第拾話 九州総合高校
今朝の朝練も終わり、今は朝のニュース番組を見ながら朝食を食べている。
朝食は、豆腐の味噌汁、野菜たっぷりのサラダ、鮭の塩焼き、そして茶碗いっぱいのご飯だ。
体づくりの為に多めのご飯を毎回とることになるが、朝から食べるのはきつく手が止まっている者は多かった。
仲野と武田と朱祢の3人は手を止めることがなかった。
3人とも何故手を止めないかの理由が違う。
仲野は、体を動かすためのエネルギーをたくさんとるため。武田は、ただ単に好きだから夢中で食べているだけ。そして朱祢は、少しでも体を大きくするためである。
仲野が一心不乱に食べているのを見て、対向してきそうな人間がいるはずなのだが、その人間は今、立ちはだかる壁に立ち向かっていた。
□
(なんで、こいつが入ってんだぁ、おい)
鍋田は目の前に並んだ料理の一つである、サラダを睨みつけていた。
睨みつけていた理由はサラダに入っているコーンである。
最初に言っておくと、鍋田はコーンが嫌いなわけではない。
サラダに入っているコーンが嫌いなのだ。
トマトやレタス、口の中がさっぱりして朝から目が覚めるようになるサラダの中に
「はいどーも、僕野菜でーす」
と我が物顔でサラダの中に居座っているコーンがとてつもなく許せない。
お前は野菜じゃねえ、スイーツだ。
そんな風に思っている鍋田はどうしても食べる手を進めることができなかった。
(他の奴らはどうやって食べてやがるんだ)
周りを見てみると手を止まらせてない奴もいた。その中の一人に仲野がいた。
食べてやりたい!食べてやりたい・・・のだが。
どうしてもこのコーンが邪魔である。
周りを見渡すとあることをしている者がいた。
サラダのコーンだけ取り除き、それのみを食べている。
坂本だ。
坂本もコーンが苦手なのだろうか。自分も同じようにしてみよう。
まずは、サラダのコーンを別皿に移しそれだけをサラサラと食べる。
......
まずい。サラダ用のドレッシングがかかって変にあまじょっぱくなっている。コーンにしょっぱいものをかけるな、吐き気がする。甘いものはやはりスイーツだろう。ああ気持ち悪い。
「すまん。トイレ行ってくる」
そう言って、鍋田は立ち去った。
□
坂本の大好物はコーンだ。
祖父が農家をやっている関係色々な農作物が家に持ち込まれるわけだがその中でも大好きなのがトウモロコシだった。
トウモロコシはいいぞ。食物繊維は粒の周りにあるのだが、サツマイモの約4倍。
ビタミンについては糖質の代謝に関わるビタミンB1、たんぱく質の代謝に必要なビタミンB6、血流をサポートするナイアシン等のビタミンB群を含有している。量はそれほどでもないが、抗酸化作用の高いビタミンEも含まれている。
悪玉コレステロールを減らし、善玉を増やす多価不飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸が多く含有されている。
育てる上でのポイントは確実に受粉を成功させる事と、実に害虫が付くのを防ぐことである。
この知識をあまり話したことはない。中学の時に1回だけ朱祢に喋った。
なんか、1歩引いた感じで聞かれた。
進学先について朱祢に「それだけの知識がありながらなんで農業高校を選択しないんだ?」と問われたことがある。
確かに、トウモロコシについての知識はそれなりにあると思う。農業にも興味があった。だがそれよりも。
お前のヒーローとしてお前が1番見やすい位置で活躍したい。
その思いが強かった。
ヒーローと呼んでくれた日から朱祢が自信を持って自慢できるようなヒーローになりたいと願って生きてきた。
大学になったら、流石に変わるかもしれないが、それまでにアカネが誇れるようなヒーローになる。そして笑顔で卒業するのだ。
そう思いながら、コーンをサラサラと口の中に入れる。
おいしい。
頭の中でセルフエコーをかけながらコーンを食べた。
ちなみに坂本が食事遅いのはよく噛んで食べているからである。
□
「次のニュースです。」
バクバクもりもりと食べていた朱祢の手が、テレビに映された衝撃映像で思わず手が止まった。
「日本時間今日の午前二時に、アメリカでニュー・ジェンダー・ビルディングにて、爆発が起こりました。アメリカ政府は、過激派組織<アストレア>の犯行と見て捜査を進めており...」
およそこの世の光景とは思えない映像がテレビで流されている。ニュース番組ではなく映画を見ているのではないかと思うくらいに。
「うわぁ、ひでえ…」
朱祢はこんな感想しかあげれなかった。
あまりにも現実味にかけるニュースに戸惑いが隠せない。そのうえ、外国のことなどふんわりとした知識しかない。アストレアという名前も初めて聞いた。
...パン!
とりあえず朱祢はもう一度手を合わせて、それからまた食べるのに集中した。
食事を終え、今は米原栄生高校にいる。
そしてアカネ達Bチームは道場へ向かっている最中である。
「Bチームでも強いんだろうな...当たるのかな?」
「6チームリーグだし絶対に当たると思うよ」
武田の返事に「おおー!」となりながら興奮する朱祢。
その反対に堀田、波音、近野達は気持ちが沈んでいた。
「前年度の優勝校とかやりたくねー...」
「コテンパンにされるのが目に見えてるから俺、やる前から集中力削がれてんだけど...」
「というか、九州総合とウチじゃステージが違いすぎますよね…ウチらにはもっと踏まなきゃいけない段階がありますよー…」
「というわけでブタ!俺たち帰る!」
「ダメだよ!帰ったところで先生に怒られて連帯責任食らっておしまいだよ!」
「ブタって言われたことに関してはいいんすか?」
「近野黙って!あーもー、また他の高校待たせちゃうから速く行こう!」
「あいつ昨日から結構モウモウ言ってるな」
「すまねぇ武田。俺今度からは牛ってちゃんと呼んであげるよ」
「ぶっ潰すぞてめぇらあ!」
昨日見た...いや、ここ1ヶ月で何度か見た風景に慣れながらも苦笑いをする朱祢であった。
道場に着き、やっぱり1番最後に着いたのではないかとは思ったが、そうではなく、まだ九州総合が来ていないらしい。
「王者は遅れてやってくる...ですか。強豪校はいいご身分ですねぇ」
「近野、僕らだって昨日遅れたんだからあまり強くは言えないと思うよ」
「あーそーですね。自分、ドリンク忘れたんで買ってきていいですか?」
「あ、うん。なるべく早くね」
「というか武田、俺達は何戦目で対戦相手はどこだ?」
「んっとね…昨日と同じで1試合目で対戦校は.....九州総合...」
「いきなりかよ!?」
「やったぜ。それ乗り越えたらもう終わりじゃん」
「その後4校あるから終わりはしないんだけど」
そう話し合っていると道場の入口に5人ほどの影が見えた。九州総合の登場だ。
九州総合の5人は、赤の胴で揃えており、高校名が刺繍されてある袴と道着を身につけている。1番先頭にいる2人のうち大きい方(アカネ曰く2メートル)は、全員分のしないが入るような竹刀袋を担いでいる。小さい方は、子どもぼぽさが残る童顔で、髪型はスポーツ刈り、身長は朱祢とほとんど変わらないが向こうの方がほんの数センチほど高い。
その小さい方が朱祢を指さしながら
「あ、俺より小しゃい奴がおる」
と笑いながら言ってきた。
「なんだとごらぁ!」
「実際、こいつより小せえじゃんお前」
自販機で買った飲み物を軽く投げながら近野が帰ってきた。
「うっ!」
朱祢は本当のことを言われ傷ついた!効果は抜群だ!
「というか王者さん、どいてくれます?」
近野が帰ってきて早々相手チームに嫌味のように言った。
九州総合の誰かはイラっとするだろうとそう思ったのだが
「あ、すまないな。俺でかいから」
と、でかい奴が表情を変えずに返してきたので、近野はとてもつまらなそうな顔をした。
「2メートルかな...」
朱祢のいつもの言葉に
「でけえけどそんなわけねぇだろ」
近野は強く否定したのだが
「久高は2メートルあるばい」
「うそぉ!?」
「ほらぁ、ほらぁ!」
と自慢げに言ってくる朱祢に心底嫌な顔をしながら「はいはい、わかったから」と近野は軽くあしらった。
「ところでそこの小っしゃいの」
「ちっちゃい言うな!そこまで変わらないだろ!」
その反応に敵は陽気に笑った。
髪型や身長も相まってイタズラ小僧にしか見えない。
「お前身長どれくらいあると?」
「ひゃ、148」
「俺153〜ふぅー!」
そんな文字通りどんぐりの背比べみたいな会話をしていたが
「あ、時間押しとーね。葵高校ってどいつ?」
「俺んとこだけど...」
「ほぉー、お前らんとこかー、俺は先鋒やけん楽しみにしとーばい...あ!お前名前なんて言うん?」
「お、俺は雀間・・・雀間朱祢!」
「おほー、良か名前やなぁー!俺の名前は達磨 日向っていうったい。よろしゅうな!」
そう言って他の部員がとった陣地の方へ走っていった。
「なんだあのコミュ力...」
あまりのコミュ力に朱祢は圧倒され気が抜けてしまった。
「姫ちゃーん、最初先鋒ね!」
「え!?俺次次鋒でしたよね?」
「でもさっきチビちゃんが対戦楽しみにしてるばい!みたいなこと言ってたから」
「僕は雀間君がいいなら先鋒普通に譲るけど」
武田が朱祢の顔を伺いながら言った。
そして追加で近野は
「あいつ全中個人ベスト16」
と吐き捨てるように言った。
「やります」
それを聞き朱祢は即答した。
強い人との戦い。
それは強者に対してどれだけ戦えるのか、どこが悪かったのか、伸ばさなければいけない点はどこか等を明確化できる。
そして単純に強い人と戦うのは楽しい。
その人の強さを、武器を、呼吸を、剣を、すべてを一番身近で感じられる。
強者との試合は試合場に独特な緊張感が走る。それが何とも言えない気持ちの良さで心地よい。
強い人との対戦をあまりやったことのない朱祢だからこそ感じる新鮮味のある刺激。それが大好きだから進んで強い人と戦いたがるのだ。
勝てる可能性は正直に言って非常に薄い。
ベスト16と朱祢では天と地、月とスッポンである。
だがそれでも・・・勝つことは諦めはしないだろう。
諦めることは、あの時と同じだから。
葵高校は白、九州総合は紅。
先鋒戦は朱祢と達磨。
戦いに入る前に達磨が主審に向かって言ってきた。
「あ、すまんばってん、短か竹刀つかってんよかか?」
「すまないが短い竹刀つかってもいいか?と聞いている」
「翻訳せんでよか!」
久高という2メートルの男が達磨の言葉を翻訳して、それに達磨は怒った。
「ははは...別に公式戦じゃないのでいいとは思いますけど...」
主審の岐阜嶺山の選手が苦笑いをした後こたえた。
「なら、これ使うばい」
そうやって達磨が取り出したのはなんとカーボン加工がしてある三〇竹刀だった。
「な!これは小学校低学年用のしないじゃないですか!軽すぎますよ!」
「あ、やっぱりそう思う?持ってみればわかるて思うばい、持ってみ?」
そう言って達磨は主審に竹刀を渡した。
「これは・・・三八と同じぐらいの重さがある...しかし、いいんですか?軽くない短い竹刀だとそれだけ不利になるのだはないかと」
竹刀の長さ、重さというのは年齢によって規定されており、普通高校生男子は、重さ480g以上、三尺八寸以下(約117cm)の三八竹刀を使うことが規定されている。
ただしこれは公式戦の話であり、公式戦以外ではこれ以外を使ってはいけないというルールは存在しない(それでもルールにのっとることが一般的ではあるが)。
達磨が使おうとしているのは三尺(約92cm)の三〇竹刀である。
リーチで劣ってる分軽さがあるので利点があるとすればそれくらいだが、もし主審が言っていることが本当だとしたら、達磨は、デメリットしかない竹刀で戦うことになる。
普通の竹刀なら、朱祢と同じくらいの達磨が対等の条件で戦えるのだが、これでは達磨は1m近い差がある者と戦うのとほぼ同じ条件になる。
「ああ、構わんばい。練習試合ではこん竹刀ば使うって決めとーけん」
「構わない、練習試合ではこの竹刀使うって決めてるからな、と言ってる」
「だから翻訳せんでよか!」
「いいんですね?わかりました。それでは並んでください」
主審の声で、朱祢と達磨は礼をして試合場に入る。
達磨が1歩、また1歩と足を進める動作が、竹刀を抜く動作が、蹲踞をするまでの動作ひとつひとつが落ち着いており、自信に満ち溢れ堂々としている。
「はじめ!」
達磨は蹲踞から立ち上がるのがとてもはやかった。
達磨の竹刀が短いため早くも間合を取られ打たれる、ということはなかったがそれでも達磨は間合を確かめている時間があり足を動かしながらどんどん自分の間合を拡げていく。
だが竹刀の長さのアドバンテージのおかげで打つことは可能そうだ。
しっかりと中心線を取って出てきたところを迎え撃つ。
そう朱祢は思っていた。思っていたのだが...
突然、目の前から達磨が消えた。
いや、消えるなんてありえない。脳が動転しているだけで実際は足を使って早く体を移動しただけのはずだ。しかし、ならどこへ・・・
「メェン!」
突然自分の左面に衝撃が走った。朱祢は打たれた方向を目を見開きながら確認することしかできなかった。