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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 10. 悪意と善意はどちらが多い?
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10-2 早々の危機

 


 ――二日前――



「……ったくよぉ」


「サッチ、どうしたんです?」


 ふと不満気な声を漏らしたサッチに、レーナは声をかける。


「何でアタシばっか任務なんだよ! ラウィは!?」


 レーナとサッチは、スカイランナーで空を翔けていた。二人に依頼された任務。その目的地へと向かっているのだ。


 アレスと修行をしたという、サッチとラウィ。ラウィはまだまだ力不足であったが、サッチの場合は即戦力になるというのが、アレスの判断であった。


 そのため、基礎修行は早々に切り上げ、ラウィの面倒をアレスに任せ、レーナはサッチだけを連れて既に任務に出ており、これで三回目だ。そして彼女は、それに納得がいかないようだった。


「ラウィは戦闘面では不安が残るそうなので……とりあえずサッチだけでも経験を積ませたいというのが、お父さんの判断みたいですね」


「……まあ、組織にいる以上従うけどよ……ラウィもあれで強いんだぜ?」


「それ結構言ってますけど、絶対にサッチの方が強いですよ? アレスよりも速いらしいじゃないですか」


 レーナは、サッチの妄言染みた発言に言い返す。


 アレスだって強いのだ。八年前にアルカンシエルに拾われてから、彼はずっと腕を磨いてきた。


 そんなアレスよりも、サッチの動きは洗練されているのだという。もはや常識外れだ。サッチは、その凄さがわかっているのだろうか?


「まあ、昔から走り回ってはいたからな。でもよ、別にそれでアレスよりアタシの方が強いってわけじゃねえだろ? それと同じだ。動きが鈍かろうと、アタシよりもラウィの方が強い、はずだ」


「はず、ですか……」


「まあ、やり合った事はねえからな。いや、一回だけあったか。まああれは、アタシが一方的に殴り飛ばしただけだけどな」


「じゃあ、やっぱりサッチの方が強いんじゃ……?」


 レーナは、サッチが何を言っているのかイマイチ把握しきれていなかった。ところが、どうやらサッチも同じ気持ちのようで、頬をぽりぽりと掻きながら、苦笑いをこぼす。


「う、うーん……そう、なのかもな」


「え、どっちなんですか?」


「わかんねえよ。ただ、アタシじゃ勝てなかった野郎に、ラウィは勝った。それだけは事実だよ」


「そうなんですね……」


 レーナは純粋に驚いていた。

 レーナのラウィに対するイメージは、『子どもで、信じられない量の食べ物を貪る変な子』であった。


 とてもじゃないが、激しい戦いをするような人物には見えなかった。自己中で、かつ能天気な少年だと思っていた。


「ちょっと意外です。それでサッチは、ラウィのことを尊敬してるんですね」


「まあな。こんなアタシなんかを救ってくれたんだ。感謝の一つや二つじゃ足りねえよ」


「でも、総司令官の判断ならしょうがないです。何故か凄い嫌がってたみたいですけど、ラウィにも任務に出て欲しいなら、サッチも修行を手伝ってあげてくださいね?」


「……しょうがねえな」


 口を尖らせるサッチに、ニコッと微笑みを向けるレーナ。


 クリーム色の髪と、真っ黒な髪。レーナとサッチは、それぞれの長い髪を風に靡かせながら、宙を走り続ける。


 ここで、サッチが再び口を開く。その顔は、神妙な面持ちであった。


「ところで、この任務……討伐任務っていったか? 討伐って事は、何かを殺すのか……?」


「……そう、ですね。依頼書には、村で暴れまわる巨大な生き物だという事ですが……詳細は分かりません」


 レーナも、無意識に声のトーンを落としてしまう。


 凶暴な生物だろうと、命は命だ。他人の手で摘み取られるいわれはない。しかし、その生き物のせいで更に多くの命が脅かされるなら、それは駆逐しなければならない。


 アルカンシエルがそう判断する以上、レーナに任務がくだった以上、私情を挟まずにそれを達成せねばならない。


「あのエロオヤジもひでぇな。立場上、娘だからって甘やかすのはいけない事だってわかってるよ。でもよ、それにしたって、隊員を失った隊長(・・・・・・・・)に、討伐(そんな)任務与えるか普通?」


「あ、聞いたんですね……?」


「まあな。下手に気を使うのも苦手なんだ、悪いな。娘だと意識しないように、逆に厳しく当たってるのか?」


「……もしくは、私に試練を与えているのか、ですね。十中八九こちらでしょう」


 レーナの予想を聞いて、黒髪の少女サッチは、その橙色の瞳で空を仰いだ。


「はっ。厳しいエロオヤジだな? でも、良い親父だ」


「ふふっ。あ、そういえば、しっかりと叱っておきましたよ。私からも謝っておきます。ごめんなさい」


「あ? なにが?」


 サッチが、キョトンとした瞳でこちらを見つめてくる。レーナはその意図がわからず、思わず彼女に聞き返した。


「何って……何かされたんじゃないんですか? だからお父さんの事……」


「ああ、そういう事か。そうだな。そういうことにしとく。おもしろそうだし」


「……? あ、そろそろ着きそうですね。あの村です。降りますよ?」


 レーナは、遥か前方の大地に、目的の村を発見した。徐々に速度を落とし、同時に高度も下げていく。


 ヒュオオオオッと、空色のイールドで操る風を進行方向と逆向きに噴出させ、ゆっくりと地面に降り立った。


 レーナは村を一瞥する。一見何の変哲もない村である。依頼書に書かれていた、巨大な生物とやらも見受けられない。


 ふぅ、と。少しだけ息を吐いた。数時間の飛行。流石に疲労を隠しきれなかった。


「やっと着きましたね……サッチ、大丈夫ですか?」


「まあ、なんとかな。とりあえずどっか座りてえな」


「そうですね。まずは村長の所へ話を聞きに行きましょうか」


 レーナとサッチは、スカイランナーをその辺の茂みに立てかけると、ジャンマドという名の村へ足を踏み入れた。



 ――その瞬間。



 ドォォォォンッ!! と、大地が揺れた。そのあまりの振動に、二人は思わず振り返る。


 そこには一人の大きな生物が、陥没した地面に立っていた。その迫力にサッチが、冗談じゃないとでも言いたげな嫌な笑みを浮かべる。


「で、でけえな、おい。まさか、こいつが?」


「ええ……『標的』、だと思います。トロール……いえ、巨人でしょうか」


 レーナは足でしっかり地面を掴み、ソレを見据える。


 ブクブクと太ったふくよかな体型。ボサボサの髪は、その生物の目を覆い、不気味さを増長させていた。


 基本的な造形は、人間と似通っていた。違うのは、その大きさだ。異常に大きい。縦にレーナが五人は積めるだろう。


 前髪の隙間から微かに覗く目は、貯まった脂肪に押されて細くなっている。しかし、こちらを睨んでいる事だけははっきりとわかった。


(どこからか跳んできたの……? 一体何故?)


 レーナの思案はそこで中断させられた。


 その巨大な生物は、おぞましい雄叫びをあげながら、あまりにも対照的にか細い二人の少女に襲いかかってきた。


「ぐおおおおおおおおおッッッッ!!!」


 速い。


 その鈍重な身体に似合わず、俊敏な動きで飛びかかってくる。その速度は、見た目以上に生物を大きく見せてきた。


 しかしこの程度の速さで、神術師を捕らえられるわけがない。


 レーナとサッチは、同時に左右へ飛び出した。固まっていては危ない。二手に分かれて注意を逸らす目的であった。



 ところが。



 サッチは空中に飛び出した瞬間、唸りを上げる大木のような太い腕に叩き落とされてしまった。


「ごっ、ふッ……!?」


 ドゴォッ!! と、背中から激しく地面に叩きつけられるサッチ。神術膜の効果で身体的なダメージは少ないだろうが、数秒はまともに呼吸が出来なくなってしまうだろう。


 間に合うはずの無い神術師の動きに、着いてきた。サッチの行動を、そのルートを、予測していたのだ。この巨人の様な生き物は。


「サッチ!!」


 レーナは思わず叫ぶ。


 巨大な生物はその手を、仰向けに地面に転がるサッチへ伸ばしていく。その、線の細い華奢な体へ。



 その、胸へ――



 レーナの瞳から、黄色の光が溢れ出した。

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