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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 8. 初めは何事も基本から
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8-4 暖かな食事と家庭

 


「やったー! ボクの勝ちだよ!」


「あ、あーっ!?」


 思わず頭を手で押さえて叫ぶラウィ。ぴょんぴょん跳ねまわって喜びを表現するリシアを引っ捕え、肩を掴んでガクガク揺らす。


「駄目だよもう一回! 次やれば絶対に負けない!」


「こどもだなぁラウィ。それに『びっくりゴブリン』は、まけたひとは一回だけいうことをきかなきゃいけないんだよ?」


 ぐわんぐわんと頭を揺らすリシアは、そんな事御構い無しに人差し指を立てて淡々と告げる。ラウィはギャーギャー不満をぶちまけるが、アレスが間に入ってそれを制止してきた。


「落ち着きやラウィ。とにかく今は飯にあずかろうや。せっかく作ってくれたんやで?」


「……わかったよ」


 口を尖らせて、渋々といった表情でリシアの小さい肩から手を離す。


「めいれいは、またあとでね!」


 ニシシ、と八重歯を覗かせて笑うリシア。そして、何やら目を細めて微笑んでいたイリアがようやく手に持っていたお盆を地面に置いた。


 少し端が欠けている年季の入った陶器製の器が、四つ。その中には、少し粘り気のある透明な液体に、何やら角ばった一口サイズの具材がゴロゴロと沈んでいる。もくもくと湯気が立っており、同時に甘い香りが部屋に充満していく。


 そのうち二つを、ラウィとアレスは受け取った。暖かい。冷え切った指先を、その熱が溶かしてくれる。


「イリア、これは?」


「これは、この地方で採れるダイマと言われる芋を、薄めた蜜で煮詰めた物です。この程度の物しか振る舞えず、申し訳ないですわ」


 清廉な声でそう呟くイリアは、ちょこんと礼儀正しく座るリシアにも器を寄越す。リシアは器に顔を近づけ鼻をひくひくさせると、眉を垂らして頬を緩ませる。


「あーいいにおい。ボク、お芋のにおいだめなんだよね。やっぱりこっちのほうがいいよ」


「そういえば、リシアのやつだけ違う料理だね?」


 ラウィは、リシアの持つ容器を見つめる。黄色っぽい芋が入っているラウィ達の物とは違い、薄茶色の平べったい何かが入っていた。


 見た事もない料理である。ダイマと呼ばれる芋も知らなかったが、芋である以上どこか既視感はある。しかし、リシアの持つそれは、ラウィの知る限りでは判別ができなかった。


「ええ、この子は好き嫌いがとても多いので……」


「ふーん。リシア、何でも食べなきゃ駄目だよ?」


「ふんだ。ボクにしてみれば、みんながおかしいんだよ。そんなくさいたべもの」


 口をへの字に曲げてそっぽを向くリシア。こんな甘い匂いを漂わせる美味しそうな物が苦手なんて、変わった子である。


「ではいただきましょう。この世の全ての命に感謝して」


 初老の女性イリアは、ゆっくりと瞳を閉じて手をあわせる。残る三人もそれに続いた。


「いただきます」


 ラウィはとりあえず、蜜を薄めたのだという汁を口に含む。発する匂いを裏切る事なく、しっかりと甘い。しかし決してくどくなく、さっぱりとした甘味である。


 芋も柔らかかった。元々ある程度の甘味はあるのであろうその芋は、蒸された事と、纏う蜜の相乗効果で二重に舌を刺激してきた。


 量は確かに少ないが、味は申し分ない。実に美味しい。アルカンシエルでも作って欲しいほどである。


「ねえアレス。これ、食堂で食べられないかな?」


 思わず、横でハフハフと息を吐いて熱そうに芋を咀嚼するアレスに問いかける。


「うーん、流通さえすれば上に掛け合えるんやけど。もしくは、ウチとの契約金の一部に組み込んでもらうかやな。イリアさん。このダイマってのは、蓄えとかあるんすか?」


「いえ、農地が少ないので、我々で消費できる程度しか栽培しておりません……」


「農地? 土地なんて余りまくっとるやんか。何で使わへんのや?」


 アレスの言う通りであった。このビアルダという集落は、広大な草原のど真ん中にぽつんと位置している。確かに耕すには相応の労力がいるが、アルカンシエルと契約している以上人手などすぐに手に入るだろう。


 イリアは顔を俯かせた。そして、今にも消え入りそうな声でぼそっと呟いた。


「……ここの周辺には、少しばかり凶暴な種族が住み着いております。あまり激しい動きをして目立ちたく無いのですわ。なので、一部の過激な方達が彼らを討とうとするのも必死で止めています」


「なんでや? そもそもそいつらが恐いなら移住すれば良いし、何ならウチで代わりに討伐してやってもええで?」


「ウチは、とにかくお金が無いのです。移住してもそこで生計を立てられるとも限りませんし、討伐依頼となると支払う金額が上がりますよね。とても払えないのですわ」


 ラウィは悲痛な表情を浮かべるイリアを一瞥し、甘いスープをずずっと啜る。ぷはぁ、と白い息を吐くと、初老の女性に純粋な疑問をぶつけた。


「なら何でアルカンシエルと契約してるのさ? 何も依頼しないなら、無駄じゃんか。お金も払ってるんでしょ?」


「こらラウィ。そんな事わかるやろ……って、あぁ。自分は知らんのやな……全く……」


 アレスがため息を吐く。何やら勝手に呆れているようだ。もはやこの光景に慣れてしまったラウィは、それでも悔しくて内心歯噛みする。


「ウチと契約しとるって事実だけで利になる事もあるんや。例えば、ウチを恐れる盗賊なんかは襲ってこなくなるしな」


 ダルそうに頭を掻くアレス。


 確かに、アルカンシエルは相当の戦力が揃っている。自分だって、大の大人すら敵わないゴブリンを一蹴出来るし、上にはジャンスのような気違い染みた強さの隊長たちもいる。


 それと相対してしまう可能性を突きつけてやれば、盗賊などの連中は尻込みしてしまうのだろう。


「……その通りですわ。私たちは力がありません。だから、アルカンシエルの名前に守ってもらっているのですわ。たとえ、少し無理をしてでも」


「ねえ、むずかしい事ばっかはなさないで。ボクわかんないよ」


 イリアの言葉を遮って、ご機嫌斜めな様子のリシアが口を挟んでくる。眉を寄せて口を膨らまし、全力で不満を表していた。


「わかったでリシア。悪かった。じゃあイリアさん、ちょっとこの事を上に話してみますわ。連絡が来ると思うから、その時にまた詳細を伝えてくださいや」


「わ、わかりました。感謝いたしますわ」


 イリアはアレスの突然の提案に少し戸惑った様子を見せるも、すぐに微笑みを向けてくる。



 少しだけ寒い空間で、暖かい料理と暖かい雰囲気に包まれて、四人は暗くなるまで談笑していた。

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