10-9 親の心子知らず
「レーナ、どうするつもりだよ?」
ジャンマド村から、再びフィエロ達が住む植物性の家へ向かう途中で、サッチが問いかけてきた。
村長の悪徳な手に嵌り、村を守るために暴れるユリウスを、村人が二度と見る事のないようにしなければならなくなった。
しかしユリウスは、巨人の血を受け継いだ半巨人であるため、身に宿す固有能力が人間とは違っている。
狂気じみた愛郷心。生まれた土地を守ろうとする強すぎる意志。
彼がそれを持つ以上、村で暴れるなというのは不可能なのだ。
「……」
レーナは答える事が出来ない。いや、正確には『しない』のだ。
やる事はわかっている。しかし、それを口にはしたくなかった。
余りにも身勝手で、不幸を押し付ける事になる解決策。レーナは、それを言いたくなかったのだ。
サッチがそんなレーナをチラッと見てきたが、そのまま無言で足を動かしていた。
やがて、二人はソコへ辿り着く。その巨大な家の中からは、野太くも邪気の無い声が響いていた。
入り口をくぐる。中では、半巨人ユリウスが本当に楽しそうな笑みでフィエロと戯れていた。
鮮やかな金髪の下から覗くフィエロの顔も当然笑顔であったが、ふと室内に入ってきたレーナ達を見て、表情を曇らす。
おそらく、自分たちが纏う暗い空気から、おおよその事態を把握したのだろう。
「……おかえりなさいませ。どう、でしょうか……?」
恐る恐る、半ば諦めているとも取れる声色で問いかけてくるフィエロ。
レーナは、彼女とまともに目を合わす事もできず、斜め下へ視線を落としながらゆっくりと返答した。
「……申し訳ありません」
「そう、ですか……」
フィエロは、未だにじゃれてくるユリウスを見上げる。彼女を見つめ返すユリウスは、うあぅ? とだけ声を漏らしていた。
「やはり私たちは、ここにいてはいけないのですね……」
「……」
フィエロの悲痛な言葉に、レーナ達は何も言えなかった。
そんな事はないと、言いたかった。好きなように生きて良いのだと、諭したかった。
しかし、レーナ達にそんな事を告げる資格は無い。二人は、これからそれと正反対の事を宣告するのだから。
「そんな顔しないでください。この子を産んだ時から、覚悟はしていた事です」
フィエロが、目を細めてレーナ達に語りかけてくる。その顔は、彼女の綺麗な金髪も相まって美しく、神々しいとさえと形容できるものだった。
強い女性である。
自らの過酷な運命を呪う事もなく、それを受け入れる心の広さ。笑ってみせる寛大さ。
自分には出来ない。そうレーナは思った。
いつまでも乗り越えられず、身近な人間の死をずるずると引きずる自分。
ちょっと中傷されただけで、いじけてムキになる自分。
フィエロもユリウスも、凄すぎる。何をどうしたら、そんな行動が出来るのだ。
「私たちは、二人でどこかひっそりと暮らしていきます。ユリウスが、本能に身を任せる事が無くなるほど、遠くで」
彼女にとって、ジャンマド村とは生まれ故郷である。いくら差別され、追放されようとも村のすぐ近くで暮らしていたフィエロ。
それは、彼女に未練が残っている事に他ならない。
村には彼女の家族や、友人だっているだろう。美しいフィエロにはもしかしたら、恋人だっていたのかもしれない。
ほんの小さな希望。もしかしたら絶対にあり得ないかもしれない光だが、それでも期待していたのだろう。
それを、全て断ち切る。
辛い選択を強いられ、それでも笑ってみせるフィエロにレーナは、せめてこれだけは、と一つの申し出をする。
「もし良ければ、アルカンシエルへ来ませんか? 私達は、沢山の種族が共に暮らしています。歓迎しますよ」
しかしフィエロは、レーナの提案をやわらかに断ってきた。
「いいえ、これは誰かに甘えてはならない事だと思うのです。この子の面倒は、私が見ます。二人で、これからしっかり生きていきます」
「……そう、ですか」
フィエロがそれを望む以上、レーナにそれ以上食いさがる理由は無かった。
「……ですが」
フィエロが、そこで一呼吸置く。眉をひそめ、喉に何か引っかかっているかのように言い淀むが、それでもはっきりと続きを口にする。
「もし私が死んだら、いえ、そう遠く無い未来、この子より私が先に死ぬでしょう。その時に、ユリウスが一人になった時に、この子を迎えに来てくださると、私は嬉しいです」
「……ッ!」
レーナの涙腺は、もはや決壊寸前であった。
強く、優しすぎるフィエロという女性。どこまでも息子を愛する、立派な母親。
初めは望んでいなくとも、種族は違えども、それはまさしく、正しい親子の在り方であった。
何一つ悪くなく、むしろ巨人の被害者であるはずの差別されたフィエロを助けようともしない彼女の家族なんか、比べようもなかった。
「……はいっ、任せてください。たとえ何年先だろうと、その時私がいなくとも、きっとユリウスを一人にはさせません。アルカンシエル、レーナ班隊長レーナ=クロノスがその任、しかと承りました……ッ!」
はっきりと、ありったけの声を張り上げて宣言する。それが、子を想う強き母への、せめてもの礼儀であった。
敬意を込めて。フィエロの瞳を、今度はしっかりと見据える。誓う。
「……なんで」
その横で、表情の見えない黒髪の少女が、ボソッと言葉を吐き出した。
「なんで、こいつらが我慢しなきゃならないんだよ……」
「……サッチ」
「悪い、ちょっと外に出てくる」
そう言うとサッチは、さっさと室内から出て行ってしまう。
その口は、ぎゅっと固く結ばれているように見えた。
「あ、あの。あの方は怒ってらっしゃるのですか?」
フィエロが、眉を垂らして心配そうに問いかけてくる。
本当に、どこまでも他人を想える女性であった。
そしてそれは、サッチも同様なのである。
「彼女も、とても優しい女性ですから」
レーナは、うっすらと微笑んだ。




