俺たちの握手は一味違うぜ
矢吹の『首握手』から時間は流れて放課後。俺は窓際の席でアンニュイにグラウンドを見つめていた。野球部と陸上部の掛け声がひどく遠く感じる。
なぜ俺はここにいるのだろう。籠の中の小鳥のように外の世界に思いを馳せながらただただ時間が流れるのを感じていた。
「早く課題やれ♪」
「あい」
詰まるところ俺は缶詰にされていた。数学担当の女教師、棚岡先生。通称タナティーの怒りをとうとう買ってしまったのだ。溜まりに溜まった数学の課題4日分を終わらせるまで下校禁止。監視の為に矢吹が横に座っての課題消化が与えられた罰になった。
そらアンニュイにもなるわ。逃げ出してぇもん。この現実から。っていうか矢吹いなかったらとっくに帰ってるもん。タナティーまじで容赦ない。いや悪いのは俺なんだけどさ。
「もー!早く終わらせてよー!私も帰れないんだからねー!」
おいやめろ矢吹…かわいらしくポコポコ殴ってるつもりか知らんがお前の拳は内臓に響く。マジでいたいんだってば。ほら!『ボグ!』って音してるもん。
「だったら数学教えてよ。俺数学はサッパリなんだよ。」
「しょうがないなぁ…あ!でも答えは教えないからね!」
「それでいい。頼むわ。俺も早く帰りたい」
甘酸っぱい青春の1ページを連想した奴いる?はっきり言ってそんなご立派なものじゃないからねこれ。肉食獣を隣に座らせて勉強するのが青春って言える奴とは友達になれそうにない。
「また間違ってるーちゃんと集中してる?ここの計算はこうで…」
隣に座る矢吹が身を乗り出して解説してくれる…んだけどなんだこれ!めっちゃいいにおいする!俺の肘になんか柔らかい?ものが当たってる!こんなん集中できるわけねーだろ何考えてんだタナティー!
「また聞いてなかったでしょ!せっかく解説してるのに…また私と握手したいの?」
「いや、その、距離近すぎっていうかその、なんか…ああ!もうわかんね!」
あああああ!なんで脅されてんのに顔赤くなってんだ俺!わけわかんない!こんなんで勉強とかできない!もう帰りたい!帰らせてよぉ!
「なになに?まさかミケ意識しちゃってるのー?きもーい♪」
キモイ言うなや。1人だけ楽しそうにしやがってマジこいつ…。
「別に意識とかしてねーし!なんていうかお前も女子なんだなって思ってさ…」
「あーそれ傷つくんですケドーっていうかやっぱり意識してんじゃん」
「つぁーもういいから早く教えろよ!早く帰ろうぜ!」
「そういえばミケだけだよね、私と普通に話す男子って。みんな私の事避けるんだもん」
「・・・」
ぶっちゃけ俺も避けたいけどねぇ!?数学苦手なせいでエンカウント避けられないだけだからねぇ!
「ほんとは私と握手したくて課題忘れてきてたりして・・・なんてね!あははっ」
そんな楽しそうに笑うなよ…俺も他と大差ないってのに、罪悪感沸くわ。
「みんな恥ずかしがってんだよ。男子中学生は宇宙一バカな生き物だからさ、かわいい子と話そうと思ったら茶化すしかやり方知らねーんだ。お前が悪いわけじゃねーよ。」
何言ってんだよ俺!へたしたら告白と取られてもおかしくねーぞこれ!やべぇやべぇ…上手くごまかさねぇと…!あとあとからかいの種になるのは御免だぞ。
「ミケもさ、私の事かわいいと思うの…?」
「…ナイショ」
「そっかー・・・えへへ」
生まれて初めて神に祈ったかもしれない。助けてくれと。そういう雰囲気なのかこれは!いやどういう雰囲気だ!イケメンのヤ〇チン野郎の皆さん!おらに逃げ場を分けてくれ!騙されるな俺!外見は可愛くても『春の陣』を腕一本で勝ち抜いた女だぞ!一部の男子にゴリラ・ゴリラ・ゴリラとか呼ばれてる剛腕だぞ!今俺がちょっとときめいたのは何かの間違いだ!
「あ!でもそれとこれとは別だからね!課題はちゃんとやってよね!私も困るんだから!」
「そ、そうだな!たまにはちゃんとしないと指揮者としても立つ瀬がないしな!」
「握手なら課題忘れなくてもしてあげるから…しっかりしてよねっ!」
それは別にどうでもいい!っていうか頼むことは絶対ない!
それからほどなくして課題は終わり、帰ることになった。
翌日当たり前のように俺は数学の課題を忘れたが、その日から俺への『握手』は『ベアハッグ』に変わっていた。メキメキと背骨が嫌な音を立て、思わず本気の悲鳴が喉から漏れる。苦悶の表情を浮かべる俺を笑顔の矢吹が殊更強く抱きしめる。日常とは程遠いその光景がクラスの風物詩になるのに時間はかからなかった。
多分俺は、明日も数学の課題を忘れるだろう。本当は寂しがりやなクラスメイトの為に。
・・・・・・っていう名目でな!!
こんな青春、どう思いますか?