10-11 答えへと続く何か ★
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『女の勘』
散々声を荒げておいて、その理由がなんともふわっとしたモノから湧き出ている事を告げたサッチに、レーナは困惑混じりに声を漏らす。
「な、なんですかそれ……」
「でも間違ってねえだろ?」
確かに、サッチの言う事はレーナの胸中をしっかりと当てていた。
レーナは、実の兄のような、しかし今は部下である赤い髪の少年の顔を思い浮かべる。
「……アレスのおしゃべりにも、困ったものですね」
そのレーナの発言に、サッチはより一層苛立ちを募らせたようだ。目を細め、努めて低い声で咎めてくる。
「あいつは、お前の心配しかしてなかったよ。そういう言い方するんじゃねえ」
「……ごめんなさい。つい」
「随分と素直だな。一隊員でしかないアタシに謝るなんてよ」
「悪いのは私ですもん。そうです。私は、二ヶ月前、みんなを守れなかったことを、まだ引きずってます。前を向かなきゃいけないって、わかってるんですけどね。なかなか上手くいかないです」
レーナは、自嘲気味に嗤う。結局、ナダスの前で認めた通り、自分は乗り越える強さなど持っていないのだ。
だから、引きずる。背負っていく。
未来への糧へするでも無い。その死から、何かを得ようとする訳でも無い。
まるごと抱え込み、それでも前へ進んでいく。
そんな事を決意した。ナダスはそんな自分の事を優しいと言ってくれたが、そんな事は無い。ただ、弱いだけだ。
弱くて小さくて、すぐ自虐して逃げる自分。そして、そんな脆弱な自分なりに出したギリギリの答えでも、まともに果たす事ができない。
そんなバカらしい自分の悩みを、サッチには見抜かされ、気を使わせてしまった。
そして今、また同じ過ちを繰り返そうとしている。本当に、自分の無能さに呆れてしまう。
「それは、部外者だったアタシには何も言えねえ。でも別に、ユリウスは守れなかったわけじゃねえだろ。アタシだって、納得はしてないけどよ」
「それだけじゃないんです。ユリウスの生き方を見て、なんというか、自分ってやっぱり、ちっぽけな人間だなぁって、思ったんです」
「なんでだよ?」
サッチが、眉をひそめて問いかけてくる。
「私は、周りの評価を気にして、みんなに認めてもらいたくて、頑張ってきました。しかし彼は、誰にも認められなくても、蔑まれてでも、この村を守ってたんです。この差は何なんだろう……って」
レーナとユリウスの差。心の強さ。
まだ幼児とも言えるほどの年齢であろうユリウスでさえ、自分には出来ない事をやってのけている。
逆に、まだ言葉もロクに話せない子供が出来ることを、レーナは出来ないのだ。
改めて認識した。自分は、ヒトとして未熟すぎる。こんな自分が、誰かを守るなど、おこがましいにも程がある。
ふとレーナの両肩に触感が生じた。サッチがレーナの肩を真正面から掴んで来ていたのだ。レーナは、視線を地面から彼女へと移す。
黒髪の少女は、レーナの瞳を真っ直ぐ見据え、軽い調子で言葉を紡いできた。
「深く考えすぎなんだよ。あいつはきっと、そんなにごちゃごちゃ考えちゃいねえよ」
「……え?」
レーナは目を丸くする。予想外に簡単な答えを聞いて、ほんの一瞬思考が停止した。
「ラウィだって、一人でもアタシを守ってくれた。誰から何と言われるか考えることもなく、味方のいないアタシと一緒に戦ってくれた。敵を倒してからこの後どうしようとか言い出したんだぜ? バカだろ?」
サッチが、快活な笑みを浮かべる。それにつられ、レーナも無意識のうちに頬が緩んでしまう。
「……ふふっ。そうですね」
「ああ、バカなんだよ。ラウィも、ユリウスも。だから、守った。守ってくれた。その辺に、お前の求めるものがあるんじゃねえか?」
レーナの両肩から手を離すサッチ。そんな黒髪の少女の言動に、レーナは再確認した。
「……サッチ。あなたはやっぱり、優しい女性ですね」
「な、なんだよいきなり」
恥ずかしそうに眉を寄せ、口元を歪ませるサッチ。心なしか、少し頬も赤みを帯びている。
本当にこの少女は優しく、感情が豊かなんだな、とレーナは思った。
「いえ、言いたかっただけです。ありがとうございました」
レーナは、サッチに頭をさげる。丁寧に。今度は心の底から、嘘偽り無い感情を伝えるように。
サッチは頭をぽりぽりと掻き、視線を明後日の方角へ向けながら呟いた。
「いや、アタシも言って気づいたよ。そうだ、あいつらは、したい事をしてただけなんだ。だったら、アタシもそうさせてもらう」
「え?」
レーナはサッチの意図が分からなかった。
「あの二人を、アルカンシエルに連れて行く。誰かの助けはいらない? ふざけんな。そんな事、アタシには関係ねえ。そんなのに従う義理なんか、この世の何処にも存在しねえだろ」
サッチは気持ちの良い風が吹く野原を、巨大な円錐の家へ向けて歩き出す。
その顔は、晴れ晴れとしていた。何かが吹っ切れたのだろう。夕焼けに照らされ、その橙色の瞳が、より鮮やかさを際立たせていた。
「引っ張ってでも連れて行く。アタシも、やりたいようにやらせてもらうぜ」




