10-13 心から信頼する
――現在――
「……というわけで、討伐対象だった半巨人のユリウスは、母親のフィエロさんと共に、今一階のロビーにいます」
レーナは淡々と告げるが、ナダスは苦笑いをこぼしていた。
コーヒーの匂いが充満する総司令官室。ナダスの持つそれは、もう冷め切っているだろう。
ナダスの横には、相変わらずアレスが正座させられていた。きっとその足はしびれている。さっきから、もぞもぞとせわしなく動いている事がその証拠だ。
ナダスは、濡れた髪を束ねているレーナへ向けて、一つの質問を飛ばしてくる。
「い、いや、確かに種族の保全はウチの至上命題だが……そもそも、どうやって連れてきたんだ?」
「ユリウスが寝ている間に、サッチが背負ってくれました。一晩でユリウスの愛郷心が届かない場所まで連れて行けましたよ」
レーナの発言に、どやぁと言わんばかりの顔をするサッチが胸を張る。
この天才の少女は、自分の何倍の重さがあるかもわからないユリウスを軽々と運んだのだ。
亜種の神術師。その極めて稀有な力は、まだレーナには把握していない能力を秘めているのだろう。
「そ、そうか。ご苦労だったな。討伐任務改め通常任務達成だ。そのユリウスとフィエロっていう奴の部屋は、俺が手配しておく。今日はもう遅い。今夜一晩だけはロビーで寝てもらう事になるが」
「では、毛布や防寒具を持っていきます」
「そうだな、そうしてやってくれ。二人はそのあと、ゆっくり休め」
「はい。失礼します」
レーナとサッチはナダスに軽く頭を下げると、踵を返して赤いカーペットを引き返していく。
扉を開ける前に、最後にチラッとアレスを見る。紅い少年は、泣きそうな顔でこちらを見てきていた。
自分たちがこの場からいなくなれば、親バカナダスによる『おしおき』が始まるからだ。
レーナは満面の笑みで、アレスに手を振った。
「では、アレス。おやすみなさい」
「レェェェェナァァァァ!!!!」
何やら悲痛な叫び声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
予定外の出来事で、丸二日間風呂に入っていない。そんな自分に、冷え切った自分に冷水を浴びせたアレスの罪は重いのだ。
バタン、と扉を閉める。防音性能に優れる総司令官室の中からは、何も聞こえてこなかった。
「さ、サッチ。お風呂入りましょ?」
レーナは螺旋階段を下りながら、黒髪少女サッチにご機嫌な顔で話しかける。
「……なんか、良い性格になったな、レーナ」
「ふふふ。そうですか?」
「初めて会った時より、今の方がおもしれえよ。よっしゃ、大浴場行こうぜ」
「はいっ!」
レーナは、心の底から正の感情が溢れていた。
ここ数年、したことが無いような穢れのない笑み。きっと、腹の中を見せ合える友達が出来たからだろう。
笑い合い、慰め合い、意見をぶつけ合い、泣き合った。
本当の友達。サッチは役職上は部下だが、大切な友人にもなったのだ。
それが、レーナにはたまらなく嬉しかった。
黄色い瞳の少女と橙色の瞳の少女の二人は、冷え切った体を温めに大浴場へと向かった。
――眠ってしまったユリウスに大きな大きな毛布を被せたあと、金髪の女性フィエロも連れて。




