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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 9. -A fate of Lysias-
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9-5 逆鱗


 飛び出したアレスに、『狂獣化』した複数のグールが襲いかかる。それらは、異常な速度でやってきた。向かっていくアレスとの相対的な速度は、常軌を逸している。


 しかし。


(ジャンスの方が、疾いで! うざいけど!)


 アレスは、爪を振るってきた大量のグールの攻撃を、一瞬で全てはたき落とす。連携がなっていなかった。個々が身体能力に任せてただ闇雲にアレスを殺さんと腕を振り回しているだけだ。


 そんな単調な攻撃、紅い瞳の神術師アレスに当たるわけがなかった。何年アルカンシエルに所属し、どれだけの戦場を潜り抜けてきたと思ってる。


 叩き、避け、潜り、蹴飛ばす。


 流れるようなアレスの身のこなしに、グールは苛立ちを抑えきれていないようだ。「ギィィアア!!」とか奇声を上げながら、さらにアレスを襲い続ける。


 アレスはそんなただの獣のようなグールを、紅い瞳に似合わない冷たい目で見やる。その瞳から、淡い光が漏れだした。


 ボッボッと、敵の攻撃を躱しながらアレスは幾つもの炎を発生させ、それを放っていく。


 その火の玉は、一つ一つが正確にグールの首元へ向かい、その奥にある『核』を燃やしていく。それは一つ一つが、彼らを黄泉へと誘う送り火となる。


 簡単だ。他愛もない。


 伊達にアレスは、レーナ班の副隊長を張っているわけではないのだ。


 アレスは、『核』が燃やされて即死したグールの一体を、崩れ落ちる前に蹴り飛ばす。グールの死体は、後ろにいた数体のグールを巻き込んでいった。


 グールで密集していた空間に、隙間ができた。アレスは、そこから密集地帯を転がるように脱出する。


「はは。やるな。人間とやらを、少し甘く見ていたよ。強い強い」


 ボスグールが、口元だけの笑みでアレスを嘲笑する。パチパチと、なんとも寂しい拍手を送りつけられる。


「俺は自分らのこと、まだ甘く見とるけどな。実際甘い。雑魚ばかりや」


「そういうな。『狂獣化』して理性を保つのは、強靭な精神力がいるんだよ――俺みたいにな」


 ゴッ! と、空気が揺れる。ピリピリとした感覚が、確かにアレスの肌を叩いた。アレスの束ねた紅い髪をも揺らめかす。


 ボスグールの『狂獣化』。毛先は赤みがかかり、充血した目に、獣のような瞳と爪。


 姿形はその他大勢のグールの大差無いというのに、発する威圧感がまるで違った。


 こいつは、強い。


『狂獣化』したボスグールは、ニヤリと笑みを零すと、今はもう数も少なくなった下っ端グール達へ指示を飛ばす。


「お前らは、後ろの蒼い餌を狙え。あの紅いのは、俺じゃなきゃ無理だ。これ以上数を減らさないでくれ」


「涙が出るで。冷徹そうなツラしといて、仲間思いなんやな」


「当たり前だ。数少ない仲間達だぞ。だから、同族を殺したお前を殺す。大人しく食われろ」


「あいにくやが、俺もラウィも大食いでな。食われるより食うのが好きなんや」


 ボスグールの後ろから、下っ端グール達が突っ込んでくる。狙いはアレスではない。その後ろでリシアを守る、ラウィへだ。


 させるものか。


 愚かにも、学習せず一斉に飛び出したグール一人一人の首を、アレスは視認する。その、一撃で命を刈り取るグールの急所を。


 そして、炎の塊を打ち出そうと神術を行使するが、


「言ってるだろ。これ以上、こいつらを殺させはしない」


 アレスの目と鼻の先に、ボスグールが現れ、彼の視界を覆った。


「!?」


 アレスは動揺する。見えなかった。全く気づかなかった。いや、気付けなかったのだ。


 アレスですら、目で追えない速度。速すぎる。これでは、まるで。


(ジャンスと同じや……ッ! あのウザきもい奴くらい、速い!!)


 アレスは、咄嗟に腕を交差させて防御に回す。特に何かを考えたわけではない。ただ、未知の敵の未知の攻撃を警戒しただけだった。


 結果的には、それが功を奏した。


 アレスの腕が、何か鋭いもので切り裂かれる。肉がパックリと裂け、鮮やかな血液が溢れ出した。


 ボスグールが狙っていたのは、アレスの首元。首を切断されて殺された仲間と同じ苦しみを、自分にも味合わせようとでも思っていたのか。


 アレスは、その数瞬の後、全身から炎を噴出する。ボスグールは、たまらずアレスから距離をとった。


「ちっ、運の良い」


 ボスグールが忌々しそうに呟く。その長く鋭い爪からは、赤い液体がポタポタと滴っていた。


(……別格やな。同じ種族でも、ここまで差があるのか。やばいな。雑魚グールどもを、ラウィの方へ行かしてもうた)


 アレスは思わず悪態をつく。背後から、確かに戦闘音が聞こえてきていた。


 しかし、振り返って確認するわけにはいかない。そんな余裕はない。そんなことをすれば、次の瞬間には頭と身体はバイバイだ。


 大きな裂傷を、炎で焼いて無理やり閉じる。尋常じゃなく染みるが、血を大量に失うわけにはいかない。



(……しゃーない。悠長なこと言ってられへんな。使うか(・・・)



 アレスは、足でしっかり地面を掴み、ボスグールを見据える。息を少しだけ吐き、紅い瞳から同じ色の光を噴出すると、ソレ(・・)を存分に振るった。


 ドォンッ!! と、空間が爆発した。比喩でも何でもない。何の前触れもなく、空気が異常な熱を纏い、破滅的な勢いで膨張したのだ。


 そんな爆発が、数十発。完全に逃げ場を奪う。


 いや、違う。一つだけ逃げ場があった。聡明で、瞬間の判断を行う事が出来るだろうボスグールは、爆発が及ばないその一点に向けて走り出す――


 と、アレスは予想した。ボスグールの異常な強さとしたたかさを信頼したのだ。そしてその信頼を裏切ることなく、ボスグールが熱の隙間から飛び出してくる。


 それを視認したわけではない。流石のアレスも、このボスグールの速度は目で追えない。だから、誘導した。辺りを爆発で満たすことで、ボスグールの退路を限定したのだ。そこへ、神術膜を纏ったアレスが突きを入れる。


 ボスグールは、自身のあまりの速度にアレスの拳を避けられなかった。自らぶつかりにいく形で、額を撃ち抜かれる。


「がっ、はッ!?」


 拳に動きを強制的に止められた頭部とは違い、下半身は勢いそのままに前は進もうとする。結果、ボスグールは回転するように仰向けで転倒する。


 アレスはそれを見逃さなかった。一瞬の隙を突き、ボスグールの右足を容赦なく踏みつけた。ボギッ!! と硬いものが砕ける音が鳴り響く。


 苦痛に顔を歪ませるボスグールの顔面に、一発拳を見舞う。鼻がへし曲がり、そこから赤黒い血液が散った。


 左手の長い爪を指ごと全て炎で焼き切り、残った右手と折れた右足を踏み続けながら、アレスは完全に無力化した眼下のボスグールに手のひらを向ける。


「……舐めんなや。速いだけなら、いくらでもやりようはあるんやで。自分くらい速く、でも手も足も出ない存在を俺は知っとる」


 そう。これがあの気味の悪いジャンスなら傷一つ負わすことは出来ないだろう。五番隊隊長。アルカンシエルのトップ五人に名を連ねる、あの生き物なら。


「クックク……何だペラペラと。勝ったつもりか?」


「止めとき。折れた足を踏んどるんや。メチャクチャ痛いやろ?」


「クソくらえだ」


 ブチブチブチィッ!!! と嫌な音がアレスの耳を突いた。ボスグールが体を捻って、踏まれた右足を捩じ切った音だった。


「ちょ、痛覚は無いんか自分!?」


「あるよ。ふざけるな。同族を失う方が痛いだけだ」


 自由になった下半身。唯一なんの外傷もない左足でアレスの胴を蹴り飛ばしてくる。神術膜が無ければ両断されてしまいかねないほどの激しい蹴りに、アレスは数瞬重力から解き放たれる。


 そしてそのほんの僅かな時間は、恐ろしい速さを誇るボスグールには十分すぎた。


 右手だけで体を持ち上げる。そこを軸として、先ほどアレスを蹴り飛ばした勢いそのままに、ボスグールの左足がアレスの頭上から叩き込まれる。


 ガードする暇も無かった。地面に叩きつけられたアレスは、そのあまりの勢いに、確かに一度弾んだ。


「ぐ、ふっ……!! ふざけ――」


 次の瞬間、アレスの首筋に長く鋭利な爪が迫っていた。何故だか、やたらとゆっくりに感じる。それでいて、動くことは出来なかった。


(あ、れ……これって……?)


 死ぬ寸前に起こるという、時間の引き延ばし。命を落とす前に、人生を振り返っておけとでも言わんばかりの、怠惰な時。


 走馬灯が、アレスの脳内を駆け巡っていた。


 途方に暮れて泣いていた自分を救ってくれたナダス。小さな頃から共に成長してきたレーナ。自分を鍛え上げてくれたシェゾ(・・・)。その他沢山のアルカンシエルの人々との思い出が現れては消えていく。



 消えていく――



(ふ、ざ、け、ん、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!)


 ボンッッ!!! と空気が焼けた。尋常ではない熱がアレスを覆い、そこを過ぎていくグールの爪を一瞬でドロドロに溶かした。


「ッ!?」


 ボスグールが焦燥を感情に出す。切り裂こうとした物体が突然熱を帯び、刃物の方が融解したのだ。氷で出来た剣を真っ赤に熱された鉄に打ち付けたって、これほどの速さで溶けはしないだろう。


 つまり、それほどの熱。それほどの温度差。アレスが纏う熱の膜は、およそ自然で発生する温度を大きく逸脱していた。


 爆発に、強熱の膜。アレスが持つ切り札を、二つも使用してしまった。そうでもしないと、ボスグールに勝てないのだ。


(……本当は使いたくなかったんやけどな。こんな閉鎖空間で使ってまえば、崩落の危険もあるし)


 また、閉鎖空間で爆発を起こすことは、酸素の問題もあった。尽きてしまえば、この場にいる全員が窒息する。


 物が燃えるには、酸素が必要。そんなこと、そこまで博識でないアレスも知っていた。自分の神術に関係ある事だったから。


 それでも、奥の手を使わざるを得なかった。ボスグールが強すぎたから。


「負け……か」


 ボスグールが手を上げて地面に座り込む。右手は、爪だけでなく手首までが溶け落ちていた。左手は指を失い、右足はちぎれている。左足も、神術膜を纏った自分を二度も蹴った影響か、ボコボコに腫れ上がっている。あまりの威力に体がついていけていないのか。


 文字通り敵を討つ爪を無くしたボスグールは、あちこちからドボドボと血液を零す。そう遠くないうちに、絶命するだろう。


「なぁ、集落の人間はどうしたんや? あそこに並べらとった首のない死体。あれは、全員か?」


 ゼェゼェと肩で呼吸をするボスグールに問いかける。それを尋ねるために、ボスグールを生かした(・・・・)のだ。その必要が無ければ、最初の爆発で逃げ道なんてわざわざ作らない。


「全員だよ……希望でも持ってたか? クク、哀れな、奴だ……まだ、現実が見えてねえのか」


「やかましい。念のためや。わざわざ人間を生かしとく必要がない事くらいわかるわ」


 そう。わかっていた。わかっていて、それでも捨て切れなかった。僅かな可能性に懸けていなかったといえば嘘になる。当たり前だ。だからこそ、こんな敵地のど真ん中にまで侵入したのだから。


「自分は、強かったで。仲間を守るために、力を求めたんやな」


「そんな、モン……失ってしまえば、むなしい、だけだよ……」


「失う、か。じゃあ何で、はぐれたリシアを、すぐに取り返さなかったんや? 別に人間を殺さんでも、それくらいならできるやろ、自分なら」


 アレスは、大量の血を失って青ざめ始めるボスグールに問いかけた。


 それだけ仲間を大切にしているのなら、同族を大切にしている彼なら、多少のリスクを負ってでも人間に拾われたリシアを奪い返しに行くだろう。


 それに対し、ボスグールはヒューヒューと変な呼吸音と共に、返答した。


「だから言ってるだろ……リシアは、俺たちグールを裏切った。あいつこそ、俺らの所に戻ってきても良いだろうよ……」


「……幼かったアイツに、それを求めるのは酷やないか?」


「そんな事知るか。第一、リシアは俺の娘(・・・)だ。なら、俺の勝手だろうが……リシアのために、同族の奴らを危険な目に合わせるわけには、いかねえのよ……」


 それは、グール特有の思考。

 数の少ない、希少な種族だからこその考え。


 家族より、同族を大切にする。

 まして自分の子供など、個体数を増やすための道具でしかない。親が配偶者を決める。親の好きに扱う。


 そんな考えのまま世代が受け継がれ、今では自らの子供の命さえないがしろにしてしまっている。


 余りにも歪んだ思想。身勝手な考え。


 自分の娘を「小娘」とまで言い切り、別の生き物と言わんばかりに暴力を振るったボロボロのボスグールに、アレスは怒りを抑えきれなかった。


「リシアは、泣いとった。親同然の女性を、守ってくれって。自分は全てを失ってもいいから、母親だけは助けてくれって。そんな奴が、優しいリシアが、二度も親を失ってええ訳ないやろッ!? 自分がリシアの親? 娘を大切にしない奴に、そんなモンを名乗る資格はあらへん。この腐れ外道が。親から捨てられたやつの気持ちが、自分らにわかるかぁぁぁぁッッッッ!!!」


 瞳から、おびただし量の紅い光を吹き出したアレスが、ボスグールの首を跳ね飛ばす。


 指令を出す脳を分断され、『核』を破壊されたボスグールは、物言わぬ肉塊へと変貌した。



 それだけだった。



 討伐任務は、達成した。



 自らも親から捨てられ、だからこそグールの少女の気持ちがわかった紅い少年は、血の海に沈んだ空間を、虚しい瞳で眺めていた。

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