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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 9. -A fate of Lysias-
76/124

9-8 この歪んだ世界で



 ――



(……くそっ)


 ラウィは、自室の寝具の上で仰向けに転がっていた。スレプトという植物の種子から作られた軽い布団すら、今は煩わしい。


 両眼に腕を乗せて、一人きりの部屋で奥歯を噛み締める。


 部屋を締め切り、薄暗い空間でラウィは身体を無造作に放り捨てていた。


 初任務は、何とも苦い経験となってしまった。


 ラウィはアルカンシエルに帰還するまで、結局一度も口を開かなかった。


 一度でも何かを話してしまえばきっと、全てが決壊してしまうから。きっと、溢れる感情をアレスにぶつけてしまうから。


(くそっ! くそっ! くそぉぉぉぉッッッッ!!!!)


 守れなかったのだ。理不尽な暴力に全てを奪われた少女を。ラウィが味方すべき、辛い出来事に涙を飲んだ少女を。


 ラウィにとって、これは二度目の経験である。守りたい者を守れなかったのは。


 わがままで、自分勝手なラウィ。蒼い少年は、自分の望んだ通りに物事が動かないと嫌なのだ。



『――ばいばい』



 リシアの最後の声が、頭から離れない。


 強く、優しく、そして、もう何処を探しても会うことの出来ない少女を想う。


「うっ……ううっ……」



 気がつけば嗚咽を漏らしていた。



『手、にぎってよ』



 怯えながらも、前へ進もうと踏ん張った少女。あの小さい温もりを感じる事も、もう叶わない。



『とめないで、ラウィ』



 健気で臆病な少女に、何故そんな覚悟をさせてしまったのか。



 命を捨てさせた。生を諦めさせた。



 まだ生きていたかった。もっと遊びたかったと呟いた少女を。



 ――殺した。



「ああああああああああああああああああああッッッッッッッッッ!!!!!」


 ラウィは光の足りない部屋で絶叫した。


 この、とめどなく溢れる感情はどうしたらいい?


 どうしようも無い事実を、どう受け止めたらいい?


 これから、自分はどう歩いていけばいい?


 何かが間違った世界。リシアはこの世界の事をそう評した。


 それは、きっと、どうしようもなく真実だ。


 なんの罪も無い集落の人々は死に、生きるために仕方なく人間を食していたグールは駆逐対象。その肉体をもつ少女は自ら命を絶った。


 何故そんな悲しい生き物が存在してしまうのだ。何故世界はそれを生み出すのだ。


 そしてこの一連の事件も、氷山の一角に過ぎないのだろう。


 ラウィは見てきた。旅をしていた五年間で。


 盗賊に襲われ壊滅した街を。戦争で親を亡くしてしまった子供たちを。奴隷として苦汁をなめる人々を。


 二年間苦しみ続けたサッチを。兄妹としての時間を奪われていたサナとドーマを。大切な人たちを大勢失ったレーナとアレスを。


 この世界は、おかしい。自分は、姉をさらわれるまでは本当に平和で幸せな日々を送っていた。


 それを、全ての生き物が享受してはいけないのか。味わってはいけないのか。奪われなくてはいけないのか。



『こんなゆがんだセカイなんてしらないッッ !!!! ボクが、ぜんぶブッこわしてやるッッッッ!!!!』



 絶望にまみれた、リシアの発言。思い。


 ラウィは、その気持ちが本当によくわかった。


 こんな世界、壊してしまいたい。誰かを不幸にするのなら、最初から全てなかった事にしてやりたい。


 しかし。



『ここで、しっかり生きたよね? なにかがまちがってるこのせかいで、のろわれたこのカラダで、それでも、ここで生きたよねっ……!?』



 この世界には、確かに自分達が生きた時間が刻まれている。そして、悪意だけで構成されているわけでもなかった。


 サッチは村人に認められた今がある。サナとドーマは現在同じ道を歩んでいる。レーナとアレスにも、それ以前には同じような時間があっただろう。


 そしてラウィには、姉と過ごした九年間が確かに存在する。


 リシアにも、イリアという女性と共に生きた幸せな時間が、確実にあったのだ。


 その事実だけは、覆らない。壊すわけにはいかない。


 変えなければ。世界はこのままじゃ駄目だ。自分がそれを正す。すぐには出来ないかもしれないけれど、長い時間をかけて一つ一つ直していく。


 アルカンシエルは、それができる。


 ラウィの当初の目的。そして、達成するまで変わらない目標。望み。願い。最愛の姉を探し出し、再び同じ時を一緒に過ごすこと。


 それも同じ事なのだ。自分自身の、『ラウィの世界』の歪みを正す。


 わがままなラウィは、そこを譲るつもりはない。最優先。行動全ての中心である事には変わりない。


 しかし。その範囲は、もはやこの世の生きとし生けるもの全てにまで広がった。


 守る。どんな酷い奴でも、性根の腐った人物でも、救う。



 ――もう誰も、殺さない。殺させない。



 それは、傲慢で、不相応な誓い。しかしラウィは、元々自分勝手なのだ。やりたいようにやって、何が悪い。


 ラウィは、すっと立ち上がった。その蒼い眼は、涙ですっかり腫れ上がってしまっていた。


 自室を出る。辺りはすっかり夜の帳が下りている。月明かりだけが、変わらぬ光でラウィを見下ろしていた。


 力をつける。休んでいる暇などない。


 馬鹿みたいな目標だと、自分でも思う。だったら、それが場違いな望みにならないよう、強くなる。


 強く、なってやる。



 ラウィは今朝アレスと修行していた噴水のある中庭に立つ。紺色の空に包まれた空間に立つと少年は、その蒼い瞳から光を噴出した。

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