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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 7. -Diary life in Arc-en-ciel -
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7-12 辿り着いたスタートライン

 



 ラウィとサッチはこれまた時間をかけて、行きにやってきた隠し扉のある倉庫まで戻り、スカイランナーで地下道を飛ばしてようやくアルカンシエルへ帰ってきた。

 昼間は賑やかだった広大なロビーも、今はめっきり人通りが少なくなり、閑散としていた。


 申し訳程度に点いているイールドの灯りを頼りに、薄暗い空間を歩く二人。


 見れば、先ほど受付で会った獣耳少女ミッシェルの姿も無かった。


 ポツポツと、数人がうろついているだけである。とにかく、静かだった。あれほどの人数は、一体どこに押し込まれているのだろうか。


「……どこに行けばいいのかな」


 ラウィが呟く。二人はまだ、食堂と書庫の場所しか知らない。自分が寝泊まりする場所もわからないのだ。


 暗闇を当てもなく彷徨う。ふと、ラウィは見覚えのある顔を見つけた。


 アレスである。同じレーナ班に所属する紅い瞳の神術師が、キョロキョロと辺りを見回しながらうろついていた。


 その紅い髪は、今は仄暗いロビーでもはっきりと認識できた。ラウィは、思わずほっとする。


「あ、おった」


 アレスは二人の姿を見つけるとすぐ、ラウィたちの元へ近寄ってくる。


「おかえり。遅かったな。心配したんやぞ? 迷ったんやないかって」


「よく言うぜ。お前結構丸投げしてきただろうが」


 サッチがアレスに言い返す。


「せやな。悪かった。あとで気づいたんやが、クルードストリート行くのも初めてなんやな。当たり前すぎて忘れとったわ」


「……まぁ、迷いはしなかったよ。迷いはな」


「そうか。なら良かった。寒かったやろ。すぐ部屋に案内するで。着いてきぃ」


 アレスは、そう言うと踵を返して歩き出す。二人はアレスについて行く。先ほど書庫に行った時通った階段をものすごい勢いで駆け上がっていく。


 今度は足に神術膜を張っていたラウィは、疲れることも置いていかれることもなかった。


 なんとも不思議な感覚である。


 軽く階段を蹴るだけで、身体が面白いほど上に跳ね上がっていく。


 昼より余裕を持って階段を上がれているラウィは、微妙に上機嫌でアレスに問いかける。


「アレス、何階まで行くの?」


「七階や。レーナの希望で、二年くらい前からウチの隊専用の部屋は書庫の近くにあるんや。ラウィは感謝せーよ?」


 まったくである。好みが似ている隊長で良かったと、ラウィは心から思った。


 食堂から若干遠いのが悔しいが、そもそも書庫と食堂が離れているのだから仕方がない。どちらかを取るしかないのだ。


(それにしても、隊長の希望で、か)


 不思議である。レーナが『親がすごいから』と言われるのを嫌っている以上、ナダスに頼んで部屋の位置を決めてもらったとは考えにくい。


 なら、そんな希望が通ってしまうほど、レーナは位の高い人なのだろうか。レーナ班の隊長になったのは、二ヶ月前という話だったが。


(……まさかね)


 ラウィは妙な考えを頭から振り払う。


 先ほど出会った、五番隊隊長ジャンス。あの気持ち悪い生き物は、サッチを子供扱いしてなおまるで本気を出していないようだった。


 レーナの実力を信用していないわけではないが、あのジャンスと近い実力を、自分達とほとんど歳の変わらないであろうレーナが持っているとはラウィには思えなかった。


 おそらく、たまたま部屋が空いていたとか、そんなことだろう。


 そんな事を考えている内に、三人は七階へたどり着いた。


 アレスは、そこから一番近い小さな扉に手をかける。そしてそのままドアノブを捻り、押し開けた。


「ほれ、入りや。ココがウチの部屋や。自分らの個室も、奥にあんで」


 ラウィとサッチは、言われるがままに扉をくぐる。中はかなり暖かかった。いや、外が寒すぎたのかもしれない。


 アレスは、入ってすぐのところに掛けられていた紺色の布でできた何かを取り、ラウィとサッチに渡してきた。


「これは団服や。任務の時は、これを着て行ってもらうでな。一人一着しか無いで、失くしたりせんよーに」


 ラウィはそれを受け取る。アレスが手渡してきたのは、フードの付いた長いマントであった。


 おそらく、身体が全体が隠れる大きさであろう。胸のあたりには、紅い石のようなものが付けられている。


 ラウィは一瞬イールドかと疑ったが、すぐに思い直す。紅いイールドは発火するものなのだから。


「……なんか地味だな」


 サッチがぼやく。彼女のその言葉に、アレスはケラケラ笑って答えた。


「ははは。目立ってええことなんてないからな。それでええんや」


 そのまま、三人は奥へと入っていく。そこは、応接間のような造りになっていた。


 部屋の中央に、大きな机がある。その周りを取り囲むように、座り心地の良さそうな椅子が立ち並んでいる。


 壁には、暖炉もある。赤々しい炎がパチパチと薪を燃やしていた。どうやら、イールドは使っていないようである。何故だろうか。


 そして、その暖炉のそばの椅子で、儚げな少女レーナが片手に収まる大きさの小さな本を読んでいた。


「あ、おかえりなさい、ラウィ、サッチ。今回はアレスの責任ですが、これから帰りが遅くなる時は一言私に言ってくださいね。一応夜間の外出は許可制なので」


 レーナが、透き通るのような優しい声で諭してくる。本をパタンと閉じると、椅子から立ち上がった。


「じゃあ、サッチは私が案内しますね。こっちです。個室は男女で分かれてるんですよ」


「えっ? いや、何でもない。そりゃそうか」


「? じゃあアレス、ラウィ。おやすみなさい」


 何やら勝手に納得したサッチと、少し疑問の表情を見せるレーナは、暖炉のすぐ横の扉の奥へ姿を消していく。ガチャ、と音がした。鍵をかけられたのだろう。


「……そんな警戒せんでも、誰も襲わへんっちゅーの」


 アレスは、唇を尖らせて文句を言う。そんなアレスに、ラウィは藁の籠を見せつけてある事をお願いしてみる。


「ねえアレス。これ全部サッチが選んでくれたんだけど、さっき軽く見た限りだと使い方がわからなかったからさ、教えてくれない?」


「お、ええで。悪いな。本当は人が過ごせるくらいの物はあるんやが……死んだあいつらが使ってたやつを使わせるわけにはいかんくってな。自分らにはちょっと手間をかけさせてもーた」


「気にしないで。っていうか、そんなの僕も使えないよ」


 ラウィは籠をひっくり返して、中央の大きな机の上に中身をぶちまける。思ったより飛び散ってしまった使い道のわからない道具を慌てて拾いながら、ラウィは一つの事を思い出した。


「あ、そーいえばジャンスに会ったよ。あのさ、あの変な生き物が五番隊の隊長って聞いたんだけど、ほんとなの?」


 ラウィの質問を聞いたアレスは、椅子にどかっと座り込み、げんなりしたように言葉を紡ぐ。


「あぁ、あいつは適当に流してええで。確かに五番隊隊長やが、果てしなく鬱陶しい。まあ、あの鬱陶しささえなければ結構ええやつなんやけどな。頭もええし、強い。鬱陶しいけど」


「そ、そうなんだ……」


「あれでもウチの幹部や。最上位の隊長たちの一角やからな。一応、知能が低い種族を纏める仕事もきちんとこなしとる。ただ、あいつ自身が何の種族なのか謎なんやけどな……」


 アレスは苦笑いを浮かべる。この話はやめようと言わんばかりの表情だった。


「確かに、あんな変な生き物見たことないよ……それでアレス、これは何に使うの?」


 ラウィは、たった今拾った棒切れをアレスに手渡す。

 その棒の先端には、垂直に硬い毛が無数についていた。使い方など、皆目見当もつかなかった。


 アレスは、ラウィのその言葉に目を丸くする。


「おいラウィ、嘘やろ……? 歯ブラシやんけ。自分今までどうやって歯ぁ磨いとったんや?」


「え、そりゃ指に草を巻きつけてだよ。しない日もあったけど。すっきりするにおいの薬草とかもあるしね。へぇ、これで磨くんだね。変なの」


「いつの時代の人間やねん……」


 呆れ果てる様子で頭を抱えるアレス。そんな紅い少年を尻目に、蒼い少年は矢継ぎ早に質問を飛ばしていく。


「この丸いのは?」


 ラウィは、握りこぶしほどの大きさの硬く、丸い物体を指差す。


「お、今度はちと珍しいな。スレプトって花の種子や」


「何に使うの?」


「こいつはな、中身がギチギチに詰め込まれた綿なんや。ほぐしてやれば、ええ布団になる。軽くて暖かいで。割って中身を取り出すんや」


 アレスは、その種子を一つ手に取ると、床に置いて思いっきり踏みつけた。


 バキッ、と小気味良い音が鳴る。同時に、白くてフワフワな物体が床に飛び出した。


 アレスはそれを軽く引伸ばす。もはやそれは、ただの一枚の布団であった。


「ま、これは本当は丸一日、天日干しするんやけどな。今日くらい大丈夫やろ。明日干せばええ」


「すごいね。アレスも、これを買ってきたサッチも物知りだ」


 ラウィは、純粋に賞賛する。世の中には、まだまだ自分の知らないことがそこら中に転がっているのかもしれない。


「いやいや。むしろ知らんことに驚きやわ。なるほど、書庫通いはええ趣味かもな。今度オススメの本をレーナに聞いとき。もっと一般常識を知るべきや」


「そうだね。そうするよ」


 ラウィは、まだまだある購入物を片っ端からアレスに使い方を聞いていく。


 石鹸、照明用の小規模な黄色のイールド、タオル。他にも色々入っていた。


 全ての確認を終えた後、アレスが感嘆の声を漏らした。


「サッチ凄いで。ほんまに普通にいるもんだけ買ってあるわ。あいつもしっかり者やで……なあ、ラウィ。自分にとってサッチって一体何なんや? 何で二人でここに来たんや?」


「何って言われたら困るんだけど……僕は姉ちゃんを探してて、ここへは強くなりに来たんだ。それで、サッチは僕の目的を手伝うために、わざわざついて来てくれたんだ」


「そうなんか。ラウィの事を大切に思っとるんやろな、きっと。まあ、自分もサッチの事を大事にしてやるんやぞ?」


 何だか、クルードストリートでも言われたような事を、アレスからも言われる。答える事は同じだ。味方であるサッチは、ラウィの守るべき存在なのだ。


「わかってる、守ってみせるよ」


「……何となくズレてる気がするんやが、まあええか。俺がとやかく言うことやないし。自分らの問題や」


「?」


「さて、俺らも部屋に行くで」


 アレスは椅子から立ち上がると、レーナとサッチが入っていった扉とは正反対に位置する扉に向かう。どうやら、暖炉の火はつけっぱなしにしておくようだ。


 扉をくぐる。その向こうは、更にたくさんの扉がある廊下であった。おそらく、二ヶ月前まではたくさんの人が過ごしていたのであろう。


「ラウィ、自分は一番奥の部屋を使え。俺の部屋はその隣やから、何かあったら言うてくれ。じゃ、おやすみ」


 アレスはそれだけいうと、さっさと自分の部屋に入っていってしまった。もしかすると、眠気を押してラウィに付き合ってくれていたのかもしれない。


 ラウィも、自分の部屋の扉を開け、中に入る。中は真っ暗であった。ラウィは、黄色のイールドを取り出して、光を点ける。か弱い光であったが、この空間ではそれで充分だろう。


 こざっぱりとした、殺風景な部屋であった。ただ、清潔ではあった。チリやホコリが全く見受けられない。アレスが掃除しておいてくれたおかげである。


 ラウィは、その辺に寝転がると、スレプト草の種子から作った布団を適当に体に被せた。なるほど、確かに軽い。


 瞳を閉じる。心の中で、大好きな誰かへ語りかけた。


(さて、やっとスタートラインに立ったよ、姉ちゃん。僕は、ここで力をつけて、きっと姉ちゃんを助け出す。五年も経っちゃったけど、あと少しだけ我慢してくれないかな。必ず、姉ちゃんの元へ行くからさ)


 ラウィも疲れていたのだろう、薄暗い空間で横になると、すぐに膨大な眠気が襲ってきた。


 せっかく教えてもらった『歯ブラシ』を使ってないな、と思い出すも、ラウィは破滅的な眠気に身を沈めていった。

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