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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 7. -Diary life in Arc-en-ciel -
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7-10 その少女は苦労が絶えない

 


 ラウィとサッチは、そのあとも歩き続けた。珍しい景色に、目を奪われていたのだ。もはや、見るだけで楽しかった。


 クルードストリートは、とても広かった。いや、長かったと表現すべきか。


 立ち並ぶ店によって作られた広い道。それが、ずーっと遠くまで伸びているのだ。道の終わりにたどり着くだけで、二人はかなりの時間を浪費した。


 気がつけば、空が橙色に染まってしまっていたほどに。


 あと少しで、陽が落ちる。流石に二人は、ここへ来た目的を思い出した。


「やべえな、すっかり忘れてた。おい、ラウィ。その辺の店に入んぞ」


「え、ちょっとサッチ!?」


 サッチはラウィの腕を引っ張って、近くの雑貨屋らしき店の暖簾をくぐる。


 中では既に黄色のイールドが店内を照らしていた。もうすぐ外は暗くなってしまうためだろう。

 そこら一帯に、よくわからない物が所狭しと並んでいた。一つ一つが、初めて見るようなものばかりである。


 二人が店内に入ると、陽気な壮年の男性が声をかけてきた。この店の店主であろう。姿形はやたらイカツかったが、表情はとても柔らかなものだった。


「お、いらっしゃいご両人!!」


「ご両人?」


 ラウィが店主の発言に疑問を呈すと、サッチが慌てたようにラウィの腕をぱっと離した。そのままそそくさとラウィの元を離れると、店内を物色し始める。


 サッチの行動に首をかしげるラウィに、壮年の男性は快活な声で話し続けた。


「初めて見る顔だな!! アルカンシエルの新入りかい!?」


「なんでわかったの?」


「はっはっは! ここにはアルカンシエルの奴がよく来るからな! 神術師なら、アルカンシエルの奴って決まってんだろ!」


 店主は、豪快に笑う。


「あ、そうなんだ。今日入隊したから、生活に必要なものをってね」


「そうか! アルカンシエルは色々大変なこともあるからな! ここでいろんなもんそろえておけよ! いいもんそろってるぜ! 接客は雑だけどな! ぎゃはは!」


 雑な(クルード)ストリートでお店を出しているだけあって、この店主はかなり適当にラウィと話す。だが、その友好的な態度はラウィにとって少し気楽であった。


 総司令官室の、ピシッとした厳格な空気は、ラウィには向いていない。もっとくだけた場の方が、ラウィは好みであった。


「アルカンシエルの人がよく来るの? 来るときはあんなにコソコソしてたのに、結構広まってるんだね?」


「がっはっは! 安心してくれ! アルカンシエルのことは内緒にするって決まりだからな!! さて、そろそろ商いと行こうぜ、少年!」


 ラウィは、とりあえず陳列されてる数々の物体を見る。だが、ラウィにはイマイチ理解できるものが少なかったため、手前に書かれた商品名を見ながら吟味していくことにした。


 この商品名が、またわかりやすいんだか意味不明なんだか。とにかく、個性的な名前が付けられているようだ。


『投げても壊れないぜ! 泥棒撃退用平皿!』


『こいつで空き巣をブン殴れ! 青銅製箒!』


 目の前に存在する綺麗な模様が描かれたお皿や、やたらと硬そうな灰色の箒などを一瞥する。商品名には、店主の性格が存分に現れていた。主張しすぎである。


 そして、ラウィは純粋に思ったことを口にする。


「なにこれ。便利なのか無駄なのかわかんないね」


「はっはっは! 神術師の奴らにはいらねえかもな! じゃあこいつなんてどうだい!?」


 そう言う店主が指し示したのは、水のしずくのような形をした透き通るような石が取り付けられた首飾りであった。

 ラウィは商品名を見る。


『あいつを絞め落とせ! 泪水石の首飾り!』


 何故いちいち物騒な言葉が使われているのか。治安の悪い世の中がそうさせているのだろうか。


 ただ、その首飾り自体は、純粋に綺麗だとラウィは思った。じっと見つめるラウィに、店主が首飾りの説明をしてくる。


「この石は、遠い異国で採れたモンだ! 紐も丈夫で敵を絞めることもできるが、どっちかってーと装飾品だな! お連れさんにどうだい? きっと喜ぶぜ!」


「あ、じゃあいただくよ」


 ラウィは即決した。サッチが喜ぶと言われたのだ。貰っておいても良いだろう。


「毎度ありぃぃ! それにしても、全く悩まねえのな。あんな可愛い嬢ちゃん連れて兄ちゃんもやるねぇ。大事にしてやれよ?」


「え? うん。絶対に守るよ。じゃあ、ありがとう」


 ラウィは、その綺麗な首飾りを手に取ると、未だ店内を物色中のサッチの元へ歩いていこうとする。

 そんなラウィを、店主が慌てて引き止めた。


「待て待て待て! 金払えよ! なに持ってこうとしてんだ!!」


「え? くれるんじゃないの?」


「んなわけあるか!」


 店主が何やら喚いているが、ラウィは何がいけないのかわからなかった。


 姉と二人で暮らしていた頃は、自分たちで作った野菜や、川から獲ってきた魚などを食べて生活していた。

 加えて、五年間の旅でも似たような手段で飢えを凌いでいたし、サナやドーマたちのように、食事をご馳走してくれる人達だっていた。


 アルカンシエルでも、食堂ではなんの支払いもせずに料理を食べることができた。できてしまった。


 そんなラウィには、お金という概念が存在すらしていなかったのだ。


「これ一個で七千ベルノだ! さあ、払ってもらうぜ兄ちゃん!」


 店主が手のひらを差し出してくるが、ラウィは何をしたら良いのかわからない。とりあえず、握手しておけば良いのだろうか?


「ラウィ、何してんだよ?」


 とち狂った行動をやりかけたラウィに、黒髪少女サッチが声をかけてきた。その腕には藁で編まれた籠が二つ提げられており、その中には色々な物が入っているようだ。


 おそらく、彼女とラウィで二人分、生活必需品を見繕ってくれていたのだろう。


 サッチが、ラウィの持っている首飾りを見て、半ば馬鹿にするように口を開く。


「へぇ、高そうなモン持ってんな。似合わねえ」


「僕じゃないよ。サッチにあげようと思って」


「ア、アタシに!?」


 サッチは一転して、目を丸くして声を上げる。彼女の口角は少しうわずっていた。嬉しそうである。


 喜ぶだろうと言っていた店主の言葉は間違っていなかったようだ。そしてラウィは、目下最大の問題をサッチに告げる。


「そうなんだけど……なんかカネってのが必要らしいんだ。サッチ持ってる? 代わりに渡してあげてくれない?」


「は、はぁ!? アタシが払うのかよ!? てかラウィ、もしかしてお前、買い物したことは?」


「カイ……なんだって?」


「……まじかよ」


 サッチは頭を抱える。

 ラウィも頭を抱えたかった。さっきからわからないことが多すぎて少し泣きそうである。


 サッチは深いため息をつきながら、ラウィに指示を出してきた。


「……とりあえず、それは置け。今一万ベルノしか持ってねえ。無駄遣いしてる余裕はねえんだよ」


「え? 貰わないの? せっかくサッチが喜ぶと思ったのに」


「ありがとよ! でもお前はいっぺん死ね!」


 ラウィはしぶしぶ首飾りを元あった場所へ戻す。サッチは、二つの籠を店主へ乱暴に押し付けていた。


「これ買うよ。計算してくれ」


「あ、ああ、毎度あり。嬢ちゃん、なんつーか、大変だな」


「全くだよ……」


 サッチが、額に手をあてがいながら呟く。


「この『顔を隠して応戦だ! 藁の大きな籠!』も買ってくのかい?」


「ああ。こちとら手ぶらでな。ところで、顔を隠してどうやって戦うんだよ。見えねえだろ」


「ノリだよ。気にすんな」


 店主は、籠の中身を一つ一つ確認して、何やら見たこともない道具をパチパチと弾いていた。それは、たくさんの玉が規則正しく並べられていた。それで計算しているのだろうか。


「こっちの籠が三千三百ベルノ。こっちが二千ベルノだな。別々に払うか? ――って、決まってるか」


「……あぁ。まとめてくれ」


「まあ、なんだ。まけとくよ。五千ベルノでいい」


「ありがとよ」


 苦笑いを零すサッチは、金色の小さな薄くて丸い何かを五枚、店主に手渡した。


 店主は、その金色の物体をラウィへ見せてきた。


「兄ちゃん、これが『お金』ってやつだ。これで、ものを『買う』。わかったら、あんま嬢ちゃんに迷惑かけんじゃねえぞ?」


 ラウィは、その『お金』をまじまじと見つめる。これと、モノを交換するのか。


「これは、どうやったら手に入るの?」


 ラウィの疑問に、サッチが返答した。


「アタシはウチから持ってきただけだけど……お前の場合はアルカンシエルから貰うしかねえかもな。任務の報酬として。給料でるのかは知らねえが」


「そっか。ところで、何で片方の籠は物をたくさん買ってるの?」


「……うるせえな! そんなとこばっか気づいてんじゃねえよ!!」


 サッチは、中に入っている物が少ない方の籠をラウィに無理やり持たせてくる。


「金は絶対いつか返せよ!!」


 それだけ言うと、サッチは店の外に出て行ってしまった。結局、疑問には答えてくれなかった。


 今日は、本当にわからないことだらけである。


 そんな少し落ち込んでいるラウィに、店主がポン、と肩に手をかけてきた。


「今のは聞いちゃいけねえよ、兄ちゃん。女の子ってのは、野郎より色々と物が入り用なんだからよ」


「……?」


 ラウィの謎は、深まるばかりであった。

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