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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Digression 5. -Anecdote of Lena-
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世話焼きの黄色い少女




 ――


「んっ……」


 窓から差し込む強い光に、レーナは目を覚ました。


 その眩しさに、無意識のうちに手で顔に影を作る。そのすぐ後、ベッドから上半身だけを起こすと、固まった体を腕を伸ばしてほぐした。


「んんーっ! っはぁ……」


 思わず息を吐く。そのまま温もりが残る柔らかい布団を名残惜しそうに捲ると、ベッドから降りて立ち上がる。


 ふわぁ……と一つ欠伸を零しながら、レーナは自室を出る。廊下を歩くと、沢山の蛇口がずらっと並ぶ洗面所に向かった。


 談話室の奥にある、女性専用の共用スペース。そこには、身だしなみに気を使う女性の為の設備が整っていた。


 何人も同時に使える、壁に取り付けられた横に長い鏡。その下に付けられた複数の蛇口。草花から抽出した香水も置いてある。


 その他にも色々、男性では使わないような品物の数々が備え付けられていた。蛇口すらない男性用スペースとは大違いである。


 レーナは、蛇口に手を触れる。ポォッと、淡い蒼の光を発したと思うと、冷たい水が勢いよく流れ出してきた。


 蒼のイールドを、複数人で使えるよう設計した特殊な水道である。


 レーナは水を手で掬い、そのまま顔にぶっかける。三回ほどそれを繰り返すと、これまた常備してある白いタオルで水気を優しくふき取った。


「……」


 顔にタオルを当てたまま、黄色い瞳で多すぎる蛇口をじっと見やる。


 ちょっと前までは、いつも誰かしらここで鏡を見て髪を整えたりしていた。それが、今ではもう使う者などほとんどいない。その似合わない静寂が、レーナの気分を少しだけ沈めてきた。


 その思いを首を振って払う。そのまま歯磨きも終わらせ、流れ出る水を蛇口に触れることで止める。


 自室に戻ると、クリーム色のふわふわした寝間着を脱ぎ、軽く畳んでベッドの上に置く。


 真紅のプリーツスカートを履き、落ち着いた鼠色のジャケットに袖を通すと、その上からアルカンシエルの団服である深い青色のローブとマントを羽織る。


 レーナは基本的にアルカンシエル内ではどこに行くのにもふわふわの寝間着である。書庫も。食堂も。


 だってここは我が家と同じだから。生まれた時から住む、自分が一番落ち着く場所だから。


 しかし今日は出かける用事がある。だからレーナはわざわざ外行きの服に着替えたのだ。


 談話室へと繋がる扉を開ける。そこも例に漏れず静かであった。レーナは、未だにこの静寂に慣れていない。


 今日は、誰もソファで寝ていなかった。先日、髪も乾かさぬままソファで眠りについていたサッチとラウィを叱ったため、流石に昨日は自室で寝たようだ。


 レーナは七番隊の部屋を出る。一応鍵をかけ、その足で書庫へ向かった。


 出かけるには、まだ時間がある。それまで、本でも読んで時間を潰そうと考えたのだ。


 同じ七階にある書庫。部屋を出てすぐにたどり着いたそこには、どうやら先客がいるようである。鍵が開けられており、暖炉には火が灯っていた。


(こんな早朝に、誰だろう……?)


 七百の隊を有するアルカンシエル。幾つかの支部に分かれているため、その全員がこの本部で寝泊まりしているわけではないが、それでも数百数千の種族たちが過ごしている。


 その中でも、本を読みにくる人などごく少数だ。まして、こんな朝早くから行動する者に、レーナは心当たりが一人しか思い浮かばなかった。


 レーナは、紙臭い空間でその人物を見つける。暖炉のそばで本をめくっているその蒼い髪の少年に声をかけた。


「ラウィ、おはようございます」


「あ、レーナ。おはよう」


 ラウィ=ディースである。

 自分が長を務める七番隊。そこに先日配属された蒼い瞳の少年だ。


 どうやら書籍を読むのが楽しくて仕方ないようで、少しでも時間が空けば書庫に顔を出しているようだった。


「朝早くから流石ですね。何読んでるんですか?」


「これ? これはあれだよ、昔の本。歴史というか、史実をただ記しただけの物だけどね」


 ラウィは読んでいたページに指を挟んで書を閉じる。そして、表紙をレーナに見せてきた。



『―闇に葬られた世界の真実― 著・世界の行く末を見届ける者』



「……随分胡散臭い本を読んでますね」


 率直な感想だった。ラウィも苦笑いを零して、指を挟んだページを開き直す。


「タイトルは確かに怪しいね。でも内容はしっかりしてるよ。四百年以上前に『エルフ』って種族が滅びた理由とか、『暗黒の終末(ノワールビッグバン)』についてとか」


「エルフはともかく、暗黒の終末(ノワールビッグバン)なんてお伽話じゃないですか……」


 レーナは、ラウィの隣の席に腰掛ける。そして彼の顔を覗き込んだ。


「ラウィ。良いですか? もうちょっと読む本を選んだ方が良いです。そんな誰が書いたのかわからない物じゃなくて。でないと、せっかくの努力が無駄になっちゃいますよ?」


「うーん……でも、有名な著者とかわからないからなぁ」


 ラウィは頬をぽりぽりと掻く。そして、何かを思い出したかのように口を開いた。


「あ、そうだ。レーナ、なんかお薦めの本とかないかな?」


「お薦め、ですか。どんなのが良いですか?」


「え、何だろ……えっと、一般常識について?」


 自分で言っておきながら首を傾げる蒼い少年。そんな彼の仕草に、思わずレーナの口元が緩んだ。


「ふふふ、何ですかそれ?」


「いや、アレスにお前はもっと常識を学べって怒られちゃったからさ」


 頬杖をついて、前方の暖炉を見つめるラウィ。口を尖らせ、若干いじけているようにも見えた。


(そういえば、サッチも愚痴ってたなぁ。ラウィは常識に欠けすぎだーっ、とか何とか)


 レーナは微笑む。

 常識を学ぶための本。そんな物あるわけがないだろう。そういう所が、常識に欠けていると言うのだ。


 ――実は『一般常識を知るための本をレーナに見繕ってもらえ』とラウィに説いたのは本嫌いのアレスだったりするのだが、レーナはそんな事知る由もなかった。


「そういうことなら、生きた教本があるじゃないですか」


「?」


「クルードストリートですよ。そうだ、一緒に行きますか?」


 レーナの提案に、その蒼い髪を暖炉によって紅く照らされるラウィが振り向いてきた。


「え、レーナはいいの? めんどくさくない?」


「ええ。私も、今日向こうで予定があるんですよ。ついでに色々と教えてあげられますし、良かったらどうですか? スカイランナーの利用券も、まだ持ってないですよね? 私が出してあげますよ」


「じゃあ、お願いするよ。ありがとう」


「はいっ」



 そして二人は書庫を出ると、地下にあるクルードストリートへと繋がる地下通路へと足を運んだ。



 ――スカイランナーに乗れないラウィにレーナは少し笑ってしまったが、それはまた別のお話。

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