応が遅れても対応ができる応じ技だと思ってそうだが、実際には違う。


 やはりタイミングがしっかりと合っていなければ、応じ技というのは決まらないのだ。

 たとえ受けることができたとしてもそのあとの打ちは、深くなってしまって一本にならない。


 それに、反応が遅れても受けられる。それは違う。


 確かに受けるだけなら、大抵は受けれたりする。でもそうでないときもある。


 単純なことだ。反応が遅れたら受けることができないくらい速い打ちをできる奴は、たくさんいるのだ。


 朱祢はずっと集中的に足を見ていた。その時に打つこともできただろう。

 確かに最速の打ちはある程度動きを止まらせなければならないが、そうでなくても速打ちはできた。


 鍋田もその時に打とうとしていた。しかし、安全策をとって相手の動きを確認した。何をしようとしているのかを考察した。その結果一本とることができた。文句を言われる筋合いはない。


 安全策といえば聞こえはいいだろうが、それが彼女にとって逃げなのかもしれない。

 わざわざ打てるところを打たなかった。それは自信がなかったからというのもあった。


 彼女は「もっと自信をつけろ」と言ってるわけではなく、「自分の打ちに自信がなく、安全な一本を取ることは何の挑戦にもならない。だからお前は雑魚なんだ」と言っているのだろう。


 そう感じて、鍋田は腹が立った。仲野に。そして自分に。


(次は...次こそは...)


 苛立ちながら、鍋田はそう思ったのであった。




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