10-8 欺瞞
………
……
…
「はぁ!? 何もせずに帰ってきたのですか!?」
村長の第一声だった。
フィエロから事情を聞いたあと、レーナとサッチは村長宅へ戻ってきていた。
早すぎる帰還に成果を聞かれ、事の一部始終を報告したところ、村長が声を荒げてきたのだ。
「ええ。だから、判断を仰ぎに戻って来たんです。彼らは村を守っていただけでしたからね」
レーナが淡々と告げる。
それに対し、その頭髪の少ない老人は、信じられない事を口にした。
「守っていた? そんな事知っとります!!!」
「……え?」
思わず疑問の声が漏れる。
どういう事か、レーナにはわからなかった。
なら何故、『討伐依頼』を出してきたのだ?
理由もわからず暴れる巨人を恐れていたため、その解決を求めてアルカンシエルを頼ってきたのではないのか?
事実、村長は先ほど、『何を考えているかわかったもんじゃない』と言っていた。
矛盾しか無い。あれは、嘘だったのか。
「彼奴が暴れ始めてから、盗賊は来ないし、獣に作物を食われることも無くなりました。いくら我々でも、そんな事気づいとります!」
村人は、知っていた。ユリウスが暴れる理由を。自分たちを守っていた事を。
なのに。彼らは、そんなユリウスを討ってくれと依頼してきたのだ。
何故。どうして。
「なら、何故なんですか……?」
「だから言っておるでしょうが」
村長の口調が、若干乱暴に変化していく。元々、これが素なのだろう。
軽く溜息をつきながら、億劫だと言わんばかりに言葉を吐き捨ててくる。
「彼奴が暴れるうちは外に出られないと。子供たちが泣くんじゃよ。確かに、感謝はしております。あんた方が彼奴を殺さなくても済む方法を提示した時、純粋に喜びもした。だが、それだけじゃ」
「……」
「これからも、生活を縛られるいわれなど無い」
レーナは、唖然とする。
村長の、あまりにも身勝手な考えに。ユリウスの命を、出来れば助かったらいいねくらいにしか考えていないその思考に。
「嘘を吐いたのは、申し訳ない。そこは謝罪させていただく。だが、そうでも言わなければあんた方は動いてくれないと思っただけじゃ」
「……否定はしません」
「恩知らずな事くらい、わかっとります。だが、それでもやはり皆、彼奴を恐れているのですよ」
「……」
レーナは口をつぐんでしまう。
どうするか。このままでは、フィエロとユリウスは救われない。
任務を請け負ってしまった以上、それを達成するのは契約した団体への義務。そのアルカンシエルのルールを逆手に取られた。
いくらおかしいとわかっていても、それに全力を尽くさなければならない。
半巨人の追放。世界の大多数が人間という種族に占められている以上、その任務を反故にすることは、世界の反感を買う。
そうなれば、アルカンシエルは終わりだ。信用で成り立っている財源を失い、瞬く間に崩壊してしまうだろう。
レーナは歯噛みする。自分の軽率な判断で、取り返しのつかない事態に陥らせるわけにはいかない。
そして村長は、そんなレーナの意図を把握したかのように、追い打ちをかけてきた。
「あんた方がやらないなら、もういい。我々が彼奴を討ちに行くだけですじゃ。きっと勝てないじゃろうな。依頼を放棄され、死傷者が出てしまったと嘆くことになるのじゃろうな」
ニヤリ、と。レーナに向けて歪んだ笑みを向けてくる老人。
その目的はわかりきっていた。
「……サッチ。戻りましょう。彼らの元へ」
「任務を継続してくれるのですか? ありがたい。よろしくお願いしますじゃ」
村長が、立ち上がったレーナとサッチに向けて声をかけてくる。サッチは、あからさまに睨んでいたが、村長はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるだけだった。
外へ出る。
途端に、サッチが喚き始めた。
「なんだあいつ!! クズだな、クズ!!」
ダンダンと地団駄を踏むサッチとは対照的に、レーナは無言で考え事をしていた。
(きっと、討伐依頼を出したのもわざとだったんだ)
村長は、聡明であった。
彼は、きっとしっかり契約書を読み込んでいる。その上で、アルカンシエルの弱点を理解し、依頼してきたのだ。
情報弱者を演じながら。
レーナはそれに気づかなかった。この村長も、いつもと同じタイプの勘違いをしているのだと決めつけた。
つけこまれた。
(……悔しい)
本来、依頼における不利な情報を隠したり、損害を被らせた団体には罰則として、契約を一定期間行わない事が定められている。
しかしレーナは、余剰の依頼金を、来年分の契約金として差し替えると言ってしまった。
これも、契約書に書いてあること。経理をも担当しているレーナが任務にやってきたのは、向こうも嬉しい誤算だった事だろう。
全て、村長の手のひらの上だったのだ。
「……サッチ、とにかく、フィエロさん達のところへ向かいましょう。これからの事を相談しないと」
黄色い瞳の少女は、それだけ言うと歩を進める。
ちょっと境遇が特殊なだけの、、どこにでもいるただの親娘の元へ。
その足取りは、とても重かった。




