イロとモノ
―――リリーン
鳴り響いた音に驚くとともに自分がどこかの店のドアを開けたことに気が付いた。
「――いらっしゃいませ。本日はどういったモノをご所望でしょう?」
ベルが鳴り響いたからか、はたまた私が来ることを察知していたのか、一人の店員がドア横のカウンター前から声をかけてきた。
中肉中背で黒いシャツに黒いパンツ。黒髪に黒目…全身黒の美形。
「え、あの―」
「まだ商品がお決まりでないならどうぞこちらにお掛けください」
―間違えて開けちゃったみたいなので失礼します。すみません。
そう続けようとした言葉に被せるように笑顔の店員が椅子を引く。
「お掛けください」
にっこり。
再度有無を言わせぬ笑顔とともに椅子を勧められる。
「…ハイ」
美形の笑顔に逆らえる人がいたらぜひとも代わってもらいたい。
「で、お客様は何をご所望ですか?」
「ご所望…いや、ココは何を販売しているんですか?」
白いカップに入ったお茶を置く店員にとりあえず聞く。
「ああ…ここは『ラ・ルナ』。染織屋ですよ。」
「せんしょくや…?」
…聞きなれない種類のお店だ。
百聞は一見に如かず。
広すぎず狭すぎない店内をぐるっと見渡してみる。
布や時計、壁掛け、鏡、メガネ…雑多に棚に仕舞われているのを見ると何でも屋のようだ。
が、明るさを抑えた店内でも際立つ共通点が一つ。
「アナタが『欲しいモノ』を作り出せる店ですよ」
「『欲しいモノ』…?」
「ええ」
「…」
『欲しいモノ』なんて…どうせ手に入らない。
「そんなの思いつかない…」
「じゃ、ここの扉を開ける前にあったことを話してみませんか?」
入る前…か
「…面白い話じゃないですよ」
構いませんよ。
そう、先ほどのごり押しな笑顔じゃなく口元にうっすら笑みを浮かべながら店員が言う。
まぁ、いいか。誰かに話た方が気も紛れるかもしれない。
「じゃ、遠慮なく。あの、ですね―」
もう、袖振り合うも他生のナンチャラだ。
「な、知ってるか?ユウキとリンって付き合ってないらしいぜ!」
「え、それ誰に聞いたんだよ!?」
このベタな展開はなんだ。
そう呟ながら目の前の教室の扉を見やる。
あぁ、忘れ物なんて取りに来るもんじゃないな。
「この間、リンに直接聞いてみたんだよ。『お前ら常に一緒だけど付き合ってんの?』って」
「お前よくそれ聞けたなー。」
よっ!勇者!!
どっと笑いが起こり、教室内に残ってるやつらは盛り上がる。
「でも意外ー。ユウキとリンってお似合いなのにー」
「そう思うだろ?そしたらさリンが『なんでオトコオンナと付き合わなきゃなんないだ。ただの腐れ縁の幼馴染だ』って言ってたんだわ」
「うわー。リン毒舌ぅ!」
「えーでも、男前なユウキなら私、付き合えるぅー」
ギャイギャイ盛り上がる教室を後にする。
忘れ物…まぁ、いいか。
2年に上がったら辺りから、リンに避けられていた。
好きな人ができたのかな?ぐらいに思ってたけど、違ったらしい。
「保護者廃業しますか…」
誰に言うでもなく宣言してみる。
宣言だけしてみる。実行に移せるとは到底思えないが。
――コンコン。
夜、隣の部屋の窓をたたくと、部屋が真向かい同士の幼馴染のリンが顔をのぞかせる。
「…ユウキなに?」
「どいて」
「は?ちょっ…!」
リンを押しのけて部屋に入り込む。
窓を挟んで話すよりどちらかの部屋に渡ったほうが話しやすい。
ま、相方でもできたらできなくなるし、今のうちに堪能しなきゃな。
「で、なに?」
「いや、明日の課題のプリント見せてくれ。ガッコに忘れちゃってさ」
あはは。と笑うと。
ふーん。と言いながら、リンはこちらをちらっと見ながらプリントを手に取る。
「少しは自重したら?」
「?窓越えをか?」
「それもそうだけどさ…。」
そのカッコ。と指さされ、
はぁぁぁ…、と大きな溜息をつかれた。
「?」
一応、現在の格好を見直してみる…いつも寝巻にしている短パンにタンクトップ。
おかしなところはないはずだ。
「あと寝るだけだし、何かおかしい?」
「ユウキらしいけど、わかってない」
わかってない、か。
ま、確かに着すぎて色褪せてる感はあるけれども…
「色褪せは―ぶっ」
―許して
と言おうとしたら布団に顔面からダイブして、
「―こういう体制とか、」
お尻に重り…リンが座り、
「こういう風にされたりとか、」
両腕が後ろに回され固定、
「考えなかったの?」
背中を直に撫でまわされる。
「…!ちょっ!なにしてっ!」
「んー。教育ー?」
教育ってなんだそれ!
うう…抵抗しようにもうまくできないっ。腕を取り返せないっ。
「なんで…!」
「俺だってオトコですよ?」
力くらいあるさ。
そう、私の背中でクツクツ笑う幼馴染。
…鍛えていたのは知っていた。
が、こんな形で思い知らされるとは思ってもみなかった。
今まで守ってきたリンはもうここにはいない。
昔から、可愛らしくて守られる側のリン。
昔から、男らしくて守る側の自分。
もう、その図式がいらないのかと思うと、悲しさでいっぱいになる。
もう、ユウキ(わたし)は用済みとだという、寂しさで溢れかえる。
その感情に流されないように自身の掌を握りしめる。
ぐりっと爪を立てる。私は強い。一人でも強い。
痛ければ痛いほど感覚がそちらに傾ぐ。
「…わかった。ごめんリン。もうやめる」
「…へ?わっ…と」
急な謝罪に驚いたのか力が弱まったので腕を取り戻し、体を起こす。
乗っかっていたリンをどかす。バランスを崩したみたいだが、床に落とさないようにだけ気を遣う。
「じゃ、おやすみ…バイバイ」
「ちょっと待てよ…!ユウキ…!」
はっとしたリンが声をかけてきたがそれも私が部屋に戻り、窓を閉め、カーテンを引いた後だった。
握りしめていた掌を見るとうっすら血がにじんでいた。
一睡もできないまま朝を迎え、リンと顔を合わせたくなかったのでいつもより早く登校。
教室の扉を開けたら、『ラ・ルナ』のベルを鳴らしていた。という冒頭に戻る。
…あれ?
そうだ、『ラ(こ)・ルナ( こ)』の扉ではなく、教室の扉を開けたはずじゃ…?
「ふむ…なるほど、そうなりますか」
そう頷く店員さん。何かに納得しているようだ。
「だから薄桃色なんですね」
「うすももいろ、ですか?」
戸惑って問うと手元に目線を返された。
正確には最初に出されて話している間、握りしめていたカップを。
「っ…!」
薄暗い店内だったから気づかなかったけど、よくよく見ると白かったカップが色づいている。
「貴女に必要なのはこれですね。桃色は女性の愛らしさを助長する色。赤が強すぎる方には白多め、薄桃色から色づけましょう」
そう歌うように言って棚をガサゴソしていた店員が差し出してきたのは桜の花を象ったキーホルダーだった。
…カップと似たような色の。え、ナニコレ怖い。というよりも、
「店員さん、この中でなんでコレだけ色があるんですか?」
そう、最初に店内を見渡して際立った共通点。
「他のモノは全て白いじゃないか」
そう、置いてあるものは多種多様。
棚に収まっているブレスレットや本、人形、額縁…全て曇りのない白さなのだ。
「…ここにあるモノ達は、色を付けてもらえるのを待っているのですよ」
「え、それはどういう…?」
「さぁ、そろそろ時間ですよ。ユウキお嬢様、またの来店を心よりお待ち申し上げております」
「おじょ…!」
「あぁ、そうそう。ちなみに私は店長の…アキツキです。では、ごきげんよう」
「…!?」
強引だけど優しい手に引かれて扉の前に立たされると、足元がぐんにゃりとする。
店員…いや、アキツキ店長の笑顔も一緒にぐんにゃりした。
――薄桃色が桃色になることを願っていますよ。
そう、聞こえた気がした。
気が付くと、家の前にいた。
しかも朝のはずなのに、薄暗い。
なにかがおかしいと思っていると、何かに抱きすくめられた。
「ユウキ見つけた…!」
「へぁ?!リン?!」
「お前、何勝手に学校サボってんだよ…!そういうのは先にコッチに言っとけよ…!!」
「…サボる?」
誰が?というと、お前が。と返された。
何でも、登校したらしい痕跡(ローファーが下駄箱にあった)に気が付いたリンが、うまく病欠に話をもっていったらしい。
家がお隣さんなのは学校でも知れ渡っているので教師も不審に思わなかったようだ。
自身の足元を確認すると確かに上履きのままだった。
朝、教室の扉くぐったら、夕方、自分家の前とか何それ記憶喪失?魔法?
寝不足で記憶飛んでたか。あ、なんだかクラっとする。
と思いながらふと鞄を見ると、先ほどのキーホルダーがぶら下がっていた。
今まで自分には似合わないと思っていたピンク…には程遠い薄桃色だけど、ここから挑戦しろということか。
私の『欲しいモノ』のために。
「な、リン」
「…なんだよ」
ちょっとお説教中だったリンがムスッとしてこちらを見る。
…目線が同じだ。こないだまで見下ろしていた気がしたのに。
そのうち見上げるようになるのだろうか。
「私は、『オトコオンナ』から『オンナ』になれるよう頑張ってみようと思う」
「…」
リンは目を見張り、そして眩しそうにこちらを見つめ返してくる。
そしてニヤッと笑って
「ユウキの場合、まずは『オンナノコ』を目指すべきじゃないか?」
と助言をくれた。
私の『欲しいモノ』。
それはアナタの『隣』にいても違和感のない関係。
揺らぐことのない立ち位置。
守護者の次は何だろうか。
ふと、鞄に目線を落とすと、薄桃色の桜が揺れている。
まるで、私にエールを送るように…。
「薄桃色の桜ねぇ。ま、気に入ったなら良かったデスヨ」
客との応対時には見せなかった粗野さを纏ったオトコが先ほどと同じ椅子に座る。
【桜はキライ。だって、儚く散っていくのが好きじゃない】
そう、ヤツは言っていたっけな。
そうぼんやり考えながら、先ほどの彼女が抱えていたカップを手に取る。
一度も口をつけられなかったカップ。
想いと同じように大事そうに抱えていたカップ。
外側の色の変化にばかり気を取られていたようだけど、変化は中側にも起こっている。
「さてと、詰めますか」
そう独り言ちた男は、カップを持ってカウンターに置いてある大きな瓶に近づき蓋を開け、
――コトン、コロコロ
カップを傾けると薄桃色をした真四角の塊が瓶の中に落ちていった。
他の色の塊とぶつかり、瓶の中で転がる。
「ま、綺麗な色なのは認めましょうかネ」
そう目を細めながらカップに薄っすら残った血に唇を寄せた。