第二十五話
「もう帰れるってさ、水野、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「神尾、帰れるって?」
「もう明日には非常事態宣言解除だって」
「帰れるのか?」
「うん、帰れるって」
「良かったね、主席」
「ああ」
帰れる。
ケーキを買いに行ける。
ちーちゃんさんに会える。
これ以上の感動があるだろうか。
まったくなんてことだろう。
俺は本当にちーちゃんさんに会えるまで何をして生きていたのだろう。
勉強と勉強と走り込みと筋力トレーニング。
それしか思い出せない。
「あ、ちーたんからメール来た。喜んでる、喜んでる」
「そうか、良かったな」
「うん、絶対喜ぶと思ったんだよね。ちーたんオタクだから。深夜アニメなんだけど「俺の彼氏がサイボーグ」っての、知ってる?」
「知ってる、私も見てる」
「知らない」
「面白いよ、主席BLってわかる?」
「男性同士の恋愛だろう、知ってる」
「うん。DVD貸そうか?」
「嫌、悪い。いい」
「そう?」
家にいる時はちーちゃんさんを見るのに忙しい。
アニメを見ている時間などない。
「ちーたんさ、俺がサイボーグになるってことが決まった時もすっごい喜んでくれてさー」
「そうか」
「まあ元々人外もの好きだったから」
「人外?」
「人間じゃないってこと」
そうか。
自分では人間のつもりでいたけど世間一般的には俺はもう人間じゃないのか。
人外。
俺はちーちゃんさんと同じ人間ではない。
「しかし腕だけで済んで良かったわね」
「森次さんいたから」
「そういや来てたねー。何時まで実戦出るんだろうねー、あの人」
「研究室に閉じこもってると体がなまるからじゃない?」
「よくやるー。ああいう人って人類好きになったりするのかな?」
「何それ?森次さん既婚者でしょ、確か」
「奥さんてどんな人だろうね?」
「さあ、でも森次さんの奥さんでしょ、美人なんじゃないの、やっぱり」
「それはそうだよね、だってあの顔の横に並ぶんだよ、自分もある程度の顔じゃないと恥ずかしいじゃない」
「愛があれば顔の差なんて」
「そうかなー」
顔の差か。
痛い言葉だ。
少なくとも俺にとっては。
だが心をえぐられるほどじゃない。
俺が絶望するとしたらそれはちーちゃんさんを永遠に見れなくなったり声が聞こえなくなったりしたときだけだ。
だから大丈夫。
この一か月近く生のちーちゃんさんを見れなかったが、保存されたちーちゃんさんだけで何とか持ちこたえることができた。
それはこの身体の機能のおかげだ。
だって俺とちーちゃんさんは赤の他人だ。
彼氏と彼女ではない。
本来ならアイドルでもない一般人のちーちゃんさんの動画を所持することなどあってはならない。
この身体になって良かった。
この世に留まっていられる限り、俺はいつだって自分が見たちーちゃんさんに寸分の狂いもなく会うことができるのだから。




