始まり
制限時間ありの2本先取。これは剣道の一般的なルールである。気剣体の一致...つまり、充分な気合、正確な打突、正しい姿勢と反撃の備えである残心...これらすべてがそろって有効打突の一本となり、制限時間内に二本とると勝利となる。
個人戦では制限時間内に双方が一本も取れていない場合、一本勝負の延長戦が設けられる。制限時間は中学生では3分、高校生以上は5分、延長戦は3分とされている。
延長戦まで持ち込む試合もあれば、10秒内に終わる試合もある。
ここは静岡市立体育館。今日はここで中体連剣道の部個人戦静岡予選が行われる。
「遂にこの日が来た!中体連個人戦!楽しみだなぁ」
小柄で中性的な顔立ちをした少年、雀間 朱祢は気持ちを高ぶらせている。
「あんまりはしゃぐなよ。小学生じゃあるまいし」
隣にいる同級生であり幼馴染である、坂本 英雄が言った。
「うるさいな、明日出れないから今日がすっごい楽しみなんだよ」
「・・・そうだな」
朱祢は、先日学校で行われた団体戦おレギュラーを決める試合で、惜しくも落ちてしまい個人戦にしか出れなくなったのだ。
「負けたやつの分も、俺たちレギュラーは頑張らないとな」
坂本は、こいつが落ちて悔しくないわけがない。こいつ以外の奴も悔しくないわけがないのだ。その思いもレギュラーが背負わなければいけないと心からそう思った。
「いや、別にそこまで重く考えなくてもいいんだけどね。俺は全力で今日の試合に挑むだけだし。それに、いつもBチームの俺が個人戦に出れることが嬉しいし、楽しみなんだよ」
朱祢は確かにレギュラー決めの時に悔しい思いをした。しかしそれは、それ。これは、これである。寧ろ、その悔しい思いを糧として今日の試合で勝とうとしている。
「よっしゃー!絶対に勝つ!」
朱祢はそう言い、気合を入れた。
「おーいお前ら、全員集合だ」
剣道部の顧問が集合をかけた。
「遂に今日は個人戦だ。選手で出るものは今までの練習の成果を発揮できるよう挑め。応援するものは選手が全力で試合に挑めるような応援をしろ。いいな?」
「「「はい!!!」」」
部員全員が返事をし戦いの舞台へと入っていった。
選手は指定された場所についたらすぐに防具をつけ下に向かう。ウォーミングアップの場所取りである。もうこの時から戦いは始まっていると言っても過言ではない。充分な場所でアップをする事は今日1日体を自在に動かせるようにするには大切な事だ。頭のいい学校はサブの道場を取っていくが、試合会場のメインアリーナがどのような環境であるか慣れておく必要がある、と朱袮は考えていた。
「ウォーミングアップを開始してください。」
放送の合図と同時にメインアリーナに選手たちが流れ込む。朱袮達をは面と小手を邪魔にならないように置き、竹刀を持って同じ学校の選手達と固まり場所をとり、体操を始めた。
周りを見渡すと、同じように体操からする学校、素振りからする学校、すでに面と小手をつけ基本稽古をする学校などがあった。
体操時の掛け声は試合で声が自然と出るようにするために必要だ、と朱祢は考える。できるだけ大きく
「1,2,3,4...」と声を出す。
次に素振りを行う。ブンッ、と振るたびに音がでる。素振りしながら勝つイメージを描く。練習試合で勝った時の感触を思い出す。そして基本稽古。試合だと思いながら面や小手、胴を打つ。ここまでやってみた感じ、かなり手応えがある、と朱袮は思った。
「11時より開会式を始めます。15分前には練習をやめ、整列をしてください。」
放送が入り、キリのいいところで練習を終える。
開会式が終わり、いよいよ大会が始まる。朱袮は自分がやるコートにて順番を確認する。
「自分は...白で、20戦くらいあとか!それまでサブ道場で練習しよ。」
胴紐に白の襷をつけて、サブ道場へいき、体が固まらず、且つ疲れない程度に練習を行う。竹刀を振るたびに、足を動かすたびに思う。
いける!勝てる!勝つ!と。
練習試合や学校内での稽古で一本とった感触を思い浮かべるたびに勝つ自信が湧き上がった。
そして、朱袮の順番がまわってきた。面をつけて白のところに行く。対面の相手と一緒にコートに入る。3歩あるいたら一度礼をする。そして開始戦まで行き竹刀を抜き蹲踞。あとは主審の合図で試合が始まる。
「始め!」
蹲踞の姿勢からすぐさま立ち上がり、お互いに相手を制すために、声をだす。
「ヤァァァァアアアア!!!」
「シャアアアアアアアア!!!」
相手も中々の声だ、と朱袮は相手を観て、聴いて、考察する。
(相手は2メートルくらい(朱袮の体感では)あり、自分からはあまり攻めてこないタイプのようだ。足はそこまではやくない。大丈夫、一本とれる。取り敢えず面を打ってみよう。)
朱袮は、相手の中心線を取り面を打つ。
「メェン!」
軽く払われる。
(なるほど、捌きながら様子を見るタイプか。ならば打って打って打ち続け、相手を引き出そう。)
その後も面、小手面、面、面と打ち続けた。
すると、相手も我慢できなくなったのか、あるいは、タイミングがわかったのか、打ち返してきた。身長差の為か合面時に赤旗が一本上がるが残り2人の審判はあげなかった。
相手は、自身から攻めていけばもしかしたら一本取れるかもしれない、と思い、打ち続けた。
(今俺後手にまわってるなぁ。まぁその方が楽なんだけど)
必死に捌きながらチャンスを伺う。元より身長149cmの自分が面を入れる方が困難であることはわかっていた。だから、相手を無理やり動かした。
応じ技...つまり相手が打ってきたとき空いたところを狙うカウンター。朱袮にはそれしかなかった。練習試合でも取っている一本は大体返し技だった。
相手が面を打ってくる。そこに小手を合わす。小手布団に掠る。
(惜しかった。でも次は当たる。)
相手の次の攻撃に備える。相手が打ってくる。
(よし、今度こそ...っ!?)
小手を打とうとしたが相手は小手面を打ってきた。このままでは負ける。
(まずい。でも負けたくない!)
「うぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
朱袮は気合で小手を捌き、相手の面に合わせて胴を打つ。
「ドゥオオオオオ!」
スパァン、と手首と腰が入った良い音がなる。相手の反撃に備えて残心をとる。気剣体の一致。文句無しの一本だった。
「ドウあり!」
旗が三本あがり、まずは朱袮の一本となった。
(よし。なんとかなった。この勢いに乗っていくぞ。)
朱袮は開始戦に戻りながら次に備える。
「2本目ェ!」
主審が声をあげるとすぐに、相手が小手を狙ってきた。朱袮は少し驚いたが紙一重で捌く。小手頭に当たる。なんとかさばいた。と朱袮は思ったが
「コテあり!」
赤旗が2本あがっていた。1人だけ副審が浅いと思い無効だと主張しているが、覆ることはなかった。
周りの同級生は「切り替えて」や「まだ一本あるよ!」と応援するが、その声は朱袮には届かなかった。
(え?なんで?今、当たって、ないよね?俺、ちゃんと、捌いた、よね?嘘だ、ありえない、ありえない、ありえない!)
朱袮はパニック状態に陥った。確かに当たってはいなかったが、審判の判断は絶対。そして審判も人間であり、間違えることだったある。だが、今の朱袮にはそれが受け入れられなかった。
「勝負!」
3本目が始まるが、朱袮はまともに相手を視認できなかった。相手どころか、審判の位置も、コートの広さもわからなくなっていた。自分の足が動く感覚さえわからなくなっていた。
それからの試合内容は酷かった。朱袮は試合に集中できず、場外反則二回で2本目を取られ敗北をした。
試合後顧問の話を聞いたがその話も耳には入らず、話が終わったと思ったらトイレへ逃げ込んだ。
個室に入り、声を殺して泣いた。今まで自分がやってきた事はなんだったのか、何故今までやってきたことを出せなかったのか、何故自分はあの後まともに試合ができなかったのか、悔いて、悔いて、悔いた。
あの時視認できなかったはずの光景が頭の中でグルグルと廻る。恥ずかしい、苛だたしい、そして1番出た気持ちが、もっと試合をやりたい気持ちだった。
こんなところで終わらない。こんな悔しい気持ちのまま終わらせたくない。今までやってきた事はこんなんじゃない!頭を抱えているうちに悔しい思いがどんどん強くなり、
遂に声を殺すこともできなくなった。
「ああ...ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
トイレに泣き声が響いた。その泣き声はなによりも悲しく、そしてなによりも情けないものであった。
ひとしきり泣いた後応援に向かった。結果は男子が坂本ともう1人が県大会へ進出、女子も2人が県大会へ進出となった。
次の日、団体戦が行われ見事県大会へ進むことができた。
が、県大会では個人戦も団体戦も良いところもなにもなく、結果としては県大会出場で終わった。
朱袮は決意した。高校に行ってレギュラーを取り、試合に出れるようにすると。そして悔いの残らないような剣道をすると。もう2度とこのような事が起こらないように。
朱袮は顧問の先生に合併して新しくできる高校を勧められた。なんでも、学生時代に名前を残した強い先生が顧問をしているらしい。
朱袮はその高校に進学する事に決めた。同じく勧められていた坂本と一緒に受験勉強に励み合格した。
これから朱袮の剣道の物語が始まる。
初めまして!西陽です!
文章力低いですがよろしくお願いします。