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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 10. 悪意と善意はどちらが多い?
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10-3 違和感



 レーナは神術を発動する。


 七百を超える部隊を有するアルカンシエルの、上位に君臨するレーナ班。そこの隊長に、十四歳という若さで抜擢されたレーナ。


 その黄色い瞳に宿る圧倒的なまでの力を、新たに隊員となった少女の危機を救うために、振るう。



 ――前に。



「アタシに触んじゃねぇええッッッ!!!」


 巨人に仰向けに張り倒されて怒れるサッチが、手を伸ばしてきた巨人の顔面を、その細足で踏む様に思いっきり蹴り飛ばした。


「……えっ?」


 レーナは、思わず目をパチクリさせる。その瞳から溢れる黄色い光が霧散していく。


 蹴りの反動で、バク転するようにクルリと立ち上がり、そのまま距離をとる黒髪少女サッチ。


 唖然とした。やはり、その身のこなしは素人のそれではない。反発力が劇的に高まる神術膜を、そのピーキーな特性を、しっかりと使いこなしていた。


「ううぁっ!? うい、うううううういいいっっっ!!!!!」


 サッチに蹴り込まれた顔面を両手で覆いながら、うめき声をあげる巨人。


 その低い声に、口元の歪みに、レーナは思わず眉をひそめる。


(え、まさか……泣いて、いるの……?)


 そう。

 その巨大な存在のうめき声は、泣き声だったのだ。非常に野太い音での嗚咽。しかしその挙動や息の吐き方は間違いなく、巨人が泣きじゃくっていることを示していた。


 まるで、幼い子供が、転んでしまった時のように。


 レーナとサッチは、素性や目的が一切不明な目の前の巨人を警戒し、相対するが。


「ま、待ってください!!」


 何処からか、制止を呼びかける声がレーナの耳に届く。その巨人の後ろから一人の女性がトタトタと、運動が苦手そうな走りでやってきたのだ。


 断定は出来ないが、彼女の種族はおそらく人間だ。


 その女性は、金色の美しい髪を腰まで伸ばし、切れ長ながらも温厚さを滲み出している茶色い瞳を持っていた。


 年齢は二十台後半くらいだろう。白を基調としたワンピースのような服を身に纏い、一方その足は何も履いていなかった。裸足である。


 その大人っぽい綺麗な女性は、息を切らし、寒い季節にも関わらず額から汗を滲ませながら、大声でレーナ達に言葉を投げてきた。


 ――巨人を守るように、彼の前で手を広げながら。


「この子は何も悪くないのです! 貴方がたが帰ってくだされば、私たちは何もいたしません! お願いいたしします!」


 それだけ言い終えると、金髪の女性は頭を下げてくる。その後ろでは、女性よりも数倍大きな巨人が、鼻水をすすりながら、バツが悪そうにうな垂れていた。


(……? これは、どういう状況なの……? 人に守られるという事は、この巨人は討伐対象じゃないの……?)


 レーナの脳内は、疑問でいっぱいになっていた。


 悪くもないも何も、いきなり襲ってきたのは向こうである。


 そして、サッチの反撃に突然泣き出した巨人。それを庇う、金髪の女性。


 分からないことだらけだが、一つだけ言えることがあった。


「申し訳ありませんが、帰るわけにはいかないんですよ。私たちは、アルカンシエルの者です。ジャンマド村に呼び出されて、この場にいるんです」


 レーナは、頭を下げたままの女性に、そう告げた。


 自分たちがここへ来たのは、任務のためだ。まだ村長にも会っていないのに、帰れと言われて帰れるわけがない。


 確かに、巨人が討伐対象だと確定しないまま戦闘体制に入ってしまった事に関しては、こちらにも非はある。


 しかし、それとこれとは話が別である。依頼を請け負った以上、任務を達成するために尽力するのは、契約した村への義務なのだから。


 巨人の前に立ちふさがる金髪の女性は、レーナの発言に一瞬驚くも、何かを悟ったような表情へとすぐに変化する。


「……そうなの、ですね……ユリウス、戻りましょう」


 静かな声で巨人にそう声をかけると、岩のようにゴツいその手を取って、金髪の女性はレーナ達に背を向けて去って行った。


 その大きな姿と小さな姿を見つめながら、サッチが呟いた。


「……何だったんだ?」


「わかんないです……」


「あのねーちゃん、全然デカブツにビビってなかったな。仲間なんじゃねえか?」


「それもわかんないですけど……」


 レーナは少しだけ言い淀むが、純粋に思ったことを口にした。



「なんだかあの人、哀しそうな顔をしてませんでしたか……?」



 レーナが、『自分たちは任務でここへ来た』と言った直後。金髪の女性は目を伏せ、言いようのない悲痛な顔をしていた。


 レーナは、その表情を見たことがあった。


 母親の葬式で、その亡骸が地に埋められていくのを眺めていた、ナダスと同じ顔。


 何かを諦めたかのような、それでいて何もすることができない、無力感に苛まれた形相だ。


 何かがある。何かを、あの女性は抱え込んでいる。


 一体何を――


「うおおおおおおおおおッッッッ!!!! スゲェェェェェェェッッッッ!!!!」


「ひぁっ!?」


 ビクッ!! と、突然の大歓声に肩を震わせる。声の主を確かめようと、辺りをキョロキョロと見回した。


(な、なに……?)


 バクバクと心臓が暴れているのがわかった。思わず出てしまった変な声に少し気恥ずかしさを感じながらも、とりあえずそれを必死で心の奥底へ押し込む。


 レーナとサッチの周辺には、茂みや建物の裏に隠れていた村人達がワラワラと湧いて出てきていた。


 歓喜の声をあげている。誰も彼もが、何やら上機嫌な様子でワイワイとはしゃぎまわっていた。


「スゲェ! スゲェよ嬢ちゃんたち!! あのバケモンに一撃加えやがった!!」


「あいつを退けた! 本物だ!」


「流石アルカンシエルね! これでやっと解放されるわ!!」


 村人達はそれぞれが好き勝手騒ぎまくっているが、レーナは一向に内容を理解できなかった。


 やはり、あの巨人は討伐対象だったのだろうか?


 なら、それを庇った金髪の女性は一体何者なのか?


 彼らは、何処へ向かったのか?


 分からないことが多すぎて、何も判断がつかない。とにかく、村人達が自分たちに好意的なのは都合が良い。このご時世、やたら警戒心の強い村も存在する中で、これならかなりの手間が省ける。


「あの、村長にはどちらに行けばお会いできますか?」


 レーナは、手近にいた一人の村人の女性に問いかける。その女は、一つの建物を指差しながら返答してきた。


「村長はあそこの家にいるわよ! 話を聞いてきてあげて!」


「ありがとうございます。サッチ、行きましょう」


 少し得意げな顔で照れているサッチを引っ張り、レーナは教えてもらった村長の家へと向かっていく。


 後ろでは、まだ村人達が狂ったように喜びの感情を喚き散らしている。


 レーナは、そんな彼らに疑問を抱いていた。


 恐怖の対象が去って行き、それに喜ぶのはわかる。だが、その脅威が暴れているのに、近くに隠れていた(・・・・・・・・)のは何故なのか?




(この任務……ただの討伐任務じゃない。何かがズレてる。一体何なの、この違和感は……)




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