第拾壱話 単なる敵と見るか否か
今、何が起きた?
どうやって打たれたんだ?
打たれる前の動きなんて見えやしなかった。いきなり消えた。
人間が消える、なんてことはありえないはずなのだがそういう表現が正しいのではないか。
この差はなんだ?この圧倒的な差は何なのだろうか。
身長的な差は4cmしかない。自分も自分なりに特訓してきた。標高320mくらいの小さい山を走り切ることができる。まだ、タイムは遅いが。
素振りも休みの日は500本やっている。体幹トレーニングも毎日やっている。
まだ足りないのか。
まだ自分の練習量は生ぬるいのか。
悔しいが恐らくそうだろう。
量を増やすしかない。
それと、まだ終わってはいない。
このままでは終われない。このまま終わったら何もないまま終わってしまう。せっかくの強い奴との試合なのに。
何かはつかもう。つかめないまま終わるのは悔しい。
悔しいだけでは終わりはしない。
そう思い、朱祢は2本目の準備をする。
「はじめ!」
主審が叫び再び試合は動き出す。
さっきは全体を見てた。宮本武蔵は「『観の目』を強くし、『見の目』を弱くする」と言ってはいるが、正直全体を見る『観の目』を使うのはかなり難しい、と思う。
だから、全体を見ずに、ある一か所を見る。そこから動きを見て食らいついていく。
ここからは、一本も取らせない。そんな気迫で相手に立ち向かう。
ただ気迫だけではどうにかなるものではない。
まず見るべきところは単純に考えるなら足だろう。
あの足からあの速さが出ているのは間違いない。
朱祢は達磨の足に注目を向けた。
!?
足の動きが複雑だ。それでいて速い。
足さばきがとても素早く鋭く、それでいて力強い。
まるで一人だけ摩擦を感じていないような、そんな足さばきだ。
中学の頃、足は剣道の基本だと習った。
だから、走りまくった。
だが多分これは速さだけじゃない。
動きだ。動かし方に肝があるのだ。
習ってない、習ってないのだが。
それを理由にして知らなかったのは自分の責任だ。
現に今目の前で戦っている相手はそれを使っている。
同じくらいの身長だ。おそらく自分で戦うすべを調べて手に入れた力だろう。
剣道という武道が作られてからずっと低身長の選手がいなかったわけではない。
低身長の選手が活躍している有名な試合もある。
例えば玉竜旗という大会では、身長160台の選手が、180くらいの選手から面をとってその高校は優勝したという話がある。
低身長の選手のタイプとして大きく二つある。
ひとつは朱祢のように相手の動きに応じて技を使うタイプ。
そしてもうひとつは、達磨のように相手よりも早く動いて、速く打つタイプである。
そしてより活躍しているのは、達磨のようなタイプである。
多くのスポーツ、武道では功に回る方が圧倒的に強い。
攻撃は最大の防御なり、という言葉があるがただ単純に防御している方が疲れやすいのだ。
攻撃してる方も力を使う。ただ防御している方は、その攻撃を受けている為こちらも体力を消耗する。
そして防御側も一本を取る時に力を使う。
そう考えると、防御側は、攻撃側よりも体力の消耗が速いのは当然である。
普通の選手なら、攻撃も防御も両方行う。
だがしかし、選手にも攻めるタイプと待つタイプがいる。
得意不得意あって当然なのだ。
それと、攻めるタイプにもいくつかあるのだが、達磨のようなタイプは
「メン!」
朱祢は達磨に向かって面を打ったが足を素早く動かし、軽やかに躱した。
攻めるタイプにもいくつかあり、自分の間合いを拡げてくるタイプやリーチをいかして攻めるタイプ、そして足を使うタイプ。
この足を使うタイプは当たり前だが、相手の打ちを躱すことも簡単にこなす。
足さばきは剣道の基本であり、剣道の命である。
静の状態で一本を取ることなど、不可能なのである。
足の動きを見ているおかげか、何とか防いではいるもののこちらは防戦一方だ。
なんとかしないとこのまま防ぐだけで終わってしまう。
足の動きを見れば防げるのは分かった。
ただそれ以外にもうひとつ。いや、もうひとつと言わずふたつ、みっつ...
何か得られるものが欲しい。自分の武器になるものが欲しい。
相手の攻撃を防御できているのだから、それを利用して返し技を決められるか、いや、それはない。防御で精一杯だ。ギリギリで防いでるのに返し技なんて打つ隙があるかどうかわからない。
他にはあるか。何か得られるものは...
そうして朱祢は足の動きを見ながら自分のやるべき事を考える。
だが防御しているので精一杯で何も浮かばない。結局これが限界だと言うのか。
いや、違う。例えそうだったとしても違う。最後まで探せ、足掻け、もがけ、頭をフル回転させて思考しろ。
自分がまだ得られるものは、ものは、ものは・・・
そう言えば俺は今何を見ているのだ?何を見て相手の攻撃を防いでいるのだ?
そうだ足だ。足を見ているから防御できる。
その足の動きを真似することは出来ないのだろうか。
完全に見れている訳ではない。見れていても理解出来る訳でもない。
ただ、真似する価値はあるとは思う。
達磨の足の動かし方は素晴らしい。
素晴らしいという一言では済ませたくないほどに。
剣道の師範が足の動きを弟子達に教える時に、達磨の動かし方を録画して見本にしてもおかしくないくらいに。
そうだ、俺は知らなかっただけでこれは出来るかもしれない。
勿論今すぐにできる訳ではない。そんな才能があったら、俺は惨めな負け方をせずに勝てただろう。優勝も出来たのではないだろうか?
まぁそんなありもしない才能は置いといて。
とりあえずやってみる。見様見真似だけど。
足は、左斜め前、右斜め後ろ、右に開いて、次は打ってくるな…危な!右に開いたのに左から来るのはおかしいだろ。
でも防げた。鍔迫り合いの時も足をかなり使っている。いつでも引き技を打てるように足を動かして
ドン!
マジでゆっくりと考えてる暇がない!こうやって足の動きを理解しようとしている間も相手は打ってくるよな、普通だけど。
だが続ける。
さぁ少し離れたが…え!左足が前に出てもいいのかよ。俺は右足が前が鉄則だって習ったぞ。
もしかして柔軟に足の動かし方を変えた方がいいのか?まぁ人それぞれだしなあ。
よし、なんとなく、本当になんとなくだが理解はできた。
あとは理解したように足を動かせばいい。これがめちゃくちゃ難しいんだけどね。
右斜め後ろ、それから左に開いて、そこから右足をぐっと前に出して左足を素早く引きつける!そしてそこから面!
躱されたか、でも目も慣れてきた。あの速さは初めてだとちょっとキツかったけどやばぱり粘ったことに意味はあったかな?
今さっきの動きをもっとはやくすれば追いつけたりするか?
右足前に左足を素早く引きつけ左斜め前にいって直ぐに右に出して打てる体勢にして相手が右に回ったら同じく右に回って相手が前に出てきたから少し後ろに引いてもっとでてきたから今度は左に避けて右足出して左足引き付けて左足出して右引き付けて左足引いて右足がアレ?アレ?アレ?足が、こんがらがる。
頭の理解とは別についていけなくなった足がもつれ、その場で朱祢は盛大にすっ転んだ。
ずってーん!という擬音が付きそうなくらいには見事な転びだった。
外からは、「何やってるの姫ちゃんwww」「見事な転びだったぞ!w」と堀田と波音が腹を抱えて笑っていたり、「大丈夫?朱祢君」と武田が心配してたりした。
他の高校も朱祢の転び方を見てクスクスと笑っていた。
主審がやめをかけたあと「大丈夫ですか?」と聞いてきたので「あ、はい」と朱祢は答えた。
正直、大丈夫じゃない。物凄く恥ずかしい。特に、思いっきり笑ってる2人のせいで顔が焼き栗のように熱い。
やっぱり、1日...というか、こんなすぐにじゃ身につかないか。頭ではなんとなく理解していても、足がついていかない。
そりゃ、やったことないもん。こうなるのが当然だ。
だが、何とかみにつけて相手を追えるようにはする。
「はじめ!」
主審の声でまた試合が始まった。
それにも関わらず、試合上の外ではバカ2人が笑い続けておりそれを武田が注意した。
近野も口を抑えながら笑いを堪えている。
笑いすぎだろ、確かに滑稽だったけど。
今度は転ばないようにしよ。
そう朱祢が思っていると、すでに目の前で達磨は足を動かし素早く体を移動させる。
「メン!」
それを何とか紙一重で朱祢は防いだ。
余計なこと考えてる暇なんてない!
今俺はとても面白いことをやっている。全国級の相手に対してこんなにも長く粘れている。凄い!楽しい!こんなにも高揚するものなのか。
また足に目をやりながら真似をしよう。
右足を開いて、左を引きつける。相手に合わせて左に回って、よしついていけてる。
いや、速さは相手の方が断然上だし、防戦一方だと言うのは変わりはない。
だが少しずつ、ほんの少しずつだけど防ぐのが楽になってきた。
足の動きはなんとなく掴めた。あとまだ何か得られることはあるか。
朱祢はやりながら考えていた。するといきなり、達磨は竹刀を交わらせてきた。
中心線を取ってから面を打つ方針に変えたのだろうか。
だが依然として足を動かすのは止めていない。いつでも打てる体勢をつくり、常に攻めであることをやめない。
朱祢も中心線を取られないように、逆にとって打てるように足を動かして応戦する。
竹刀をはらったり、剣先を少し下げたりしながら中心線をとるかとられるかの攻め合いをする。
竹刀での攻防も激しいが、その下を見るともっと激しい攻防をしていた。
両者とも足はとめず、中心線を取らずとも隙があれば打てるように体をつくっている。
もちろん朱祢の方が幾分か動きが鈍いがそれでも隙は見せないようにはしていた。
そしてこの長い攻め合いの中ついに朱祢が中心線をとることができた。
チャンスだ、と思う前に体が動いていた。
いつでも動けるように、打てるようにした足が脊髄反射で打てると認識し体を前へと動かした。
朱祢の剣先が相手の面に向かって鋭く振られていく。
だが、中心線の取り合いをしていた相手の竹刀は攻撃をやめていることはなかった。
朱祢の胴の部分で何かが弾ける。それは一撃打たれた音。それは一撃打たれた衝撃。
「オドオオオオオオオ!」
胴を打たれた甲高い音と、その堂々としたやや幼い声が、道場に響き渡り支配する。
達磨は朱祢の胴を竹刀でぶった斬り、すぐさ朱祢の方に向き構える。
「ドウあり!」
主審、副審全員が赤旗をあげ、試合が決した。
攻めるのが得意な選手、待って返し技をするのが得意な選手。大きく分けると選手のタイプはこのふたつである。
だが、多くの選手は攻めるの一方だけ、あるいは、防御一方だけということが無い。
達磨は、足を素早く動かして攻めるのを得意とする選手だが、別に返し技が使えないわけじゃない。
逆に、攻めたからこそ相手を動かした、とも言える。そこを上手く使って達磨は胴を抜いた。
試合が終了し、礼をして後ろに下がりながら試合場を出た。
「ナイスファイトw」
「いやぁくそほど笑ったわ、あんな見事なこけ方見たことねえわw」
堀田と波音がまた思い出して笑いながら話しかけてきた。
「笑いすぎですよ先輩達!」
朱祢は恥ずかしいからもう言うのをやめて欲しいと言う気持ちをのせながら怒った。
「いやぁwだってwww」
「ず、ズッテーンって感じだったしw」
「波音その表現めちゃくちゃ合ってるわ最高w」
だかバカ2人は笑いをこらえることなど出来ずにずっと笑っていた。
「ところで、本当に大丈夫?」
武田が心配して聞いてきたが
「大丈夫です、はい。もう気にしないでください」
と朱祢は顔を赤く染め、ため息をつきながら答えた。
座って面を外していたときにだダッダッダッダッと勢いよく達磨が走ってきて、袴で床を滑りながらこちらへ駆け寄ってきた。
「アカネ!お前すごかね!」
目を爛々とさせ、眩しいくらいの満面の笑みで話しかけてきた。
「あ、え、ん?何が」
朱祢はその勢いと、輝きに充ちたオーラに動揺して、コミュ障のような返事をしてしまった。
「何が?って、足よ!お前、俺ん足ん動き見ながら真似したんやろ!?」
「んまぁ一応...できてはいなかったと思うけどね」
「いや、いやいやいや、すごか!ばりすごか!普通、見様見真似でやってあそこまでできんばい!」
「そうかな」
というよりも見えていたのか。流石だな、全国レベル。
「そうばい!最初はなんか手応え感じなかったけど最後はばりよかった!楽しかったばい!」
「そう?なんか照れるな…でもこちらこそありがとう!めっちゃ楽しかった!」
「気が合うね!そうや!LlMeやっとーか?」
オンラインメッセージアプリ、通称LlMe。1番売り上げているSNSアプリであり、通話無料、メッセージ送り放題の老若男女問わず大人気のアプリである。
「一応やってはいるけど...」
「俺友達登録するばい!これからかつでん話しぇるごとしたかっちゃん!」
後半は理解不能だったが、要は友達登録をしようということだろう。
「別にいいよ」
「おお!それならフリフリ!」
LlMeを起動し、友達登録の所からふりふりを選択して友達登録をする。
そして友達登録が完了した!
「よし!じゃあね!これからかつでん連絡するけんそっちからも連絡よろしゅうね!」
そう言って、九州総合の側に戻っていった。
朱祢は試合中も、それと試合外でも達磨に圧倒されて、今日1日は終了した。