7-8 少年は色々と下手くそで
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ラウィとサッチは、食堂を出てロビーに出ていた。たくさんの種族でごった返す、喧騒の空間だ。
『究極の超大盛り胃袋破裂丼』をぺろっと平らげたあと、デザートを食べたいとか駄々をこねたラウィを、サッチが無理やり引きずり出した形だ。
「全く……デザートくらい食べさせてくれたっていいじゃんか」
ラウィが、不機嫌な様子でサッチに不満を漏らす。
せっかく好きなだけお腹に収められるのだから、心ゆくまで楽しませてくれても良いだろうに。
そんなラウィの発言に、こちらも少しイラついているサッチが返答する。
「ふざけんな。お前の食欲にずっと付き合ってたら日が暮れちまうだろうが。またいつでも食えるだろ」
サッチは、ラウィを置いていかんばかりの速度で人ごみの中を進んでいく。何をそんなに急いでいるのか。
サッチとラウィは、ようやくロビーの奥、受付のような場所にたどり着く。そこには、獣の耳を生やした若い女性が眠そうに座っていた。
亜人である。
「あぁ……見たこと無い顔。何か用?」
その亜人の女性は、果てしなく気だるそうに問いかけてくる。あくびまでしている。無理せず休んだらいいのに。
「クルードストリートってとこに行きたいんだが。どうしたらいい?」
サッチが、簡潔に問いかける。すると、その獣耳の少女はサッチとラウィの瞳を確認して、チッ、と舌打ちをした。
「何、客じゃなくて新入りかよ。丁寧に対応して損したよ」
「どこが丁寧だったんだよ」
「私が丁寧だと思ったらそうなんだよ」
「そうかよ。そりゃ素敵だな」
サッチは、軽く溜息をつく。何だか、そのうち手を出しそうな雰囲気だったので、ラウィが代わりに獣耳の少女と話をしようとしたところ、ラウィより先に、別の女性から声をかけられていた。
「ダメよミッシェル。あなたは今ウチの顔としてお仕事してるんだから。シャキッとしなさい?」
ミッシェルと呼ばれた獣耳の少女に声をかけたのは、輝かんばかりの銀髪を地面についてしまうほど長く伸ばした女性だった。
年齢は、ラウィたちより一回り年上に見えた。おそらく、二十台半ばだと思われる。
そしてその瞳は、妖しい紫色に染まっていた。彼女は、紫の神術師であるようだ。
何というか、自分の姉に雰囲気が似ているとラウィは思った。包容力があるというか、優しく他人を見守る慈愛に満ちた瞳をしている。
「あ、ハグミさん。お疲れっす!」
ミッシェルという獣耳を持つ亜人の少女が、銀髪の女性を見るや否や、嬉しそうに挨拶をする。その顔は、もはや眠気など一切感じさせていなかった。
「はいお疲れさま。それでいいのよ。しっかり自分の仕事をするのよ?」
「了解っす!」
そして、そのハグミと呼ばれた女性は、今度はラウィとサッチの方を向いて、聖母のような笑みで言葉を述べた。
「あなたたち、ごめんなさいね? この子、気分屋だから。でも、とてもいい子だから、気長に接してあげて」
「……わかったよ」
サッチが、しょうがないといった感じに了承する。何だか、この女性には逆らえない空気が漂っていると、ラウィも思った。
「ここは、国の使者とかも尋ねてくるところだから。そんな受付を任されるくらいだから、この子はとても優秀なのよ?」
「いやー照れるっす!」
「うふふ。じゃあ、頑張ってね」
それだけいうと、ハグミはその美しく長い銀髪を揺らしながら人ごみの中へ消えていった。
それを笑顔で見送った獣耳少女ミッシェルは、ふんす! とやる気に溢れた顔でラウィたちに問いかける。
「それで、何だっけ? クルードストリートの行き方だっけ?」
「そうだよ。どう行ったらいい?」
「そうだなー。行き方もクソも、地下道を真っ直ぐ行けば着いちゃうからなー」
ミッシェルは、何やら受付の引き出しをゴソゴソと漁り出す。そしてすぐに、何やら汚らしい小さな紙をラウィに手渡してきた。
「ほい、引換券。新入りだから、今回はタダでやるよ。これでスカイランナーを一日借りれる。地下に行けばわかるよ。地下道へは、あそこの扉から行けるから」
そう言うとミッシェルは、人ごみの遥か向こう側にある一つの扉を指差す。背の高い獣人などに邪魔されて見辛かったが、何とかその存在を把握できた。
サッチとラウィは、その引換券を受け取る。かなり黄ばんでいて、年季を感じた。おそらく、使いまわしているのだろう。
「んじゃ、またね。後ろ待ってるから、どいたどいた」
ミッシェルは、ラウィ達に早くどくよう手で促す。
ミッシェルの動作に、ラウィは思わず後ろを見る。何やら大きなコートに、ごちゃごちゃに服飾品で飾られた偉そうな壮年の男性がこちらを睨みつけていた。
ラウィとサッチは、ミッシェルに軽く礼を言うと、その場を後にした。
人混みをかき分け、ミッシェルに示された扉へ向かう。
辺りの華やかな雰囲気とは対照的な木製の扉を押し開けると、ひんやりとした湿った空気がラウィの頬を撫でた。
最初にアレスに会った、空中に空いた穴の向こう側にあった空間と、同じ匂いがする。陽の当たらない場所とは、こういうものなのか。
薄暗い空間で、ラウィとサッチは階段を降りていく。石でできた固い床が、二人の足の運びをコツ……コツ……と静かな音で表現する。
そして、かなり長い階段を降り終わった二人は、その底で妙な光景を目撃する。
「……何だありゃ?」
サッチがソレを見て、疑問の声を漏らす。
そこには、様々な形の何かがずらーっと並んでいた。
人が五人ほど座れそうな大きな絨毯。鉄製の分厚い板に取っ手のような物が伸びているモノ。動物の形に作られた彫刻のような物まで。
そして、洞窟のような地下道が、遥か遠くまで伸びている。ところどころ照らされてはいるようだが、先が見えないほど暗かった。
「何か、気味悪いね」
ラウィは思わず呟く。
その統一感のないガラクタの山は、ラウィに漠然とした嫌悪感を与えてきていた。
そんなラウィ達に、一人の女性が声をかけてきた。
「あら? また会ったわね。あなた達もクルードストリートに用があるの?」
それは、先ほど会ったばかりの、ハグミと呼ばれる女性だった。
その極端に長い銀髪をなびかせながら、二人の元へ歩み寄ってくる。
「そっか、だからあの子のところで場所を尋ねていたのね? じゃあ、あとはお姉さんが教えちゃう。引換券は持ってるわね? まずは、この陰気なお兄さんにそれを渡してちょうだい」
ハグミの隣には、確かになよなよしい細身の青年が立っていた。この空間が薄暗いからなのか、元々そう言う顔色なのか、その顔は少し青白く見えた。
「あ……じゃあ……引換券を、いただきます……」
声まで弱々しいその男に、ラウィとサッチは先ほどミッシェルから貰ったボロボロの引換券を渡す。
「はい……確認しました……お好きなのを、選んでください……」
「え、えっと。もしかして、この変なのがスカイランナーなの?」
ラウィは、思わず質問する。ラウィの知っているスカイランナーとは、木の板に空色のイールドが貼り付けられたモノである。
ドーマに乗せてもらった、空を飛ぶ乗り物。
間違っても、こんな廃棄寸前の置き物みたいなものではなかった。
ラウィが訝しげな目でそれらを眺めていると、ハグミが質問に答えてくれた。
「そうよ。要は、飛べれば何でもいいのよ。地下でしか使わないものだしね。いいから、早く選びなさい?」
ラウィとサッチは、ハグミに急かされて近くにあったオブジェのようなスカイランナーに手をかける。なるほど、確かにそれら一つ一つに、空色のイールドが取り付けられている。
ラウィが選んだのは、大きな四足歩行の動物を模した像だった。背中の部分は広く、そこに乗ることが出来そうだ。イールドは、首の付け根あたりに埋め込まれている。
「準備はいい? じゃあ、行くわよ。まあ、一本道だから迷うことは無いのだけど」
ハグミの言葉を合図に、ラウィは動物の像の背中に飛び乗る。体制を整えると、首にある空色のイールドに触れた。
次の瞬間。
ゴォッ!! と辺りに物凄い風が吹き荒れる。強すぎるその風は、周辺のスカイランナーを次々となぎ倒していった。
そして、ラウィもその風に吹き飛ばされていた。
「痛っ!!」
自身が起こしたはずの風でひっくり返ったスカイランナーから、振り落とされるラウィ。
背中から地面に叩きつけられ、一瞬まともな呼吸ができなくなる。
そんなラウィを心配してか、サッチが長い黒髪を振り乱しながら駆け寄ってきてくれた。
「おい、ラウィ大丈夫かよ? 乗ったことねえのか?」
「いや、あるにはあるんだけど……」
ラウィは、痛む腰を押さえながら立ち上がる。
(そういえば、ドーマと一緒に乗った時も暴走したっけ。何でなんだろ。下手くそなのかな?)
「あらあら。慣れてないみたいね? 今から練習するにしてもここじゃ暗くて危ないし、練習は今度にして、今回はやめておく?」
サッチに続いて、ハグミもラウィに声をかけてくる。ハグミは、すいーっとスカイランナーに乗りながら、滑るように向かってきていた。
「そうだね、今日はやめとくよ。サッチ、悪いけど、これから必要なものってのを、僕の分も調達してきてくれる?」
「は、はぁ!? 根性無しかよ! せっかくここまで来たのに! お前が来ないと意味無いだろうが!」
何やらギャーギャー叫ぶサッチ。それを見てハグミが、ははーんとか言いながらラウィにあることを提案する。
「じゃあ、お姉さんに掴まって行く? 連れてってあげるわよ?」
「うーん……そうしようかな。サッチもそれならいいでしょ?」
しかしサッチは、ラウィのその言葉に更に声を荒げ始めた。
「良くねえよ! 何で初対面のやつに面倒かけてんだ! それならアタシの後ろに乗ればいいだろうが!」
「あらそう。じゃあよろしくね、お嬢ちゃん?」
「……えっ?」
サッチは、呆けた声をあげて固まる。次の瞬間、顔を紅く染めたと思うと視線をそらし、ラウィに小さな声で促した。
「……ほら、乗れよ」
サッチは、翼を広げた鳥の像を引き寄せ、その上に跨いだ。
(銀髪のお姉さんの後ろに乗るんじゃなかったっけ?)
何だかイマイチ話について行けていなかったラウィだったが、とりあえずサッチの後ろに腰掛けた。
サッチのその細い肩に両手を乗せる。彼女の体温はやけに高かった。
「サッチ大丈夫? 風邪?」
「うるせえぶっ殺すぞ!」
理不尽に怒られたラウィは、首を竦めた。
二人を乗せた大きな鳥は、強い風を吹かせて、洞窟の中を流れるように飛んでいく。
その隣では、ハグミがニヤニヤしながら並走していた。




