大恩人の紅い男性
「まったく。とんだ邪魔が入っちゃったわね」
「ジャンスさんにも、困ったものですね」
失礼な言葉ばかりを放り投げたジャンスを文字通り叩き潰したハグミと、それをあたかも当然のように受け入れるレーナと共に、ラウィはクルードストリートを歩く。
どうやらクルードストリートは一本道では無いようで、幾つもの細い路地なども散見している。
そこに入ってしまえば、大通りの人通りは一気に鳴りを潜めた。そこに構える店も、なんだかキナ臭い物へと変わっていく。
それでもハグミは迷わずそこを進んでいく。流石に不安になったのか、レーナがハグミの袖をつかんで引っ張っていた。
「ハグミさん、近道だからって余りここ通らない方が良いですよ……変な事に巻き込まれたりしたら……」
「そうね。でも、今日は頼もしい騎士様がいるじゃない?」
ハグミがこちらを向いてウインクしてくる。そんな彼女に、ラウィは苦笑いを返した。
「いや、どう考えても二人の方が強いでしょ……」
四番隊と七番隊の隊長であるハグミとレーナ。つい先日神術膜を習得したばかりで、今もそこまで洗練されていない自分なんかより、二人の方が強いのは火を見るよりも明らかである。
「あら、男の子なら女の子を守るべきよ? 強い弱いは関係無いわ。黒髪の子の次は、レーナか。モテモテなのは良いけど、その辺はしっかりするのよ?」
「ハグミさん。その辺にしてください。ラウィは人から影響受けやすいんですから」
レーナがハグミに向けて手を伸ばして制止を促す。ハグミは、口に拳をあてがってクスクスと笑みをこぼした。
「だったらなおさら面白いわ。もっと言いたいところだけど、レーナに免じてこのくらいにしておくわ。さて、抜けたわね」
ラウィたち三人は、再び大通りへと足を踏み入れる。ラウィはそこに、少しだけ見覚えがあった。その僅かな既視感の正体を脳の奥から掘り出す。
「この辺りは……」
「覚えてるのね? そう。この間あなたたちと別れた区画よ」
そうだ。先日サッチとクルードストリートを訪れた際、用があるからとハグミが入っていった店のある辺りだ。
(確か店の名前は……)
ラウィはキョロキョロと辺りを見回す。そして、すぐに目的の看板は見つかった。
『スリヤ兄さんのクスリとくる薬屋さん』
そうだった。このセンスの欠片も感じない名前であった。思わず変な笑みがこみ上げてくる。
看板を見上げるラウィの横をハグミが通り過ぎる。そして、コンコンと扉をノックし始めた。
「そう、このお店よ。この間もだけど、今日もこのお店に用があってレーナと待ち合わせたのよ?」
「あ、えっ、ここに入るんだ?」
無意識のうちにどもってしまうラウィ。少し予想外であった。ラウィは、クリーム色の髪を朝日によって照らされている少女を見つめて尋ねる。
「レーナ、薬屋さんに何の用事?」
「ああ、こないだの任務でウチに連れてきたユリウスという半巨人の子がお腹を壊してしまったみたいなんですよ。ウチも半巨人なんて初めてで、適当なお薬が無かったんです。だから、ハグミさんに見繕って貰おうかなって、時間を取ってもらったんです」
「へえ。そうなんだ」
レーナの面倒見の良さにラウィが素直に感心していると、店の扉が開いた。
中から、ぬっ、とやたら強面の男性が顔を出してきた。その視線がハグミに向くや否や、忌々しそうに舌を打ち鳴らしてくる。
「……チッ。またテメェか。ウチに薬目当てでくる輩なんぞテメェくらいのもんだぜ。物好きなこった」
「あら、それなら早急に店の名前を変えてはいかが? 常連客を相手に、酷い言い草ね」
「変えねえよ、わかってんだろ。おら、入った入った。暖気が逃げちまう」
その強面の男は乱暴に手招きをしてくる。ラウィ含む三人が店内に入ると、男は扉を閉めた。
中は暖かく、少し乾燥していた。辺りからは、青臭さが存分に鼻腔を突いてくる。流石に薬屋である。辺りには薬草や何らかの粉末などが収められた容器がずらぁっと並べられているのだが――
(……あれは、刀?)
店内の奥。その壁には、大小様々な刀が展示されていた。それだけではない。小型のナイフに、全身をすっぽり覆えそうな鎖帷子、鎧のようなものまで置いてあった。
薬屋とは余りにもかけ離れた光景。一応男の子であるラウィは主に興味がそちらへ魅かれ、展示品の数々を凝視する。
そんなラウィの隣では、赤毛の男性が同じくして壁にかかる刀を手にとって眺めていた。
「おや。ラウィ君ではないか。君も刀に興味があるのかい?」
シェゾであった。アルカンシエルの三番隊を守る筋骨隆々の紅い男がラウィに気づくと声をかけてきたのだ。
「あ、シェゾ。いやまあ、薬草よりはね。というか、薬屋なのに何でこんなに沢山の武器があるんだろう?」
ラウィの疑問は、シェゾによってすぐに解消された。シェゾは持っていた刀を壁にかけなおして、その口を開く。
「ここは元々武器屋だったのだよ。しかし、店主の亡くなられた奥さんが生前見ていた夢が、薬屋を開く事だったそうでね。店主は薬屋も兼業し始めたんだ。店の名前も、奥さんがずっと口にしていたものだそうだよ」
シェゾは、腰から下げている大きな刀を見つめると、それを愛おしそうに撫でる。
「この刀も、店主にわざわざ打ってもらった物でね。世界に一振りしかない、貴重なものなんだ」
「……そうなんだ」
ラウィは、何故だか少し申し訳ない気持ちを感じた。センスが無いとか考えてしまった店の名前も、店主に取っては奥さんとの思い出の一部だったのだ。
「そうだラウィ君。時間はあるかな? 一緒に来たハグミとレーナ君に、了解をとってきてくれないか」
「え、それは別にいいけど、何か用?」
「君に話す事がある」
「……!」
ラウィの目つきが変わる。そうだ、シェゾは五年前のあの時、シュマンの一員である男を追っている途中だと言っていた。
そのシュマンの男が姉のレウィをさらった張本人である以上、ラウィにとって頼み込んででも聞きたい情報である。
「……わかった。ちょっと聞いてみるよ」
ラウィは武器が置いてある一画を離れ、入口近くでやたら口の悪い店主の薬草についての話をうんうん頷いて聞いているレーナの肩を叩く。
「ん? ラウィ、どうしたんですか?」
「ちょっと出かけてくるよ。シェゾと話してくる」
「あ、シェゾさんもいたんですね。すごい偶然。っていうか、ラウィシェゾさんとも面識あったんですね?」
「五年前からね。じゃ、悪いけどよろしくね」
ラウィは、「五年前?」とか呟いていたレーナを無視して店の奥にいる赤毛の男に手招きすると、薬草の匂いが充満する空間から外へ出た。
冷たい空気が、やけに澄んで感じる。変な匂いのする部屋にいたからなおさらだ。
「さてラウィ君。少しくつろげる場所を探そうか」
シェゾはそれだけ言うと、未だ治まらない喧騒の中を歩き始めた。
ラウィも、彼についていく。俯いて考え事をしているラウィは、空が気持ちよく晴れている事にも気づけなかった。
前を行くシェゾの足元だけを見つめながら、ラウィは無言で歩み続ける。
拳は、無意識に強く握られていた。




