第拾弐話 鍋田と達磨と変な店主
遠征も終わりに近づき、帰っている高校もちらほらといる。
朱祢達Bチームも全試合を終え、今はAチームの最後の試合を見ている。
試合はまだ先鋒戦で葵高校からは鍋田が出ている。
対する相手は
「オラアアアアアアアアアアアアア!」
「セィヤアアアアアアアアアアアア!」
昨日、朱祢が戦った達磨だった。
□
昨日、九州総合と葵高校が審判をしていた時の話である。
「なぁそういえば、なんで短い竹刀使ってたんだ?」
九州総合も葵高校も2年が審判をしており、1年は外で見ている。
1年は交互に時間係をやる。そして今は朱祢が時間係をやっている。
時間を気にしながら問いかけた質問に、達磨は答えた。
「そりゃ、短か竹刀でやれば、打ちづらかっちゃん」
「それは、短い竹刀でやれば打ちづらいんだ、と言っている」
「だから、翻訳せんでよか!」
「だって、お前の言葉わからないだろそいつ」
ちなみに達磨の横には久高が座っている。
「そげん事せんでん俺ん言いよーことわかるよな?アカネ」
「・・・ごめん、久高君の翻訳がないとわからない所がある」
「なんでえええええええ」
「だから変だから何とかしろと言っただろ?」
「うぐぐ...」
達磨は、高久の言葉に口ごもる。
「まあ、よか。高久が翻訳してくるーんやろ?それでよか」
「それでいいの?」
達磨があっさり翻訳を許したのに朱祢は驚いた。
「だって直すんもやおいかんし」
「今のは、だって直すのも面倒だし、といった」
「・・・やっぱりムカつく」
どうやら翻訳されること自体は嫌らしい。
しばし、高久と達磨がにらみ合う。
そんな空気に耐えられなくなったのか朱祢は声をかける。
「それで?打ちづらいからなんなの?」
「ああ、すまんすまん。打ちづらかけん、腰ば入れなきゃいかんのや」
「打ちづらいから、腰をいれなきゃいけないんだ、と言っている」
「・・・それで、長か竹刀でも技ば、速う、強う、打つ事がでけるったい!」
「それで、長い竹刀でも技を速く、強く、打つ事ができるんだ、と言っている」
「・・・」
「そうなんだ!だから、短い竹刀を使ってるんだね!」
「そうばい!ばってん、真似はせん方がよかと思う。真似ばするんやったら、まずは足ば鍛えなな!」
「真似をするんだったら、まずは足を鍛えないとな、と言っている」
ここで達磨からぶちっと何かが切れる音がした。
「もう我慢できん!やい、んっぽ!もう翻訳しなさんな!」
「翻訳頼んだのはお前だろうが」
「しゃあしか!こん独活ん大木が!」
その言葉を聞き、高久がギロッ!と達磨を睨んだ。
「その言葉を使うってことは、覚悟はできてるんだろうなこのチビクソ坊主が。あの時の決着、ここでつけてやろうか」
「ああ、受けて立ってやろうやなかか!」
「え、え?えええええ!?」
2人が拳を構えだし朱祢は困惑する。
そして二つの拳が、両者の顔面めがけて襲い掛かった。しかし、
「おい!達磨はいるか?」
道場の方から声がして、拳は顔面に当たる寸前で止まった。
「ここしゃぃおるぞ!」
「お前、今からAチームにいけ!井上がやらかしたからお前、昇格じゃ!」
「よっしゃああああああ!」
それを聞き、達磨は大きくガッツポーズをした。
それから面と小手をまとめて、竹刀と一緒に持ち、移動しようとした。
だがその前に、達磨は高久のみて
「まあこげんしけとー争いしとー場合じゃなかったわ!俺は先に上に行っとーぜ!」
あかんべえをしながら、そう言った。
「お前、あとで覚えとけよ...」
高久が怖い顔でそう言ったのだが
「フンフフンフフーン♪」
そんな言葉を無視して、スキップで道場に出ていった。
□
それから達磨はずっとAチームで活躍しているらしく、最終日の最終試合もAチームで行っている。
試合の状況としては開始30秒で、達磨が鍋田から面をとり、今は2本目である。
鍋田もかなり足がはやい方だが、次元が違った。
一本目の面は実は合い面で、動くのが速かったのは鍋田の方だ。
しかし後に動いた達磨の方が面をとった。
(中学時代はあんな技見たことないぞおい...)
鍋田は中学時代に達磨と戦ったことはないものの、インターネットに動画も上がっており、その上、青春剣道という雑誌に付録としてついてきた、「中体連 剣道 全国大会 個人戦」のBDでも戦っている姿が収められている。
あの時も馬鹿げた強さであったが今の強さはあの比じゃない。
あの時は、相手よりも早く動いて2本とる、という形で面以外で取っているイメージはなかったのだが、今は違う。
今のは、面切り落とし面。
相手が上段から打ってくるのに合わせてこちらも上段から刀を振り下ろし、そのまま相手の刀の軌道をそらして、面を捉える、という攻防一体の技だ。
確かに面打ちに関してはいつでも自由に余裕をもって打てるので、達磨は面を極めることは可能だ。
しかし、面切り落とし面は、攻めにして受け。
相手よりも早く動いて面を打つだけでは到底習得することはできない技である。
なぜなら面切り落とし面は、間合い、タイミング、そして打ち下ろす振りの精度と強さ、全てが絶妙でなければ成立しない一刀流の極意だ。
間合いの取り合いをする必要のない達磨では習得するのは難しい。
(昨日、達磨が間合いを取り合いながら胴をとったって雀間がいったことは間違いじゃなかったってことか)
この1か月、葵高校で稽古をし、地元の道場でも稽古をし、休みの日は中学の友達がいる高校の稽古にも参加をし、達磨よりも速く打てるように努力をしてきた、つもりだった。
だが、達磨は速くなった鍋田よりも速くなっていた。
そのうえ、中学では見れなかった技も習得している。
達磨は中学最後の試合の時よりも遥かに成長している。
(流石は、韋駄天の子弟と呼ばれるだけあるな...いや、もうそれだけじゃねえ)
その付録がついてた刊行では、注目選手として特集とされていたが達磨の結果は9位だった。
ちなみにベスト8を決める試合で達磨と戦った選手が優勝をした。
達磨は運が悪かった、そういえばそれで終わるだろう。
だがしかし、達磨はあの試合を反省した。
反省をしなければ面切り落とし面なんて技はできないだろう。
(ったく、嫌になるぜこりゃ...)
チッと舌打ちをしながら鍋田は試合を続けた。
□
(やっぱり、中学ん時より遥かに水準が高かね。中学ん時は、静岡で強か奴といえば岡本ぐらいやったんにな)
達磨はやたら礼儀がしっかりとしている丸坊主の顔を思い出しながら試合に集中する。
あの丸坊主も強くなっているだろう。恐らくは中学の時の達磨には勝てるくらいに。
(目ん前ん相手も強かね。中学ん時ん俺じゃ負けとーんやなかか?ばってんな)
しかし達磨もあの時よりも強くなっている。
中学の時よりも速く動いて打てる。
そして、速さだけが武器じゃなくなった。
中学の最終試合、速さでは達磨が勝っていたのにもかかわらず、負けてしまった。
とても悔しかった。
そんな言葉だけでは言い表せない感情が負けた時にあった。
なんで、負けたんだ。
俺の方が速かったのに!なんで!
こんな思いをしながらの毎日が、終わってからも3か月も続いた。
そして冬のある日、高久と出会った。
その物語はまた後にするとしよう。
ただ、そこで速さだけでは限界があるということを知った。
それを知ってから、足だけではなく、技も学んだ。
持ち前の速さから打つ練習は地稽古や練習試合の中でいくらでもできた。
そして高校に入り、より強い相手と稽古をした。
返し技の練習にも力を入れるようになった。
最初は、返し小手も、抜き胴も、返し胴も、からっきしダメだった。
勿論、面切り落とし面なんてできるはずもなかった。
先輩や先生の話を聞きながら、動画を見ながら、真似して、学んだ。
そして、今、まだ不十分ではあるものの試合で使えるレベルにはなった。
これで達磨は過去の達磨よりも強くなった。
(それにしても...ハハッ!俺は、戦闘狂ばい)
ニヤリと笑い、相手を睨む。
ああ、剣道は楽しい。
試合場に戦っている者は、自分と相手の2人だけ。
孤対孤の真剣勝負。邪魔なものは何もない。
勝った方が強い。とても簡単だ。
自分の方が強い!そんな思いがぶつかり合い、自分が練習してきたものをすべてぶつける。それがとても楽しい。
中学の最後の試合はとても悔しく、楽しい、なんて感情はわかなかったが、自分の弱さと向き合えあことによって楽しさを忘れないような試合がいつでもできるようになった。
そして楽しい気持ちをいつでも持てるようにするには常に全力でやることだと達磨は思っている。
だからこそ、どんな相手だろうと手を抜こうとせず、対等に扱う。
勝ったら普通にうれしい。負けても何がいけなかったのかを見つけるのが楽しい。
そして勝ち負け関係なく、どこまでも強くなる自分が実感できるのが時が1番楽しい!
だから、相手の強くなろうという気持ちが見えると自分と同じ様に見えて、自然と相手のことをほめてしまう。
そんな相手ばかりではないが、そんな相手とあえる、戦える、強くなれる!
(ああ、やけん剣道はやめられんばい!)
鍔迫り合いになり、相手の顔がはっきりと見える。
どこまでも真剣なまなざし、その目はただまっすぐ見てるだけでなく、色々見ているのがわかる。
(よか、よか、よか!俺も負けんばい!)
半歩さがり、引き技を打てるような間をつくりすぐさま引き面をうった。
「メン!」
だが、その面は防がれ、鍋田は下がっている達磨を追いかける。
(なら、俺が速しゃだけやなかってん教えてやるばい!)
下がった達磨は構えなおし、遠間から面を狙った。
普通の竹刀でも1本とるのは難しいと思われる間合いからの打突。達磨の短しないならなおさらだ。
しかし、達磨の足のバネが、不可能を可能にした。
「メン!」
達磨の打突が鍋田の面で弾け、剣先が面布団にめり込んだ。
「メンあり!」
一斉に白旗が3本上がり、試合が決した。
その後、次鋒、中堅、副将、大将と続いたが、葵高校Aチーム対九州総合Aチームの試合は5-0で葵高校が惨敗した。
□
「とまあ、最後の試合はひでぇ結果で終わったわけだが、まあ、収穫はあったな」
清田がバスの前で部員を集めて話をしている。
もう滋賀県から帰り、今は葵高校の駐車場にいる。
もうすでに日が暮れ、お向かいにきた保護者の車のライトがまぶしく光っている。
帰りのバスは、ほぼ全員が疲れにより寝ていた。
「課題もある訳だが、インターハイまで残り1ヶ月、課題をできるだけ無くせるよう、稽古を厳しくしていくぞ」
「「「ハイ!」」」
「以上だ」
「気をつけ、礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
葵高校、ゴールデンウィークの滋賀遠征はこれにて、終了した。
「道場開けるから、防具と竹刀、置いていく人は置いてって!」
丸山が声をかけ、部員の過半数が道場に防具と竹刀を入れていく。
「あれ?アカネ、お前置いてかないのか?」
駐輪場に向かおうとしていた朱祢に坂本は声をかけた。
「うん。明日晴れ予報だから防具は干そうかな〜って。それとこの遠征で竹刀が修理出来ないくらいに壊れちゃってさ」
「そういうことか。お前、道場行ってないから珍しいなと思ってな」
「本当は道場行きたいんだけどねー」
「来ればいいじゃん」
「でもお金が」
「俺が行っているところタダだぜ?」
「え?マジ?なんでそれ早く言ってくれなかったの?」
「だって、聞かれてないからな」
「確かに理由は言ってなかったね...紹介してくれる?」
「ああ。やっている日は火曜日と土曜日。住所は...」
「わかった!ありがとう!」
「別に構わないぜ」
「あー!でも明日は行けなそうだわ。竹刀買わないといけないしな」
「何ー、姫ちゃん。竹刀買うの?」
朱祢と坂本が話しているところに堀田が割り込んできた。
「な、なんですか堀田先輩」
「竹刀買うんだったらここから割と近い所にいい所あるよ?」
「え、ここの近くにあるんですか?」
「そだよー。今の時間でもやってるから、そしたら明日の道場にも行けるんじゃない?」
「そこ竹刀1本何円くらいですか?」
「3229円くらいじゃなかったかな」
朱祢は財布の中身を確認した。千円札が2枚、五百円玉が2枚、百円玉が4枚あり、ギリギリ買えそうだった。
「そこの住所教えてくれますか?」
「瓦場町の8丁目で、清水寺の近く」
「ありがとうございます」
「いいの、いいの。それより、買った感想聞かせてね!...ぶふっ」
「?」
堀田が最後、何故か笑ったことに疑問を抱いたが堀田にペコりと頭を下げてそのまま駐輪場に止めてある自転車に乗り、その武道具店に向かった。
「ここか」
朱祢は葵高校から10分ほど漕ぎ、堀田に進められた「文武武道具店」に着いた。
この武道具店はビルの1回に武道具店があり、店のみだった場合見つけにくい...が、看板がでかいおかげでわかりやすくなっている。
横開きの扉を、朱祢は開ける音が大きくならないように入った。
中には沢山の竹刀が置いてあり、防具の見本や鍔、木刀、剣道グッズ等々が売っていた。
竹の匂いや藍染の匂いが店の中を占拠していた。
だが店主はいなかった。
「あのーすいません!」
朱祢は店主が居ないか確認するため、声を出す。
すると、奥からよぼよぼで、白髪の老爺が下駄で床をするように歩いて出てきた。
そして、こう言ったのだ。
「いらっしゃいまし」
朱祢は一瞬に耳を疑った。
普通「いらっしゃいませ」の所、この店主は「いらっしゃいまし」と言ったのだ。
まぁ普通に訛っただけかもしれない、と引っかかりながらもそこは無視しようと決めた。
「あの、男子用の38竹刀ありますか?」
「ここら辺にありましね」
「あ、はい。ありがとうございます…」
店主が指さした方向に行き、見る。
竹刀の柄に近い部分に竹刀の名前が書いてあり、風林火山や翡翠、冷泉等が掘ってある。
(竹千代が1番安かったはず...あったあった)
朱祢はどの店でも1番安い竹千代を選び、店主に持っていった。
「これ下さい」
「はい、わかりました。竹刀、ここで組み立てましか?」
「お願いします」
「では、少々お待ちを」
そう言って、レジの隣の畳のスペースまで持っていき、そこで組み始めた。
最後の仕上げとして柄革を専用の機械でガゴン、ガゴン!とはめて竹刀は作り終わった。
その作り終わった竹刀を店主は軽く振った。
「いい竹刀でしね」
「は、はぁ」
確かめるようにそういった。
自分で作り、客の前で自画自賛とはやはり変わっている。
「では、3557円になりまして...」
「ええ!?」
聞いてた金額と違い、朱祢は驚く。
「どうしたんでしか?」
「いや、そんなお金持ってないです」
「大丈夫でしよ。セール中でしから、ここから割引されるので」
「そうか…よかったぁ」
よく見ると買った竹刀が入っていたケースに値段が書いてあるラベルが貼ってあり、「セールで3229円に割引」と書かれている。
朱祢はそのラベルに違和感を覚えた。
とても最近貼ったようには見えないくらいにラミネートが少し剥がれており、薄汚れている。
「あのすいません、セールっていつまでですか?」
「いつまでって...ずっとでしよ?」
「え?」
「え?」
「いや、ずっとセールだったら割引された価格だけ貼っておけばいいんじゃないですか?」
「割引された価格だけ貼っておくとそれからまた割引されるのでしが」
「え?」
「え?」
何故か朱祢の言葉が通じなく、店主の言葉も朱祢にはわからなかった。
なんか疲れてきたのでそのままお金を渡し帰ろうとした。
「ありがとうございまし」
「たはどこに行ったの!?」
朱祢のつっこまないようにしていた気持ちが限界になり、遂に、朱祢はつっこんでしまった。
この変な店主ですが
実在します。