怒らせたらしいです
ちょっと長めです。
「あー、疲れた」
駄目だ。もう、歩きたくない。
足に力が入らなくて、フラフラだ。
「ちょっと体力なさすぎじゃない」
そう言ってのはまだまだ元気なシリカだ。というか、全員汗一つも流れてない。
「お前らと一緒にするなよ。こちとら、歩きなれてないんだよ」
「でも女よりも体力がないって」
「うぐ……」
それを言われたら立つ瀬がない。
いや、俺だって少し自信はあったのだ。この森である程度の期間過ごしていたのだから体力はあるつもりだった。しかし、こいつらは本当におかしい。まず、歩くスピードが速い。休憩なしだと本気で死ねる。
しかも、それでけろりとしているのが恐ろしい。
シリカの方はともかくお嬢様然としたセシリアにも体力で負けるとは地味にショックだ。
「どうする、休憩する?」
クレイが俺にそう言ってくれた。出来るならその言葉に甘えたいが、流石に俺自身も日程を遅らせたくはない。それにあまり誰かに対して迷惑はかけたくない。
「大丈夫だ。ちょっと待て」
地面に倒れてそこに召喚陣をパパッと描く。
……汗で土がくっついて気持ち悪い。なんで倒れたんだろ。
「アモウル」
体がヒョイと持ち上げられた。そして、背中に乗せられる。
「頼んだ、アモウル」
アモウルは頷いて、そしてゆっくりと歩き出した。
のそのそと振動が体に伝わって正直あまり乗り心地は良くないが、わがままは言うまい。
それをただ茫然と見ていたクレイたちは、ハッとしたように歩みを再開した。
そして背中に乗っている俺にクレイが話しかけてきた。
「今、召喚したのってもしかして」
「もしかしても何もヘルファイスだが」
「……やっぱり」
半ば呆れたように俺を見てきた。
まあ、何を言いたいかは大体分かる。
「S級の魔物を、よく召喚出来るもんだ」
「それしか能がないんでな。ある程度は召喚出来るんだ」
「君も結構規格外なんだな」
とんでもない規格外に規格外とか言われてもちょっと困る。
俺から見たクレイは規格外どころか、軽く規格をぶっ壊してそうだ。
「ヘルファイスなんて出くわしたら地獄を見るなんて言われるのに」
「お前ならどうせ、けちょんけちょんに倒せるだろうが。ヘルファイスに地獄を見せる側に回るだろ」
「流石に地獄は見せないよ」
謙遜しているが、倒せることを否定していないところがやはりこいつが一番の規格外なんだろうなとも思う。というか、今ちょっとアモウルがビクッとしたぞ。本能的にクレイに恐怖を感じたらしい。
「ついでに、こいつのことはアモウルと呼んでくれ。オークの肉でも渡したら喜ぶだろうさ」
「あいにくオーク肉は持ち合わせがないんだ。兎の燻製しかないがそれでもいいか?」
「何でもいいさ。こいつは肉なら何でも食う。フーラが食わすか?」
クレイの後ろで目を光らせながらアモウルを見ていたのでそう声をかけてみた。エイレスを触っていた時の反応を見るにもしかしたらこういうのが好きなのかもしれない。
「……いいの?」
「ほれ」
首を傾げながらそう聞いてきたフーラにクレイの出した兎の燻製を投げた。
いきなり投げたのでフーラはそれを落としそうになりながらもなんとか手に取った。
そして、それをアモウルの前に持っていき、ぶらぶらとそれを揺らした。
アモウルはそれを首を振りながら追いかけて、フーラがその燻製から手を離すと飛びついてそれに食いついた。いきなり、アモウルが動き出したので体が地面に落ちかけた。
……出来るなら後ろに乗っている俺の事を考えて欲しかった。
「……可愛い」
フーラが肉に食いついたアモウルに向かってそう言った。
可愛い?あれが……?
可愛いどころか子供が見れば泣いて逃げ出してしまうだろう。
もしかしたらフーラの感性はちょっとおかしいのかもしれない。
「やっぱりフーラは良く分からないわ」
そんな声が聞こえたので振り返ってみるとシリカがフーラを見ながら、そう呟いて歩いていた。
「フーラってやっぱりアモウルとかエイレスみたいなのが好きなのか?」
シリカにそんな質問をしてみた。考えてみればこいつとはたいがい喧嘩腰でしか会話していないような気がする。
「そうね。獣とか割と好きっぽさそう。猫もネズミも、ヘビもカエルも。まあ、動物なら全般好きなんでしょ」
「……そうか」
しかし、その組み合わせを言うのは悪意しか感じないぞ。ネズミとカエル食われるじゃねえか。動物好きの話はどこに行った。
自然界の弱肉強食というものに嘆いているとシリカがアモウルを指さして言った。
「そう言えば、他に何が召喚できるの?」
「何がって、まあ色々だ」
「だから、それを詳しく聞いてるの」
「うん。色々だ」
「あー。もう、いいや」
俺が適当に答えをはぐらかしているとシリカは俺と話すのが面倒だと言うように首を振って、俺よりというかアモウルの前を歩き始めた。答えをはぐらかしたのは、……まあ何となくだ。
それにしても歩けど歩けど木、木、木と変わり映えのない景色だ。
面白さや風情なんかを求めるつもりもないがこうも変わらないと、自分が本当に動いているのだろうかという妙な感覚に陥る。いや、アモウルの背中に乗っている時点で自分では動いてないのだが。
ああ、後どれくらいで目的地に着くのだろうか。
ふと、セシリアの方を見てみた。
周りを見ていると、セシリアの金髪が視界の端に引っかかったからだ。
セシリアはなぜか空を見上げながら歩いていた。
一体、何をしているのだろうか?疑問に思ったが話しかけるのは止めた。
何か、空気が違う。その表情はどこか祈りを捧げているように見えた。だから話しかけるのは憚れた。
それにセシリアは少し苦手だ。話をするのを躊躇わせるような何かを感じさせる。もしかしたら、俺は無意識のうちにセシリアを神聖視のようなそんな目で見ているのかもしれない。
だとしたら、少し恥ずかしいな。
そんなことを思った。
そんなこんなで、一日が過ぎて行く。
別に何かが起きて欲しかったわけではないが、身構えながら行動していたのでなんだか拍子抜けだ。
柄にもなく緊張をしていたらしい。
「もう、今日は休もうか」
クレイが暗くなってきた空を見てそう言った。
その言葉には激しく同意したいものだ。
しばらくアモウルに乗った後は、また降りて自分の足で歩いたので足はパンパンだ。
アモウルから降りたことを少し後悔したが、また運んでもらうのも格好悪い。
だから、力を振り絞って歩き続けた。力を振り絞る場面が色々と間違えているようにも感じるが。
「ふー」
とりあえず、近くの木にもたれ座り込んだ。
比重が全て背中に傾く。
「情けないわね。途中、背中に乗せてもらってたでしょうに」
呆れたようにシリカにそう言われた。
「おいおい、それでも降りてまた歩き出した俺を少しでも褒めてくれよ」
「そんな情けない言葉を私は初めて聞いたわ」
微妙に俺を蔑むような目で見てそう言った。
まあ、自分でも思ったけど、もう少しその目はどうにかならないのか?色々と傷つくからさ。
本当にちょっと泣きそうだ。
「聖魔法をかけましょうか?」
そんな優しい声が上からかけられた。
セシリアだ。
「いや、いいよ。こんな疲れまで聖魔法で取ってもらうのは気が引ける」
「そうですか。辛くなったらいつでも言ってください」
笑顔でそんなことを言われた。
そんなことを言われる自分って……。
ああ、無性に恥ずかしくなってきた。
「なんで赤くなってるの?もしかして、セシリアに惚れちゃった?」
ニヤニヤとシリカが下世話な笑みを浮かべている。先ほどのセシリアのものとは大違いだ。
しかも、それは少しセシリアに失礼ではないだろうか?俺みたいなやつに惚れられても迷惑なだけだろう。
「そんなわけがない。聖女様にそんな感情は抱けない」
「どうだかね」
「本当だ。誰かを好いている奴に惚れるようなことをしないさ」
セシリアはクレイに惚れている。
傍目から分かるぐらいの好意をクレイにぶつけている。
多分、かなり本気で
「それにクレイもセシリアのことが好きだろ?」
「……よく分かったわね」
「そりゃ分かるさ」
感情の機微を見るぐらいは慣れている。それからすれば二人は分かりやすくて、簡単だ。
むしろ、なぜお互いに気付いていないのかというほどだ。
「だから、セシリアに惚れるなんてことはないさ。もちろん、お前やフーラにもな」
「分からないわね。別にまだ付き合っているわけでもないなら好きになるぐらいは良いと思うけど。むしろ奪っちゃおうくらいの気概でいけば意外といけるかもよ?」
「馬鹿言うな」
本当に好き合っている者たちに俺が混じるわけにはいけない。
それをしたら俺は悪でしかない。
「それにお前がそんなことを言うのは、セシリアがクレイから離れてくれればいいと思ってるからだろ?」
シリカもまたクレイに惚れている。
だから、シリカは俺にあんなことを言ったのだ。もしかしたら俺がセシリアにアプローチでもかければ万に一つでもと、そんなことを思っていたのだろう。
「あらら、バレてた?それで、軽蔑でもする?」
首を傾げながら、上目遣いで俺を見た。しかし品定めするように。
そんな目から馬鹿そうに見えていたシリカも実は強かなのだろうという事が伺えた。
どうやら俺の人の見る目はあまりきちんと仕事をしないようだ。
「別にそんなことはしないさ。どうせ俺には関係ない。むしろ感情としては自然なことだとさえ思う」
「へー」
さも意外そうな顔で俺を見る。
「さっきあんなこと言ってたからそんなこと言うなんて思ってなかったわ」
「あれを俺が勝手に思っていることだ。他人がどうしようが別にいいよ」
別に、セシリアがクレイを好きだろうがシリカがクレイを好きだろうがフーラがクレイを好きだろうが。そんなことは関係がない。
なーんて、少しだけシリアスっぽく思ってみたが少しムカついてきた。
なんでクレイはこうも女に好かれてやがるんだ。こんなやつがいるから男は独り身の奴が増えるんだ。
「なんか色々と不安定そうだけど、大丈夫?」
俺の、というか男のひがみを目の当たりにしたシリカは喉を引くつかせ俺にそんな声をかけた。
俺としたことがつい昂ってしまった。
でも、しょうがないだろう。一人の男としてあんなものを見せられれば感情的になってしまうことも致し方ない。ここで何も感じない奴なんてきっといない。
「そう言えば、ご飯食べる?クレイがそろそろ準備するらしいけど」
「飯?何が出るんだ?」
「熊の肉使ったやつだと思うけど」
「ああ、ならいいや。俺、肉は食えないんだ」
「そうなの?変わってるわね」
「そうか?別にそうおかしくはないと思うが」
「まあ、そうね」
実際世の中には色々な奴がいる。
水の中で生活していたり、体を自ら食わせる不死身もいる。
そんな奴らからしたらこんなものは何もおかしくない。ありふれたものの一つだ。
「ああ、でもちょっと待て」
召喚陣をパッと描きあげてアモウルを召喚した。
「こいつには食わせて欲しい。今日は世話になったからな」
「それは別に良いけど、あんたは何を食べるの?」
「適当にここらにある果物でも食べるさ」
見たところ食べられるものは多数ある。
そこらになっている果実や、生えているキノコや草など食べられるものは大体食べられる。
むしろ、食べられない物なんてほとんどない。
「じゃあ、私はもう行くわ」
「ん、ああ」
ぱたぱたとクレイの立っている方へとシリカが歩き出した。
その顔には微妙に笑みが浮かんでいた。
「なあ」
俺はその背中を呼び止めた。
ただ、どうしても一つだけ聞きたくなったのだ。
「何よ?」
若干、不機嫌そうに眉を顰めて俺の方へ振り向く。
俺にクレイのところまでに行くのを邪魔されたからだろう。
まあ、幸せな気分を害されたら気を悪くするだろう。心の中で軽く謝っておこう。
しかし、今は聞きたいことだけを聞くことにしよう。
「お前、もし明日クレイが死んだらどうする?」
「は?」
若干不思議そうに、しかしその言葉に嫌悪を示しながら。
「クレイが死ぬわけがないじゃない」
「まあ、例えばだ、例えば。クレイだって不死身じゃない」
「だから死なないの!」
キッと俺を睨んで、頬を膨らまし一度俺を蹴って背を向ける。
どうやら怒らせてしまったらしい。
いきなり好きな奴が死んだらどうするなんて質問はいけなかったかな。
しかし、まあ。
「認めない、ね」
そんな答えも、もしかしたらどこかにはあったかもしれない。
きっとどこかに。
ありえたかもしれない結末だ。
遠のいたその背中をただ茫然と俺は眺めながら、思いを馳せるように意味のない瞑想をした。
最後らへんはもう少し削れたかなとも思いますが何分技量がないもので。
意見があったらどうかご指摘してくれると嬉しいです。