10-4 ともだち
「よくぞ参られた。まずは労わせてほしい」
レーナ達が村長の家に入るや否や、開口一番、村長と思しき老人から声がかかる。
レーナは軽く会釈をすると、サッチを連れて村長宅へお邪魔する。
「いえ。お気になさらないでください」
「若い者は元気ですのお。とにかく、かけてくだされ」
村長に促され、レーナとサッチは植物性の長椅子に腰を預ける。ギシッ……と繊維が擦れる音を鳴らし、長椅子は二人の体重をしっかりと支えてきた。
レーナの隣から、ふぅ……と息を吐く声が聞こえてきた。サッチである。疲れたのはわかるが、もう少し気を引き締めて欲しい。何リラックスしてるの。
イマイチ『任務』という物を理解していないだろうサッチを一瞥したあと、レーナは早速本題に入った。
「それで、今回の依頼なんですけれども……あの巨人ですか?」
「左様。正確に言えば、半巨人、ですな。巨人の父に、人間の母。そんな両親から生まれた、ハーフですじゃ」
村長は、淡々とレーナの質問に返答してくる。
やはり、今回の任務の討伐対象は、あの巨人だったようだ。
半巨人。母親が人間だということは、おそらく、あの金髪の女性がそうなのだろう。
「あれでハーフなのかよ……いやにでけえな」
サッチがふと呟く。
「そうです。でかいのですじゃ。我々は、怖くてたまらないのです。いつ襲われてもおかしくない。そうなれば自分たちごとき、ひとたまりもない、と」
村長の言葉に、レーナはおかしな点を見出した。
この依頼は、その半巨人の討伐である。討伐依頼とは文字どおり、対象を滅して欲しいと懇願する事だ。
村長の言い方だと、未だ半巨人に襲われた事が無いようなのである。なのに、討伐依頼を出してきた。この村長は、それがどういう物なのか、きっと理解していない。
しかし、勝手な判断で自己完結していては思わぬ失態を犯すこともある。念のため、レーナはその事を村長に尋ねた。
「今まで、そんな事があったのですか?」
「いや、無いですじゃ。しかし、奴は時々雄叫びをあげて暴れまわる事がある。何を考えているかわかったもんじゃないのです。奴が暴れているうちは姿を隠さざるを得なくなりますのじゃ」
「……」
レーナの予想は、正しかった。
やはり、この村長は勘違いをしている。
「村人の緊張はピークに達しております。このままでは、耐えかねて奴に手を出してしまう者も出てくるかもしれませぬ。どうかお二方、彼奴を狩ってはくれませぬか?」
村長が、その髪の毛の少ない頭をさげる。そんな彼に、レーナはゆっくりと、子供に勉強を教えるかのように丁寧に言葉を投げかけた。
「えっとですね、村長。アルカンシエルが『種族』の保全の為に活動していることはご存知ですか?」
「……え? そ、それはもちろん存じておりますとも」
「なので、巨人という種族。その血を引く存在を、それも、直接的な被害を出していない半巨人を屠るわけにはいかないんですよ」
「なっ!?」
村長が、あからさまに驚いた声を上げる。狼狽していた。おそらく、依頼を取り消されるとでも思ったのだろう。レーナはすぐにそれを否定する。
「いえ、安心してください。きっとこの村に平穏を取り戻してみせます。しかし、一つ訂正してほしい事があるんです」
「……何ですじゃ?」
「この依頼は、討伐依頼ではなく、通常依頼とさせていただきたいんです」
レーナの発言に、顎に手を当てがって考え込むような仕草をする村長。
「どう違うのですじゃ?」
「討伐だと、対象の命を奪わなければなりません。それに対して通常依頼では、ただ依頼主の望む事を完遂する為に動きます。要は、この村であの半巨人が暴れなければ良いわけですよね?」
「それは確かにそうかもしれませぬが……そんな事が可能なのですか?」
レーナは村長の心配に対し、ニコッと純真無垢な笑みを返す。
「それをするのが私たちですよっ。それに、その方が依頼金も減りますよ?」
「じゃあ、そうさせていただく。とにかく、お願いしますじゃ」
村長が改めて頭を下げてくる。彼の頭頂部は、室内を照らす黄色のイールドによって輝きを増していた。
レーナは、隣で肩を震わせるサッチを肘で小突く。ソレを笑うのは、絶対に良くない。
「了解です。通常依頼、請け負いました。余剰の依頼金は、来年いっぱいの契約金として差し替えておきますね」
「そ、そんなに金額が変わるのですか?」
ばっ、と顔を上げた村長が、目を丸くして尋ねてくる。
「そうですね。こちらとしても、討伐任務を行える人材は限られてますから。あと、毎年発行される、アルカンシエルとの契約書。一度しっかり目を通しておいていただけると助かります」
「了解ですじゃ、申し訳ない。では、武運を祈っております。よろしくお願いしますじゃ」
「ありがとうございます。全力を尽くします。では、失礼しますね。サッチ、行きましょうか」
レーナは、サッチと共に長椅子から立ち上がると、彼女を引き連れて村長の家を出る。
するとすぐに、サッチが声をかけてきた。
「良いのかよ、こんな勝手なことしちまって」
「良いんですよ。村長は契約書類を詳しく見てなかったみたいですから。だって、討伐依頼の対象になるのは、猛獣か、指定された特定の種族、凶悪な犯罪者。この三点だけなんですもん。だから、むしろあれで正解です。大丈夫ですよ」
「いや、そっちじゃなくてよ」
「……?」
レーナは、サッチの意図が掴めなかった。他に自分が勝手に下した判断なんて無いはずだが……。
「差し引いて余った依頼金を来年の契約金に回すとか、あれだよ。何かと面倒な手続きなり計算なりしなきゃならねえだろ? アタシも、地主の娘をしてたからわかる。あれは死ぬほどめんどくさい。お前の判断で、誰かの仕事を増やしたんじゃねえのか?」
ますますサッチが何を言っているのかわからない。別に誰も困らないではないか。だって自分は――
(あっ、そっか。サッチは知らないんだ)
そうである。サッチは新人なのだ。それも、アルカンシエルに来てまだ数日。どの部隊や役職にどんな人が就いているか、まだ把握しているわけがなかった。
「えっと、私はここの隊長の他に、経理の方でも仕事させてもらってるんですよ。だから、心配しないでください。増えた分は、私がやっちゃいます」
「……まじかお前」
「計算は少しだけ得意なんです。アレスもああ見えて数字には強いんですよ?」
「え、アレスも? 信じられねぇ……」
そう言って苦笑するサッチを見て、レーナも思わず微笑んでしまう。何だか、サッチと話すのは気が楽でいい。
思えば、同年代の同性の友達なんて、一人もいなかった。昔から隊で一番歳が近かったのもアレスだし、他は皆お兄さんお姉さんだったから。
レーナは少し気分が乗り、サッチに質問を投げかけた。
「サッチはなにか得意な学問とかありますか?」
友人とするにしては、何とも微妙な内容の会話。しかしレーナは依然として口元を緩ませており、サッチもちょっと戸惑いながらもしっかりと返してくれる。
「が、学問っ!? え、えっと、り、料理とか……?」
――それが、とても嬉しかった。
「え? あははっ! 何ですかそれっ!」
――こんな友達が、ずっと欲しかった。
「うるせえな! ウチの村に勉強とかやれるとこ無かったんだよ!」
――遠慮とか無しに、気兼ねなく話せる友達が。
「ふふふっ。あはは……お腹、痛いですっ」
――今度こそ、絶対に失ってなるものか。
「笑うなよ! 誰だって苦手なことの一つや二つあんだよこのやろうが!」
サッチが、レーナの肩を掴んで揺らしてくる。ぐわんぐわんとブレる視界の中で、レーナは思った。
(……隊長、頑張るね。ありがとう、サッチ)




