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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 8. 初めは何事も基本から
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8-1 突然の呼び出し

 

 ――



「右や! 違う! 反応が遅い! 一つ一つ個別に動くんやなくて、次の攻撃を想定して足を運ぶんや!」


「くっそ……! こう!?」


「そう、その動きや! しっかり体に覚えこませろ!」


 アルカンシエルに入隊してから数日。ラウィは、アレスに神術を用いた戦闘の稽古をつけてもらっていた。


 ラウィは、アレスはもちろん、ほぼ自己流のサッチよりも神術膜の使い方と言うものがわかっていなかったからだ。


 殴るため。蹴るため。防御するため。その他単純な事にしか使用してこなかった。


 神術膜の基礎の基礎すらごく最近知ったため、仕方ない事ではあるのだが。


 そんなこと、敵には関係がないことなのだ。しかし、ラウィは姉を救う事の障害はできるだけ排しておきたかった。


 現在ラウィがしているのは、回避や反撃に転じるための体の動きの型作りだ。


 神術膜を足に展開すれば、移動速度が格段に跳ね上がる。しかしそれは、諸刃の剣であった。


 少しでもバランスを崩せば、強すぎる反発力に体は瞬く間にひっくり返る。移動出来たとしても、そこから攻撃できる体制を維持しなければならない。


 そのための、基本的な動作を身体に叩き込んでいる最中である。


 ――水を周辺に滞空させながら。


 これがかなり難しい。なにせ、別々の作業を同時に行うのだ。左手で文字を書きながら、右手で食事をするようなものである。


 どちらかだけなら、出来る者は大勢いるだろう。しかし、それを同時に行うとなると、その難易度は格段に跳ね上がる。


 絶対にどちらも動きが止まってはいけないのだ。水の操作は一瞬でも途切れてしまうと飛び散ってしまうし、足の操作を失えばその瞬間に曲芸の始まりだ。


 ラウィはこの数日間、それだけを集中して訓練してきた。おかげで、ようやく形になってきた。


「はぁ……はぁ……アレス、どう? そこそこ出来るようになってきたと思うんだけど」


「せやな。まあ、実戦で使うとなると不安はあるが、こればっかりは慣れるしかないでな。毎日練習しておくんやぞ?」


「わかってるよ」


 ラウィは、宙に漂わせる水の操作を解除する。その水の塊は、重力に引っ張られ、バシャッと弾けて散った。


 ラウィは、思わず地面に座り込む。疲労が溜まっていた。芝生が生い茂る柔らかい土がラウィの体重を押し返す。


 ラウィたちは、アルカンシエル内の中庭で修行を行っていた。流石に城の外でするわけにはいかない。神術師の訓練などしていれば、アルカンシエルの存在を教えるようなものだからである。


 それに、ここ中庭の中央には大きな噴水がある。簡単に水が手に入るここは、ラウィにとって絶好の訓練場所なのである。


 ちなみに、サッチは最初の修行には付き合ったが、それからは一度も来ていない。十分に合格点をもらえる練度だったからだ。動きだけなら、彼女は既にアレスを凌いでいた。


 だからといって、彼女がアレスより強いかといえば、決してそんな事は無いのだが。


 サッチはもう、レーナとともに任務に出ている。何やら駄々をこねていたが、アルカンシエルに所属している以上、上の命令は絶対なのであった。


「じゃあ、僕はもう戻るよ。書庫に寄って行くから、ご飯の時に呼びに来て」


 しばらくして、ラウィは立ち上がるなりそう告げる。修行の後の学習。もはやラウィはそれが日課になりつつあった。


 しかし今日は、アレスがそんなラウィの肩を掴んで引き止めてきた。


「まあ待てやラウィ。今日は少し話がある」


「なに?」


「これからの修行内容や。自分の戦闘の方向性を決めておきたい。俺の考えを聞いてくれるか?」


 ラウィは無言で頷く。

 アレスの側に寄る。彼に促されて再び腰を下ろした。


「水を自在に操る、蒼の神術師。基本的には陽動に出てもらうのが主流や。水自体には、炎や音みたいな単純な殺傷力が無いからな」


「え、でも僕は……」


「わかっとる。強くなりたいんやろ? 純粋に。やから、ここ数日の自分を見て俺なりに考えた。ラウィが自分を最も活かせる戦い方は何か、ってな」


 アレスは、拳を握る。それをシュッシュッと何度も軽くラウィに突き出してきた。


「ずばり、接近戦や。自分は気づいてへんかもしれんが、ラウィは判断力に長けとる。直感で、最適な回避手段を導き出せとるようや。思い当たるところはあらへんか?」


「なんとなく、思ったことはあったよ。僕は弱かったから、逃げることばかり考えてた時期があった。そのせいかもね」


「過去の弱さが、今の強さに繋がる、か。ええやん。燃えるでそういうの」


「あはは」


 ラウィは、軽く笑う。その笑みには、少し自虐的な意味合いも含まれていた。


 過去で既に強ければ、あの時姉を救えていれば、そもそも今こんな苦労をしていなかったはずなのだから。


「その早く正確な判断力は、近接戦でこそ真価を発揮するはずや。殺傷力もなければ、自分で作り出すことも出来ひん水に頼るよりは、こっちの方が現実的だと思うで」


「僕もそう思うよ。今思えば、水で敵を攻撃したことなんてほとんど無かったんじゃないかな。大体、注意を他にそらしたり、牽制したりとか、そういう使い方をしてたよ」


 ラウィは思い出す。カルキとの戦いを。ベクターとの死闘を。そのどれも、水でダメージなどロクに与えてられていなかったはずだ。


「決まりやな。水はあくまで補助。ラウィの基本的な戦闘スタイルは、肉弾戦や」


「つまり、今までとあんまり変わらないって事だよね?」


「やかましわ。これでも結構考えたんやぞ。ラウィのために。自分が勝手にそこまで辿り着いちまってた話なだけや」


 アレスは少しだけムッとする。ラウィにそのつもりは無かったが、どうやらアレスを少し不機嫌にさせてしまったようだ。


「ごめんアレス。ところでさ、やっぱり自分の属性の物質を出せない人なんて、珍しいのかな?」


「珍しいなんてもんやないで。少なくとも俺は、ラウィしか見た事があらへん。一応そっちも訓練させるつもりやが、いかんせんどうなるかわからへんなぁ」


「そっか……」


 少し声のトーンを落とすラウィ。自分は少し不出来なのかもしれないという思いが頭によぎった。


 ラウィは負けず嫌いなのだ。他の神術師より劣っているかもしれない事実を突きつけられ、悔しさが込み上げてくる。


 そんなラウィの様子を悟ったのか、アレスが励ますように声をかけてくる。


「まあ、そんなに気にする事無いで。水なんて、イールドを持ってれば事足りるでな。任務時は常備できるよう、ナダスさんに頼んでみるか?」


「え? 水を出すイールドなんてあるの?」


「あるで……って、知らんのかいな。まず自分は一般常識を学べ言うたやろ。知っとるで、お前の部屋になんかやたら変な本が置いたる事を」


 アレスは、ビシィッ! とラウィを指差す。


「変な本って……ただの種族図鑑だよ。世界中の種属が載ってるんだ」


「いや、それも確かに重要やが、お前はまずはじめに子供が覚えるような事から学べや! (かね)も知らんてなんやねん! サッチ呆れとったぞ!」


「そんなこと言ったって……面白そうだったんだもん、あの図鑑」


 ラウィが口を尖らせていじけたようにアレスに言葉を返す。その時ちょうど二人の耳に、ピンポーン! と大きな音が届いた。


 ラウィは思わず声を漏らす。


「え、何の音?」


「城内放送やな。誰かの呼び出しとか、お知らせとか言ったりするんや。あ、これもイールドでやっとるんやで。橙色のな」


「へぇー。イールドって凄いんだね」


 ラウィとアレスはまるで他人事のように話しているが、放送の内容を聞くなり顔を見合わせた。


『呼び出しの連絡をします。アレス=イグニート、ラウィ=ディース。総司令官がお呼びです。至急、総司令官室まで向かって下さい』


「……なんやろ? 俺らに呼び出し?」


「何か悪さでもしたの?」


「なんでやねん! 自分こそ何かしたんやないんか!?」


 アレスとラウィは、軽口を叩き合いながら立ち上がる。衣服に付着した芝を払いながら、アレスが話し続ける。


「もしかしたら、任務かもしれへんな。ちょうどええ。水を出す蒼いイールドの件、ついでに掛け合ってみようや」


「そうだね」


 紅い少年と蒼い少年は、総司令官室へ向かった。

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