10-1 レーナとサッチの任務
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レーナは、自分の父親ナダスにずるずると引きずられていくアレスを、冷たい目で見やる。
紅い少年は何やら涙目で叫んでいたが、運が悪かったと諦めて欲しい。
(よりにもよって、お父さんの眼の前でかけてしまうなんて……アレス、お疲れ様でした)
助け船を出してあげても良かったが、レーナも女の子である。寒い中任務から帰ってきて、いきなり冷や水をぶっかけられれば、そんな気持ちも湧いてこなくなる。
レーナは、濡れて首に張り付いてきたその長い髪をかき上げる。それを束ね、後頭部で纏めて、常備している髪留めで結った。
本当は今すぐ風呂に入りたいところだが、どうせ報告だけなので、とりあえずこのままでいいと判断した。
ナダスは、先ほどまで書類仕事をしていたであろう木製の椅子にどっかと腰掛ける。そのすぐ横では、アレスが怯えた様子で正座させられていた。哀れである。
レーナは、アルカンシエルという組織の隊長として、ナダスに告げる。
「総司令官。ただいま帰還しました。報告してもよろしいでしょうか?」
「お、その髪型も可愛いねレーちゃん。それより、ホントに大丈夫……? 報告なんて良いから早くあったまりなさい、ほら。風邪ひいちゃうよ?」
そんなレーナに対し、ナダスは親バカモード全開であった。眉毛をハの字に垂らし、ポットからピンク色の可愛らしいカップへお湯を注いでいた。おそらく、自分が好んで飲んでいる紅茶を淹れてくれているのだろう。
温かい飲み物はありがたいが、ナダスの態度は、レーナとしては放っておけなかった。今自分は、娘としてではなく、部下としてきている。甘やかされるいわれなど無いのだ。
「総司令官! 私は大丈夫ですから、早くそのニヤけ顔を治してください」
「えぇ〜レーちゃんの心配してるだけなのにぃ……そうだ。今夜はパパと寝るかい? パパもレーナと一緒にいれなくて寂しいし……」
「……ダメ親父かよこいつ」
ナダスのあまりのアレっぷりに、サッチが若干引き気味に呟く。
一方レーナは、恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして叫んだ。
「お父さんっ!! ホントにもうやめてください!! 怒りますよ!!」
「冗談だよ、レーナ」
ナダスが、背筋を正して目を細めて微笑む。ようやく落ち着いた父親に、レーナは報告を再開する。
「ほんとにもう……えっと、私たちは、指令の通りにジャンマド村へ向かいました。村を襲うという存在の、討伐任務を遂行するためです」
「ふむ、結果は?」
「討伐任務は、失敗しました」
レーナは、淡々と結果を伝えた。それに対しナダスが、少し眉をひそめながら問い返してくる。
「そうか……被害は?」
「ゼロです」
「え?」
「ゼロです。死傷者、建造物の倒壊、全てありません。私とサッチも、ほぼ無傷です」
レーナは、本当に抑揚なく報告をしていく。これは仕事の一環である。感情が入りこむ余地などまったく無いのだ。
「状況が掴めないな。標的を取り逃がしたということか?」
「……少し状況が複雑なので、順を追って説明します」
レーナは、チラとアレスを見やった。紅い髪の少年は、何やら助けを乞う瞳でこちらを見つめていたが、気づかないふりをして話を続ける。
「私たちは、ジャンマド村に到着した直後、討伐依頼を受けた生物と、いきなり遭遇しました」




