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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Digression 6. -Anecdotes of Leader-
96/124

クルードストリート再び




 ――



「……朝でも賑わってるんだね、ここは」


 ラウィは、肌寒い早朝にも関わらずわらわらと蠢めく人の波を見て呟く。


 クルードストリートは、相変わらずの活気であった。商人が人を呼び込む声。行き交う人々の喧騒。空では、シルフィードと呼ばれる種族の子供たちが仲良く追いかけっこをしていた。


 天気は快晴。冷たく澄んだ空気が、ラウィの気持ちを不思議と高揚させてきた。


「ここは、一日中活気付いてますよ。開いてる店の系統は時間によってちょっと違いますけどね」


 黄色い瞳の少女レーナが、そのクリーム色の髪をかきあげる。


 ちなみに、今回もラウィは女の子が運転するスカイランナーに乗せてもらっていた。


 いい加減上手くなりたいが、どうもラウィはスカイランナーを扱うのが苦手らしい。


 神術の訓練の他に、スカイランナーの練習もしないとな、とか漠然と思った。


「で、レーナは何の予定があるの?」


 ラウィは様々な店をキョロキョロ見渡しながら、並んで歩くレーナに尋ねる。


「ちょっと人と待ち合わせてるんです。まだ時間ありますし、どこか寄りましょうか。まずは、『お店』での常識を知っていきましょ?」


 レーナはその小さな手でラウィの手を取って来た。そのままラウィを一つの店に引っ張っていった。


「いらっしゃい」


 屋根しかない簡素な店。屋台と言った方が正確かもしれないほどの露店。そんな店に入るや否や、一人の女性が静かな声でそう告げてくる。その女性はレーナを見ると、頬を綻ばせた。


「あら、レーナちゃんじゃん。久しぶりね。元気してた?」


「お久しぶりです。それはもう元気でしたよ。ただ、最近はちょっと忙しくて……」


 レーナが後頭部に手を当てがってはにかむ。それを見たラウィは、思わず眉をひそめる。


(……元気だった? レーナは最近まで塞ぎ込んでたって、アレスから聞いたけど……)


 疑問に思ったラウィは、躊躇うことなくそれを口にする。


「レーナ? アレスがレーナは最近まで――」


 ――が。


 レーナは手のひらをラウィに向けそれを制止してくる。もう片方の人差し指を自身の唇に当て、片目を閉じてラウィを見つめてきた。


「ラウィ、そういうところですよ。世の中には、言わない方が良いこともあるんです」


「……わかったよ」


 イマイチ納得出来なかったが、とりあえず発言を止めた。そんな自分たちの謎の仕草に何かを感じ取ったのか、女性店主が間に入ってきた。


「なになに? 何かあったの?」


「何でもないですよっ。それより、新しい髪留めが欲しいんですけど、良いのありませんか?」


「おや? こないだ買ってったのがあるじゃないか。あれはどうしたんだい? まさか、もう壊れた?」


 女性店主が、顔をしかめて頭をかく。対してレーナは、軽く手を振ってそれを否定した。


「壊れないですよ。大事に使ってますもん。そうじゃなくて、最近入ってきた女の子が使ってる髪留めがだいぶ(いた)んでるので、新しいのを贈ろうかな、って」


「にゃるほどね。そういう事なら、ベンゾケ草ってので編まれたこいつが――」


 女性店主とレーナは、二人で何やら話し込み始めてしまう。まったく話について行けないラウィは、とりあえず店内を見回す事にした。


 何やらカラフルな模様が描かれた腕輪や、翠の宝石が繋がっている首飾り。他にもたくさんの、大小様々な物品の数々がずらぁっと並んでいる。


 装飾品ばかりだ。きっと、ここはそういうお店なのだろう。店主との会話を聞く限り、レーナはどうやら顔なじみらしい。


 ラウィがぼーっと品物を眺めていると、下から覗き込むように視界にレーナが入り込んできた。


「ラウィ? 退屈ですか? すいません」


「いや、そんな事はないよ。見た事ない物ばっかで楽しいし」


「なら良いですけど……何か買いたいものとかなかったですか?」


 そこまで言ってからレーナは、何かを思い出したかのように、はっと口を開ける。


「あ……そういえば、お金持ってないんでしたっけ……」


「ああ、うん……サッチから聞いたんだ?」


「ええ。たっぷりと。あんまり迷惑かけちゃダメですよ?」


「……ごめん」


 レーナは顎に手を当てがい、うーんと考え込むような仕草をする。すぐあと顔を上げ、ラウィに一つの提案をしてきた。


「じゃあ、何か一つ買ってあげますよ。まだ給料も出てない事ですしね。ウチに入った事のお祝いです」


「え、いや……」


「これなんかどうですか?」


 嬉々とした表情で、何かを手に取るレーナ。本当に楽しそうである。


 ラウィは言われるがままにレーナからソレを受け取る。金色の、動物の顔を模したブローチであった。


 そのブローチを見て、女性店主が快活な声で笑う。


「そりゃ炎獅子(フラムリオン)だよ。遠い地方の最強の猛獣さね。強さとプライドの象徴。男の子にゃ、ピッタリじゃないかい?」


「ですって。良いんじゃないですか?」


 レーナと女性店主。二人してニコニコと笑顔を飛ばしてくる。


 しかしラウィは、このブローチを購入するつもりは全くなかった。ブローチを元あった位置に置き直す。


「いや、僕はもうブローチは持ってるんだ。両親の形見で、姉ちゃんとお揃いのやつがさ」


 ゴソゴソと、懐からソレを取り出すラウィ。

 装飾品というにはあまりにも汚れていて、しかしだからこそ長い間持ち続けたとわかる、その大切なブローチを。


 レーナはそれを見て、疑問の声を口にした。


「え、そんな物持ってるのに、何で着けてないんですか?」


「僕って昔から物を失くしやすくてさ。絶対に落とさないように仕舞ってあるんだ」


「……にゃるほど。そういうことなら」


 女性店主はそれだけ言うと、何やら壁際の棚をガサガサ漁り始めた。そしてすぐに、何かを持って戻ってきた。


「貸しな。別に着けたいわけじゃないんだろ? でもせめて、懐に仕舞っておくだけってのはやめときな。首から提げられるよう、私が作り直してやる」


 そう言う女性店主の手には、丈夫そうな紐と、針のような物が持たれている。ラウィがブローチを渡すと、ものの数十秒で彼女は作業を終わらせた。


 簡単な作りではあった。ブローチの隙間に紐を通し、大きな輪っかを作って結んだだけ。しかしそれが、ラウィの目的には最も適した形なのである。


「ほい。これで良いだろ。大事なもんなら、首から提げときな。そっちのが絶対に失くさない」


「……ありがとう」


 ラウィは、受け取ったブローチの紐を首に回し、それをぶら下げた。少しだけ笑みをこぼすラウィの耳に、一つの声が届く。


「八百ベルノな」


 ニヤッ、と。女性店主が悪い笑みを浮かべて手を差し出してくる。どうやら、お金を請求しているのであろう事だけは辛うじて理解した。


「レーナ、悪いけどお願いできる?」


 ラウィはお金を持っていないので、何一つ思考せずにレーナに全てを丸投げする。その行動が予想外だったのか、女性店主は慌ててラウィとレーナの間に割って入ってくる。


「嘘だよ嘘! 冗談の通じない子だな。こんなんで金取るわけないだろ、まったく。八百ベルノは、レーナちゃんが買った髪留め代だよ」


「……ラウィはちょっと変わった子なんです。長い目で見てあげてください」


「しゃーないな。レーナちゃんの頼みなら」


 レーナはローブの下から小さな布袋を取り出した。ジャラジャラと、中から硬いものが擦れ合う音が聞こえてくる。おそらく、お金が入っているのだろう。


 袋から一枚の金色の硬貨を取り出すと、レーナはそれをラウィに手渡してきた。


「それが千ベルノ金貨です。簡単な数字の計算はできますよね? 今回の場合は、二百ベルノのお釣り。百ベルノ銀貨が二枚返ってくるわけです」


「へぇ。お金にも色んな種類があるんだね?」


「そうですね。白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の五種類が有ります。鉄貨が一ベルノで、十倍ごとに種類が変わります。白金貨は、一万ベルノですね」


 レーナは、ひょいっとラウィから千ベルノ金貨を取り上げると、そのまま女性店主に手渡した。代わりに、銀色の硬貨を二枚受け取り袋へと入れる。


「じゃあ、そろそろ時間なので行きましょうか。ありがとうございました」


 ペコ、と女性店主に頭をさげるレーナ。対して女性店主は、満面の笑みで手を振ってきた。


「ああ、またね、レーナちゃん。兄さんも、ウチをご贔屓に」


 ラウィも軽く会釈すると、レーナの後を着いて店を出た。日差しが照りつけ、ガヤガヤとした人混みへと再びその身を投げ込む。


 ともすれば押しつぶされそうな圧力に身を押されながらも、レーナを見失わないように追いかけるラウィ。暫く歩くと、ようやく肉の壁が和らいできた。


「ふぅ……すごいね。こないだ来た時とは大違いだ。あの時も活気はあったけど、こんな歩きにくくなかったよ」


「まあ、こういう日もありますよ。天気が良いと、特にですね。さて、この辺りのはずなんですけど……」


 レーナは周辺を見回す。待ち合わせをしているという人を探しているのだろう。


「ところでさ、レーナ。人と会うって言ってたけど、僕もいて良いの?」


 ラウィの質問に、レーナは口元を緩ませる。目を細めて、風に揺れる綺麗な髪を耳にかけた。


「もちろんですよ。ついでに紹介します。みんなのお姉さんみたいな人ですからね」


「ふーん。どんな人だろう?」


「すぐに会えますよ。あ、いた!」


 レーナは子供のように無邪気な笑みを浮かべる。ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ね、腕を大きく振ってその人の名を叫ぶ。


ハグミ(・・・)さーん!!」


「……えっ?」


 ラウィはその名前に聞き覚えがあった。

 レーナが声をかけた方向に視線を向ける。


 ラウィの考えは正しかった。この間サッチとクルードストリートへ向かう際、一緒に来てくれた、あの銀髪の若い女性であった。


 その紫の瞳の女性ハグミはレーナの声に気付いたのか、地面につきそうなほど長い髪をなびかせながら歩いてくる。それすら、優雅であった。


「……あら? あなた、この間の」


 ハグミが、ラウィを見るや否やそう呟く。その発言に、レーナがラウィに眉をひそめて尋ねてきた。


「え? ラウィ、ハグミさんに会ったことあるんですか?」


「あ、うん。前にちょっとね」


 ラウィはハグミにほんの少しだけ頭を下げる。ハグミはそんなラウィを見て、その紫の瞳を細めた。


「そういえば、しっかりと自己紹介してなかったわね?」


 ハグミは顔を少し傾け、ゆっくりと唇から音を発してきた。



「アルカンシエル四番隊隊長、ハグミ=リリーです。よろしくね、新人さん?」



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