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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 7. -Diary life in Arc-en-ciel -
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7-7 親娘



 ――



 レーナは、ラウィたちと別れてすぐ総司令官室へとやって来ていた。


 父親であるナダスに聞きたい事があったからだ。


 総司令官室の大きな木製の扉を四回ノックし、ギィッ……と重い音を奏でながら押し開けた。


「失礼します」


 抑揚の無い、事務的な声で入室の挨拶をする。そのまま、ナダスが腰掛ける総司令官席まで、紅い絨毯の上をスタスタと歩いていく。


「総司令官、お聞きしたい事があります」


「なんだ? レーナ隊長」


 ナダスは、コーヒーを片手に書類に何かを書き込んでいた。そして、レーナと全く目を合わすことなく淡々と聞き返してくる。


 およそ親娘とは思えない、堅苦しい上下関係に縛られた会話。


 ナダスとレーナは実の親娘であったが、それ以前に、この場では総司令官と一部隊の隊長なのだ。


 二人は、真面目であった。職務である以上、立場をわきまえて行動をする。


 そこには、父親だからだとか、娘だからだとか、そういう感情が全くと言っていいほど入り込んでいなかった。


「本日より自分の隊に配属された二人のことで、少し」


「何か不都合なことでもあったか?」


「いえ、不都合とまではいかないのですが……二人が自分の隊に配属された理由をお聞かせくださいますか?」


 レーナの言葉に、ナダスは書類を書く手を止める。芳しい香りのコーヒーをすずっとすすり、レーナをチラと見やった。


「何も特別な理由など無いよ。レーナ班は、現状二人しか所属していなかったろう? 当然の采配だと思うが」


「……そうですね。失礼しました」


 レーナは、頭を軽く下げる。そして、そのすぐあと、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「じゃあ、お父さん(・・・・)。今度は娘として聞きますね。何で二人をウチに入れたんですか? 前に言ったと思うんですけど、私は……」


「隊長なんてできない。辞めさせて欲しい、か?」


 ナダスが、その黄色い瞳でレーナを射抜く。その眼差しは、決して怒っている訳ではなかったが、レーナは思わず謝罪してしまいそうな威圧感を感じた。


「……そう、です。私には、隊を率いる自信がありません。怖いん、です……」


 消え入りそうな声で、そう呟く。

 アレス以外の、全ての仲間を失くしてしまった。その余りにも残酷な事実は、年端のいかない少女の心を縛り付けているのだ。


 一つの間違った判断で、全部壊れる。

 隊長ともなれば、その責任の大きさは比べものにならない。


 隊員全員の、命を預かるのだ。


 そんな大層な役目、自分にはできない。そうレーナは思っていた。


 ラウィとサッチの前では気丈に振る舞っていたが、レーナは内心怖くて仕方がなかったのだ。


 自分の隊に入ってしまったせいで、不幸な目に遭ってしまうのではないか、と。


「怖い、か。そうだろうな。そうでないと困る」


「……え?」


 ナダスの言葉に、純粋に疑問の声を漏らすレーナ。


「隊長という位。その責任の重さ。それをしっかりわかってる奴じゃないと、隊長なんて任せられない。レーナ。お前なら大丈夫だ。きっとできる」


 ナダスは、レーナのその柔らかい髪を撫でる。愛おしそうに。心の底から愛でるように。


 レーナは、自分の頬を覆うその大きな手を握った。そして、おずおずと、叱られるのが怖い子犬のような目で、ナダスに聞き返す。


「お母さんや隊のみんなが死んでから、ずっといじけてて、ほとんど任務もしなかった私でも……?」


「ああ。それはお前が命の尊さをしっかりと理解していたってことだろう? 何も責めるような事じゃない。ただ、そろそろ乗り越えてもらわないとな」


 目を細めて、レーナを見つめてくる。

 レーナは、そんなナダスに何も言えなかった。


 ナダスも、最愛の妻を亡くしているのだ。それにもかかわらず、総司令官としての職務を休む事なく続けていた。


 自分とは違って。


 アレスにも、大きな迷惑をかけてしまった。仲間を失った悲しみは、同じはずなのに。


 立ち直っていなかったのは、自分だけ。


 全く、嫌になる。どうして、こうも自分は弱いのか。


「わかり、ました……自信は無いですけど、できる限りやってみます」


「頼んだぞ。頑張って乗り越えてくれ。あいつらの死を、母さんの死を、お前から元気を奪う要因にしないでやってくれ」


「……はい。しかし……」


 レーナは、ナダスの手を握ったまま、彼の言葉を一つだけ訂正した。


「私は、みんなの死を乗り越えられるほど強くありません。背負っていきます。引きずりながら、それでもしっかり前へ進んでいきますよ」


 そのレーナの答えに、ナダスは、フッと笑う。


「それでこそ、レーナだ。優しいな。母さんそっくりだ」


 レーナも、ナダスに笑い返す。

 その手を、握ったまま。


 潰れてしまうほど、全身全霊の握力で。


 締め上げるように。


「レ、レーナ? あの、ちょっと痛いんですけど」


 ナダスは、自分の手を握りつぶさんと締め付けてくるレーナに、苦痛を滲ませた声で問いかける。


 レーナは、相変わらずの、もはや貼り付けたような笑みで口を開いた。


「それはそうと、サッチがお父さんのことをエロオヤジって言ってたんですけど、何か言い訳はありますか?」


 ナダスは、ぶっ! と思わず吹き出した。万力のようにギリギリと引き締めてくるレーナの小さな手のひらから逃げようと暴れるも、レーナは決して離さなかった。


 単純な戦闘力だけを見た場合、娘であるはずのレーナの方が圧倒的に上なのである。


 その華奢な体のどこからそんな力が湧いてくるのか、レーナの手は、ナダスの骨をミシミシと嫌な音を立てて軋ませる。


「い、いだだだだ! ま、待てレーナ。それはだな、その、何も覚えてなくて……」


 バシッ! と、気持ちいいほど快活な音が司令官室に響き渡る。レーナのもう片方の手が、ナダスの頬を張り倒した音だった。


「何も覚えてない!? 非礼にもほどがありますよ!」


「ひ、ひどいよレーちゃん……さっきまでのしおらしい感じは一体どこへ……?」


 ナダスは、娘に張られた頬を涙を浮かべて撫でる。その姿には、もはや威厳など欠片も見当たらない。


 ナダスは、重度の親バカなのであった。


「うるさいです! 娘と同年代の子になにをしたんですか!」


 レーナは、父親を尊敬している。先ほどのやりとりも、父親をより敬う事となった。


 しかし、それとこれとは話が別である。


「レーちゃん、勘弁してくれ! 本当に覚えていないんだよ!」


「だから、それならなおさら問題なんですよ! しかも、サッチすごく可愛くて大人びてる子でしたよ!? お母さんがいなくなったばかりだっていうのに、なにをしてるんですか! 全て白状して、お母さんとサッチに謝罪してください!」


「違うんだぁーっ!! 誰か説明してくれぇーっ! アレス! アレスーーーーッ!!!」



 ナダスの悲痛な叫びは、総司令官室から全く漏れることはなかった。

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