第五十九話
「実は私漫画家なんです」
「はあ」
しまった。
今までで一番間の抜けた声が出た。
漫画家?
それは職業のことだよ、な。
「あの、全然売れてないんですけど。一応連載持ってて」
「はあ」
笹森さんは全然に声の音量を全振りし、コーヒーを決意するように飲み干したが、熱かったのか氷水も飲んだ。
「それで、その漫画がですね、今日初めてランキングに入ったんです。十六位なんですけど」
「はあ」
「それで、すっごく嬉しくって。すみません」
「いえ、何かよくわからないですけど、あの俺笹森さんの漫画買いたいです」
できれば五万冊ほど。
これは俺にとってもいいことだ。
笹森さんにお金が払える。
しかも合法的に。
これ以上嬉しいことなどない。
やっとだ。
やっと笹森さんに恩返しができる。
「いえ、そんな、あの、買っていただきたくてお話したわけじゃなくて・・・」
「買いたいってのもありますけど、笹森さんがどんな漫画書いてるか知りたいです。凄いですね。絵書けるなんて」
「そう、ですか?」
「はい、俺絵なんか全然描けないです。あの、ひょっとしてお店の外に出てるあのブラックボードの動物とかの絵、描いてるの笹森さんですか?」
「はい、私です」
「そうだったんですか、笹森さんだったんですね」
ああ、何だろう、これ。
謎が解けていく、全てが繋がっていく。
一問解けると、それに連なる問題も解けていく。
足元が黒から白に変わっていくみたいだ。
「見てくれて、いたんですね・・・」
「だって毎日変わってましたから、あの兎とか、熊とか、本当に上手ですよね」
「そう、ですか?」
「はい。可愛いなって思っていました、いつも、毎日書いてるんですか?」
「はい。お昼から出勤なので毎日帰る前に書いています」
「そんな短時間に書けるものなんですか?」
「はい、さささーって」
「凄いですね」
ブラックボードの映像残ってるかな。
見たい、笹森さんが書いたの全部。
店の外だしな。
笹森さんが出勤の時の映像は全部残してあるけど、休みの日のは消してるから、全部はない。
残しとけば良かった。
今日はブラックボードで振り返ろう。
ああ、あのブラックボード売ってくれないかな。
部屋に飾りたい。
そうか。
漫画書いてるからケーキ屋はバイトでいいのか。
本業があったんだな。
良かった。
バイトだけでどうやって暮らしてるんだろうとお節介なようだが心配していた。
「あの、話さなきゃならないことって、これですか?」
「え、ああ、はい、これ、です・・・」
笹森さんは明らかに歯切れが悪かったので、俺は「コーヒーもう一杯飲みます?」と聞いた。
笹森さんは恥ずかしそうに「はい」と小声で言った。




