ヒーローは最後まで諦めないんだってさ
土下座から三日後。恒例になりつつある有志での朝一の合唱練習後の事だ。
「ミケ、テンポがズレてる。それとここの表現をもっとわかり易くして。伝わってないから。あと今すぐ 呼吸を止めて。」
雪音から俺への激が飛ぶ。
雪音は習い事でピアノ教室に行っている、つまり本当の意味で音楽経験者といえるだろう彼女からの指示はどれも適格だ。…特に意味のない罵倒を除けばだけど。
「なぁ聞いてもいい?お前俺の事嫌いだよな?なんで的確に改善点教えてくれんの」
正直普通に疑問である。指揮者を辞めさせたければ育てる必要なんてないわけで。
「丁度太助君のカリスマで自信喪失してるみたいだし?厳しく躾ければ指揮者辞めるかなって思ってるの。他意はないわ。」
なんだそういうことか。っていうか躾けって。犬や猫じゃねぇんだが・・・。
「お前さんも律儀だねぇ相棒。」
「誰が相棒よ。肩書だけでも指揮者である以上あなたには私に見合う相応の実力をつけてもらわなきゃ困るの。できないなら今すぐ死ぬか太助君に代わって」
「バーカ。腕が動くうちは誰にも指揮者の座は譲らねぇよ。お前こそ後の俺に相応しい学校一の伴奏者になれよ。」
「あなたごときが学校一の指揮者になれるとでも?やっぱり今すぐ焼死してくれる?」
火元のない場所で無茶言うんじゃねぇよ。
「はいはい後でね。いつもありがとうな」
いつも通りだけど少しだけいつも通りじゃない会話。
俺にはカリスマなんかないし指揮の腕も未熟だ。各パートリーダーとは土下座の一件以来話もしてない。
求心力も実力もない。それでも、歪んではいても一人で悩んでいる俺の未来に期待して技術を注いでくれる人間が1人いる。
本人は嫌がるだろうけど、間違いなく俺の『相棒』として動いてくれる彼女に初めて少しだけ感謝した。
放課後は各パートリーダーと話そう。俺らしく、最初の1歩を踏み出すために。
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放課後。空き教室に集まったパートリーダーの面々を見回して告げる
「悪かった!土下座の一件で太助に劣等感抱きまくってて1人で猛省してた!」
重苦しい沈黙の後、各々が口を開いた。
「そうじゃないかと思って1人にしてたんだ。俺たちに何も言わなかったのと謝罪後に不貞腐れてるのは正直腹が立ったけどな。」
「私は声かけようかと思ったんだけどねー。なんか顔が死んでるっていうか、ちょっと怖くて話しかけられなかったよ。ごめんね。」
「確かにあれはプライドボロボロになるよね…結局クラスまとめたの太助君だったし」
みんな思い思いに心配してくれていたみたいだった。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。同時に勝手に孤独感抱いて卑屈になっていた自分が恥ずかしい。だからこそもう一度伝えなきゃいけない。頭を下げて伝えよう。
「・・・ごめん、もう一度、俺に力を貸してほしい。カリスマなんてないし指揮は未熟だけど、執念と練習量なら誰にも負けないから、もう一度、ついてきてほしい。」
「最初からそのつもりだ。1年の時からお前を見てるんだぞ。お前が指揮者になれなかったときも、お前が指揮者賞とれなかったときも床殴りながら泣いてるのを見てきた。今年はとれよ。指揮者賞」
少し涙ぐみながら俺は学の声に応える。
「当たり前だろ。ヒーローは最後まで諦めないんだぜ。」
おれの頭を撫でる学とその横で笑う夢と池谷、それとこの場にいない、未だに心を開いてくれない相棒の期待に応えることを誓う。
「今年の最優秀指揮者賞は俺がもらう」