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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 7. -Diary life in Arc-en-ciel -
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7-9 純真な少女はいいオモチャ

 


 それから数分間、暗闇のトンネルの中で風を切り続けた。そして、ようやく遠くの方に壁が見えてきた。行き止まりである。


 サッチはスカイランナーの速度を落とした。空色のイールドから噴出する風を操作し、壁の直前でふわりと停止した。そのまま、ゆっくりと着地する。


「着いたぞ。降りろラウィ」


 サッチが、若干乱暴にラウィを押す。ラウィは、押されるがまま大きな鳥の像から飛び降りるように地に立った。


 すぐに、サッチもそこから降りた。その向こうでは、ハグミもスカイランナーからその身を下ろしている。


「スカイランナーは、ここに置きっぱなしでいいわ。さ、上に行くわよ?」


 ハグミは、すぐ横にあった階段を登り始める。

 なんだか今日はやけに階段の上り下りが多いな、とラウィはげんなりした。


 足に神術膜を展開。地面を蹴る力を増大させ、長そうな階段を、ハグミの後に続いて登っていくラウィ。


 上に登っていくにつれて、段々と空間が明るくなっていく。地上が近いのだろう。


 そして、すぐに一番上にたどり着いた。その頭上には、引き戸のようなものが地面と平行に取り付けられていた。


 ハグミは、それを横に滑らせて開ける。すると、僅かに漏れていた光が、一気に差し込んできた。


(うわっ、まぶしっ)


 ラウィは、思わず手のひらで眩いばかりの光を遮る。目を細めるラウィとサッチに、ハグミが語りかけてきた。


「ここは、隠し扉みたいなものだから、これからここに来るときは、しっかり閉めておくのよ? アルカンシエルの内部と直接繋がってる場所だからね」


 そのまま、空いた引き戸の上に這い上がるハグミ。ラウィとサッチもそれに続いた。


 そこは、倉庫のようだった。埃っぽく、色んな家具やら小道具などが散らばっている。ラウィたちは、その床から上がってきた形だ。


 ラウィ達が飛んできた地下道が暗過ぎただけで、この倉庫もそこまで明るいわけではなかった。ただ、目が慣れていなかったので眩しく感じただけなのだったと、ラウィは理解する。


「こんな汚い場所、早く出ましょ?」


 ハグミは、隠し扉なのだという床の引き戸を閉める。もはや、ラウィは引き戸がどこなのかわからなくなっていた。周りの床と模様が同じで、ほとんど同化してしまっているのである。


 なるほど、確かにこちら側からは偶然見つけられるようなものではなさそうだ。


(帰る時に慌てないよう、大体の場所を覚えとこう)


 ラウィは、引き戸があった場所の映像を、脳にしっかりと刻み込む。これがわからなければ、アルカンシエルに帰れなくなってしまう。


 ハグミは、さっさと倉庫の出入り口と思われる扉を開ける。二人も彼女の後を追って外に出た。


 そこは、活気にあふれていた。


 アルカンシエルのロビーとはまた違う、商人達が客を呼び込む声や、楽しそうに談笑する声。澄んだ冷たい空気とともに、香ばしい匂いも漂ってくる。


 一直線に伸びる広い道の左右に、様々な路店が構えられていた。通行人は、それを見ながら歩き、または立ち止まってじっくりと眺めている。


 また、小さい子供も笑顔で走り回っている。治安が良い証拠だ。


「ここが、クルードストリートよ。何か欲しいものがあれば、ここに来れば大抵のものはあるわね」


 三人は、沢山の店で作りあげられた道を歩いていく。ラウィは、物珍しげにキョロキョロと辺りを見回す。ここまで活気にあふれた土地をラウィは初めて見たのだ。


 世界中を旅していた五年間。当然ながら、色んな地域、国なども立ち寄ったが、どこもなんとなく廃れていた。


 それが、ここクルードストリートには全く見られない。


 生まれてこの方生まれた村から出たことのなかったサッチも同じようなことを思っているようで、先ほどラウィにキョロキョロするなと注意したにもかかわらず、周辺の見たことがない景色に夢中になっているようだ。


「うふふ、珍しいかしら? アルカンシエルはここに随分とお世話になってるからね。比較的近いし、こっそりとウチが治安を守ってるのよ。だから、こんなにも活気付いていて、平和なの」


 ハグミが、そんなせわしない二人を見て微笑む。


 ラウィはふと空を見上げる。キャッキャッと、子供がはしゃぐような声が聞こえた気がしたのだ。


 ラウィの聴覚は正しかった。クルードストリートの遥か上空では、沢山の幼い子供達が楽しそうに追いかけっこをしていた。


「あれは一体? どうやって飛んでるの?」


 見たところ、その子供達はスカイランナーを使っている様子はなかった。その身一つで、大空を自由に飛び回っている。まるで、鳥のように。


「ああ、あれはシルフィードって種族の子供達ね。風を操れる固有能力で飛んでるのよ」


「固有能力?」


 聞き覚えのない単語に、ラウィは思わずハグミに聞き返す。


「あら、知らないの? その種族だけがもつ特別な力のことよ。例えば、さっきのあの子。ミッシェルは獣の耳を持ってたでしょう? 彼女の種族は、耳と鼻が素晴らしく利くのよ」


 ここで、ハグミの話に興味を持ったのか、サッチが口を挟む。


「へえ。知らなかったな。ゴブリンなら怪力、とかか? 人間は何なんだよ?」


「そうね、一つは強い繁殖力よ」


「……へ?」


 予想外の答えに、サッチが間の抜けた声を漏らす。


「生まれて十数年で次の世代を作れるなんて、獣を除いてしまえば人間だけなのよ? 大体、どの種族も最低でもその五倍はかかるわ。その分、寿命も長かったりするんだけどね」


「そ、そうなのか。それが何の得になるんだよ?」


「色々あるじゃない。種の存続に有益だったり、環境の変化にも対応しやすいわ。それにそれは、成長が早いってことにも繋がるのよ?」


 大人になるまでの時間が短ければ、その分早く役に立てる。

 仕事。戦闘。その他にも、大人である方が有利なことは沢山あるだろう。


 弱い子供の期間が短いとも言い換えられる。


 確かに、成長が早い方が得かもしれないとラウィは理解した。



 ――自分がもっと大人で強ければ、五年前のあの日、姉を守れたかもしれなかったのだから。



「確かに、そう言われてみればそうかもしれねえな」


 サッチも同じようなことを考えたようで、納得したように呟く。


「そうよ? なんなら、あなた達だってもう作れるんだから。その気になれば、ね?」


「んなっ――ッ!? ――――ッッッ!!!」


 サッチは顔を真っ赤に染め上げ、声にならない声で叫ぶ。その橙色の目はぐるぐる泳いでおり、混乱しているようである。


「あら、あなた今何を考えたの? お姉さんに教えてくれる? 一から十まで事細かに。出来れば仕草付きで、生々しく」


 ハグミがサッチの両肩を掴み、耳元に顔を寄せてねっとりした声で囁く。口を引き裂き、悪魔のような笑みを浮かべていた。


「な、えっ、う、うるせぇよ近寄んなッ!!」


「なによ。あなたたちくらいの歳でお嫁に行っている子だっているのよ? 恥ずかしがることなんてないわ。じゃあ、お姉さんはいいわ。代わりにこの蒼い子に教えてあげてくれる?」


「ばッ……!? ふざけんじゃねぇッッッッ!!!」


 腕をブンブン振り回し、密着していたハグミを引き剥がすサッチ。彼女の顔は尋常ではない赤さを纏っており、何やら嫌な汗もかいていた。


「うふふ。可愛いわね。あなたみたいな子大好きよ」


 人差し指を唇に当てがい、サッチに向けて微笑むハグミ。サッチは何やら喚いていたが、それを無視してハグミは言葉を続ける。


「もう一つは、あなた達も持ってる、神術よ。まあ、もちろん全ての人間が使えるわけではないのだけれど」


「あ、そうなんだ。他の種族は使えないんだね?」


「大昔にはいたみたいなのだけれどね。まあ、他の種族に対抗する唯一の戦闘手段といったところかしら。強い繁殖力と、神術。この二つが、『人間』という種族の固有能力よ」


 そこまで言うと、ハグミは急に歩く方向を変える。そして、一つの店の前で立ち止まった。


「さて、私はこの店に寄っていくわ。それじゃ、お姉さんはこの辺で。せっかくの二人の時間に水を差しちゃ悪いものね? 楽しんでいきなさい」


 それだけ言い残し、ハグミはサッチへ向けて片目を閉じると、輝く銀色の長すぎる髪を揺らしてその出店へ入っていった。

 ラウィはふと目に入った看板を見る。


『スリヤ兄さんのクスリとくる薬屋さん』


(あのお姉さん、薬を貰いに来たのかな?)


 ラウィそのちっとも笑えない店から目を離し、サッチの隣で歩を再開した。


 サッチは、何やらぐったりと疲れている様子だった。背中を丸め、呻くように言葉を発する。


「アタシ、何かあの銀髪ねーさん苦手だ……すげー遊ばれた気がする」


「そう? 楽しそうに会話してたじゃん」


「目ぇ腐ってんのか」


 黒髪の少女と蒼い少年は、活気付いた出店通りを道なりに歩いていく。

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