秘密基地って秘密だから秘密基地なんだよなぁ…
「ここの表現は…声量を徐々に上げて…うーん…」
放課後、俺は人通りが全くない屋上階段。鍵のかかった屋上扉前、畳1畳分のスペースの俺の秘密基地
でスコア片手に声量を上げる指揮の指示について悩んでいた。そう、この声量を上げる指示こそが先日エロいと糾弾された動作なのだ。
下から上に手のひらを動かすこの動作がセクハラっぽいと揶揄されてからずっと悩んでいた。というか一週回ってむしゃくしゃしていた。
音楽の先生に相談したところ、リズムをとるタクトの動きを小さくして徐々に大きくしていったら伝わりやすいんじゃないかとは伝えられたがうまく伝わらない。いっそのことクラスメイト全員のスコアに追記した方が手っ取り早いんじゃないかと考えていた時だ。階段に俺を呼ぶ声が響いた。
「ミケーどこにいんのー?」
矢吹だ。ちょっと待て、なんでだ!今日はちゃんと数学の課題は提出したぞ!ベアハッグされるようなことはしてないんだけど!ああ!なんかそのまま階段上がってくる!嫌!来ないで!
「なんだー、いるんならちゃんと返事してよ!場所間違えたかと思ったじゃん」
とうとう見つかってしまった。なんで俺の秘密基地知ってんのこの子。
「誰に聞いたんだよこの場所の事。1人で集中したいときにここ使ってるんだけど。数学の課題ならちゃんと出したよな?」
「課題は関係ないよー。夢ちゃんにここにいるって聞いて様子見に来たの!」
「いやいや見せもんじゃねーぞ。ヘタクソな指揮を必要以上に見られたくないからここで練習してんのにお前が来たら意味ねーじゃん。察しろよ。」
「別にいーじゃん減るもんじゃなし。そんな1人で頑張んなくてもみんなにもいろいろ聞いたらいいのに」
どの口が言ってんだ。一生懸命な俺をエロいだの変態だのと笑いものにしたのはお前らじゃねぇか。俺はまだみんなにアドバイスをもらえるほど上手くないんだ。せめて自分の中で完璧になるまで、本当は誰にも見せたくない。練習風景の見学なんて御免だぞ。
「男の子にはいろいろあんだよ。わざわざ1人で練習してる意味を察しろや。そろそろ泣くぞ俺。」
「あははっ!意味わかんない!っていうか意外と泣き虫だよね、ミケって」
お前よぉ…ほんとよぉ…!いちいち人の傷口抉るのお上手ですねマジで!
「泣きながら土下座してたのはもう忘れろよマジで!あぁ…思い返すだけで恥ずかしいわほんと…」
「ごめんごめん、笑うつもりじゃないかったんだけどね!あんま1人で抱えなくていいんだよって伝えたくてさ。松森さんと上手くいってないのも知ってるし、指揮してるときいつも難しい顔してるから気になって」
そんな顔してたかな?でもそうかもなぁ…太助の意思を継いで、期待してくれる人に応えなきゃって必死になって、何が何でも松森に認めさせてやるって躍起になって…振り返ったら急に疲れてきちまったぃ。
「はぁ…今日はもうやめるわ。代わりに矢吹の意見聞かせてよ。正直1人で行き詰ってお手上げだったんだ。」
「ようやくおとなしく話す気になったなー?ミケはいつも極端すぎなんだよ。めちゃくちゃ頑張り屋だと思えば課題の提出全くしない時もあるし。」
「うっせぇ。いいから指揮の話しろぃ」
「口を開けば指揮の事ばっかだし」
矢吹が年下の子供を見るような目で苦笑する。何様だよ!いいから意見はよ!意見はよ!
その後しばらくして、結局矢吹からも同じ提案が上がったこともあり、クラスメイト全員のスコアに指示を書き込むことになった。
女子の分の書き込みは矢吹がやってくれるそうだ。根本的な解決にはなっていないが技術をモノにするまで当面は凌げそうだ。
俺が上手くなることばかり考えてちゃだめだ。俺の遅れはクラスの遅れ。クラスの遅れは賞までの距離を長くする。俺たちは同じ目標に進む限り一蓮托生なんだ。
矢吹がいてくれてよかった。
視界が、広がる。