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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Digression 4. -Anecdote of Lawy-
93/124

再会に驚く蒼い少年

 



 ――



 ラウィは、月明かりが照らすアルカンシエルの中庭で未だに神術の修行をしていた。


 水を操りながら、それでいて身体中に神術膜を張りつつ行う基礎動作の反復だ。


 グールとの戦いではたまたま傷を負う事は無かったが、アレはリシアの力が大きい。というか、ほとんどリシアのおかげである。


 実際、一人で戦っていたら焦って力配分を間違えていたかもしれない。そうなれば、もう戦闘どころではない。ただの跳ね回る的と化していただろう。


 力が要る。わがままを押し通すなら、馬鹿みたいに傲慢な望みを振りかざすつもりなら、相応の実力を兼ね備えていなければならない。


 休んでる暇などない。徹底的に体を虐め抜き、少しでも早く強くならなければ。


 もう、リシアのような人を出さないために。そして何より、自分の願いを叶えるために。


 ラウィはアレスと(おこな)っていた基礎的な修行を、ぶっ通しで続けていた。


 そんなラウィの全身からは、尋常ではない量の汗が噴き出している。心無しか、吐き気も催してきたが、そんな事自分には関係ない。


 どうでもいい。大体、人間寝なくたって二日三日くらいなら行動できる。そうやって三日三晩歩き続けた事だってあった。


 だから問題ない。眠って時間を浪費するくらいなら、少しでも長く修行を――



 プツン、と。



 ラウィの頭で、何かが切れたような音がした。


 どしゃ、と草が生い茂った地面に崩れ落ちるラウィ。周囲に滞空させていた水塊も、その形を失って霧散していった。


(あ……れ……なんだ、これ……)


 夜風にさらされて冷え切った芝生の感触を全身で感じる。



 指先一つ動かせなかった。かいていた汗がやけに冷たい。瞼は、鉛のように重かった。



 段々と呼吸が深くなっていく。



 静かに、ゆっくりと。



 やがてラウィの肺は、空気を吐き出した後、吸い込む事をやめてしまった。



 視界が鈍っていく。



 突然の事態に混乱する事すらなく、ラウィの思考は停止していく。



 その蒼い瞳から、光が失せていく。




 そして――




「この大莫迦者ッ!!!」


 ドンッ! とラウィの背中に莫大な衝撃が叩き込まれた。


「……がっ、げほっ! おえぇっ!」


 それは、殴られたりとか踏まれたりとか、そういう物理的な衝撃ではなかった。触れられてはいないが、酷く重い何かがラウィの体を風船のように無理やり押し広げてきた。そんな感覚だった。


「はぁ……はぁ……」


 一頻りえずいたあと、荒い呼吸を必死で押さえつけるラウィ。そんな自分のすぐ目の前では、二つの人影がこちらを見下ろしてきていた。


「まったく! たまたまネリアが見つけなければどうなっていたか、なのじゃ! 自分の体調もわからないような奴は、今すぐ神術など捨ててしまうと良いなのじゃ!!」


 そのうちの一人、小柄な少女が両手を腰に当てがって少し珍妙な言葉を吐き捨ててきた。


 その少女は、暗闇でもわかるほどの美しい金髪を、頭をすっぽりと覆っている蒼いローブの下から伸ばしていた。その長さは地面に届くほど長く、それでいて癖がなく、知覚できないほど弱い夜風にすら押し負けてなびいている。


 羽織っているアルカンシエルの青いローブの下からは、黒を基調としたフリフリの可愛らしい服が覗いていた。


 そして特筆すべきはその瞳である。その少女は、左右で瞳の色が違うのだ。


 右目が藍色で、左が紅。神術師の証であるその色つきの瞳は、陽が落ちた空間でも淡く光ってその存在を主張していた。


「大体の神力量くらい把握しておけなのじゃ! それじゃ只の死にたがりなのじゃ!」


「それくらいにしておくんだ、ネリア。この子だろう? レーナ君の所に配属された新入りというのは」


 プリプリと顔をしかめて言葉をまくしたてる十歳くらいの少女を、傍に立っていた男性がなだめる。


 その二人は、親娘と言うには歳が近く、兄妹と言うには離れている。そんな印象を受けた。


 その男性は、地面に転がったままのラウィに手を伸ばしてきた。


「少年、立てるかい?」


 紅い瞳。紅い髪。暗闇の中、地に伏せる自分に手を伸ばすその仕草。


 自分の事を、『少年』と呼ぶ男性。その、微かな既視感。


「あ」


 ラウィの呼吸が一瞬止まる。目を見開き、その赤毛の男性を見上げた。


「覚えているかな? お久しぶりだ、少年」


 ニッ、と。柔和な笑みが向けられる。


 この男は、五年前。崩壊する家からラウィを助けてくれた人物であった。


 自分の命を救い、アルカンシエルへの道筋を示してくれた、ラウィの大恩人である。


 紅い髪と瞳。鍛えていたはずの自分ですら比べ物にならないほど異様に隆起した筋肉。その腰には、身の丈ほどもある刀が提げられていた。


「あ、えと……あー……」


 ラウィは上手く言葉が出てこなかった。向けられた手を掴む事も出来ず、ただただ意味の無い音を発するだけだった。


「あーもう! 焦れったいなのじゃ!」


 フードを被った小柄な少女が、急に叫び声をあげたかと思うとラウィの腕を力任せに引っ張りあげてくる。


 およそ少女の物とは思えないほどの力強さに、ラウィの体は簡単に持ち上がる。そのまま二本の足で地面を掴んだ。


 何が何やら、とラウィは混乱する。


 意味不明な出来事の連続だが、とりあえずと、ラウィは赤毛の男性に一言だけ簡潔に言葉を吐いた。


「えっと……ありがとう」


 あの時言えなかった言葉。


 助けてくれてありがとう。

 道を示してくれてありがとう。


 色んな感情が混ざった、その言葉。それが背負う意味を、少しでも彼に伝える事ができただろうか。


「シェゾとの間に何があったか知らんけど、ネリアだってオマエを助けたんだが! 今! ネリアには何も無いのかなのじゃ!?」


 ずいっと顔を覗き込んでくる小柄な少女。ラウィは少し戸惑いながらも、彼女にも軽く頭を下げて礼を言った。それに、フードの少女は機嫌を良くして胸を張る。


「それで良いなのじゃ! 新人なら、自己紹介をしてやるのじゃ。ネリアの名前は、ネリアなのじゃ!」


「いや、わかってるよ。改めて言わなくても」


「何故なのじゃ!?」


 ネリアと名乗った少女は、驚愕を顔に表す。何なんだ一体。なんというか、ポンコツ具合が凄い臭ってくる。


 そんなポンコツ少女ネリアの頭に、赤毛の男がポン、と手のひらを乗せる。ははは、と乾いた笑いとともに、彼はラウィに再び手を伸ばしてきた。


「私の名は、シェゾだ。少年、でかくなったな。蒼の神術に目覚めたようで何よりだ。おめでとうと言わせてくれ」


「おかげさまで。僕はラウィだよ。やっとこないだ、ここに辿り着いたんだ。改めて、よろしく」


 シェゾの手を握り返すラウィ。そして、ネリアも無理やりラウィの手を掴んできた。


「ネリアとも握手するのじゃ!」


 小さな手で、ラウィの手を握ってぶんぶん振ってくるネリア。ラウィは、雰囲気がサナに似ていると漠然と思った。子どもっぽいところとか特に。


「ところで少年。いや、ラウィ君と呼ぼうか。ラウィ君、君は、何故あそこまで自分を追い込んでいたんだい? 神力が切れれば、死を迎える可能性もあるというのに」


「え、そうなの?」


 ラウィは思わずシェゾに聞き返す。そういえば自分は、『神力』というモノを恐ろしく大雑把にしか把握していない。


 神術を行使するために使われているということは知っていたが、言われてみればそれだけだ。


 それが何なのか。どこから湧いてきているのか。そもそもどういうものなのか。何一つ知らなかった。


 赤毛の男シェゾは、眉をひそめて顎に手を当てがった。


「なるほど、知らないのか。無理も無いな。そんな事を詳しく訊く機会もなかっただろう」


「なあ、シェゾ。こいつは一体何なのじゃ? オマエとはどんな関係なのじゃ?」


 ネリアが、着いていけないと言った様子でシェゾに問いかける。シェゾは、顎に添えていた手を今度は後頭部に回すと、頭をぽりぽりと掻いた。


「あれだよ。昔言ったことがあるだろう。シュマンを追っている最中、置いてきてしまった男の子がいたと」


「ああ、コイツがその男の子なのじゃ?」


 ネリアが、その色の違う瞳でラウィをジロジロと見てくる。


「哀れなのじゃ。孤児は連れ帰る(・・・・・・・)事が決まってるというのに」


「……えっ?」


 ラウィの頭が、一瞬白く染まる。


 五年前のあの日シェゾは、『入隊希望者は直接本部に行かなければならない』という規則を話していたと、ラウィは記憶している。


 食い違い。矛盾。


 仮に五年前の言葉が偽物なら、ラウィはこの五年間、ほとんど無駄な時間を過ごしていたということになる。


 ラウィは思わずシェゾを睨む。それに対し赤毛の男シェゾは、なだめるように手のひらを軽く振ってきた。


「言い方が悪いぞ、ネリア。ラウィ君、確かに孤児を発見すれば、その子はウチで預かる事が定められている。君のような例があったからね」


「……どういうこと?」


「ラウィ君が最後の例だという事だよ。私が規則だからと君を突き放した事を後日総司令官に報告した。そして、ルールが作られたんだ。ラウィ君の様な子供が生まれてしまわないように」


「……」


 ラウィは、正直言って怒りをぶつけたかった。


 じゃあ自分は、タイミングが悪かったとしか言いようがないのか。


 五年間死に物狂いで生き延びたこの時間は、そんな些細な決め事の有無次第で必要なかったかもしれないモノなのか。


 ふざけるな。そう叫びたかった。


 しかし、ラウィはそれをしない。


 何故なら、ラウィがいたからこそ、他の孤児が救われたかもしれないからだ。


 五年間。その間に、きっと何人もの孤児がアルカンシエルに保護されているだろう。それはラウィの功績ではないが、きっとラウィのおかげではあるのだろう。


 自分は、間接的にだが、不幸になるかもしれなかった誰かを救っていた。その事実が、ラウィの怒りを消失させていったのだ。


「アレス君という例外もいるがね。彼は幼い頃に拾われたが、その時既に神術に覚醒していたんだ」


 そういえば、アレスも昔アルカンシエルに拾われたのだと言っていたと、ラウィは思い出す。


「もう、そこはどうでもいいよ。おかげで出会えた人もいたし」


 そう、シェゾが五年前、ラウィをアルカンシエルへ連れて行かなかったからこそ、カルキと出会う事ができた。


 サナとドーマを助ける事が出来た。サッチを救う事が出来た。それは紛れもなく、悪い事ではないはずだ。


 ラウィの言葉に、ネリアがニコニコと満面の笑みを浮かべる。


「それは良かったのじゃ。きっとシェゾもそう思ってるのじゃ!」


「ところで、ネリアとシェゾはどういう関係なのさ」


 ラウィが、疑問を二人にぶつける。さっきから、ネリアという少女の態度が少し気になっていたのだ。


 子供だからと言われてしまえばそれまでだが、ネリアは、シェゾと対等以上に話している気がした。


 明らかに年上の出で立ちをしている、シェゾの対して、だ。


 ネリアはキョトンとした顔をしたと思うと、何てことないと言った調子で答えてきた。


「どういうって、只の上司と部下なのじゃ。シェゾは、ネリアより下なのじゃ!」


「だから、言い方を考えるんだネリア。ラウィ君は新人なんだぞ?」


 シェゾがネリアを戒める。彼は半笑いでラウィに視線を合わせてきた。



「なに、簡単だよ。私は三番隊の隊長で、ネリアは二番隊隊長だ。それだけさ」

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