7-6 禍事はたとえ何処にでも
「全滅だと……? お前ら以外、全員……死んだ、のか……?」
「……あぁ、そうや」
アレスは声のトーンを落として、絞り出すように言葉を紡ぐ。
それが、彼にとってとても辛い過去なのは明白だった。
「アルカンシエルは、基本的に国家間の争い事には関与せん。未来の取引相手を減らすことに繋がるからな。その時も、ただの内乱の鎮圧任務やった」
「そんな奴らに、やられたのか?」
「……ハメられたんや」
アレスは、先ほどまで水の入っていた容器を持つ手をカタカタ震わせる。溢れ出る怒りを、必死で押さえ込んでいるようだった。
「その時ウチに依頼していたのは、セレニアって国や。国王に不満を持った奴らの反乱軍と、国王軍との戦いで、俺らは国王に依頼されて国王軍側につくことになった」
「……増援としてか」
「俺らも、そう思っとった。俺らとしても、契約している国の依頼や。断る理由もない。ウチの隊がそこに派遣され、反乱軍を相手に戦うことになった。それだけの、はずやった」
アレスは、本当に悔しそうに話す。その感情は、当事者でないサッチには到底理解しきれるものではないだろう。
「ロクな戦力のない反乱軍に勝ち目なんか最初から無いなんてわかってたんやけどな。任務を聞いた時から不思議に思っとったよ。明らかに過剰戦力や。自分達などいなくても事足りるだろうってな」
「じゃあ、何で……」
「……ワナやったんや。隊のやつが遺した、経過を記録した文書には、こう書かれとった。その戦場に、突然シュマンの奴らが大量に現れたってな」
「なんだって?」
その言葉に、今まで一度も口を開かなかったラウィが反応する。ラウィの姉をさらった組織の名だ。思わず飛びついてしまうのも無理はないだろう。
サッチも、シュマンという名は聞いたことがあった。これまた漠然としたイメージだが、アルカンシエルと同じように平和のための活動をしている組織のはずだ。
そして、二つの組織は敵対しているとも。
「まさか、シュマンに全滅させられたの?」
ラウィが眉をひそめてアレスに問いかける。その眼差しは、明らかに不快感が混ざっていた。
「その通りや……情けない話やと思うか? 遊撃の専門家として名を馳せていたウチの隊が、数の暴力で叩き潰された」
「……ッ」
「俺とレーナだけは、たまたま別の任務に就いとった。帰還して絶望したよ。数日前まで笑いあっていたはずの仲間が、一人残らず殺されてしまったって聞いたときはな」
アレスは、机に肘を乗せて手のひらを組むと、そこに額を乗せる。その表情は、彼の紅い髪に隠れて見えなかった。
その肩は、少しだけ震えていた。
「……セレニア王国は、シュマンと通じてやがったんや。アルカンシエルの戦力を削るために、依頼して呼び寄せた。俺らは、まんまとワナに引っかかったってわけや」
「……何で、やり返さないんだよ」
ラウィが、うつむくアレスに問いかける。その声は、怒りに満ち満ちていた。机をバン! と叩き、声を荒げた。
「何で! 仇を取ればいいじゃないか! シュマンにも! そのセレニアって国にも!」
「ラウィ。落ち着け。それは無理なんだよ」
サッチは、立ち上がったラウィをなだめる。
サッチにだってわかってしまった。
アルカンシエルは、報復することが出来ない。それは何故か。
簡単である。
「そんな事をすれば、アルカンシエルは信用を失う。セレニアってのは、かなりでかい国だ。アルカンシエルがセレニアに報復すれば、その噂は世界中に広がる。そうなれば、もうアルカンシエルはもう危険な存在と認知される。依頼も無くなれば、財源も無くなるんだよ」
「で、ても、先にやってきたのは向こうなんだよ!?」
「それでも、だ。シュマンになら別に報復してやってもいいかもしれねえが、何処にいけば会えるのか、お前にわかんのかよ? 五年間探し続けても尻尾すら掴めなかったお前に」
「……ッ!」
ラウィは、乱暴にその場に座り込んだ。まだ怒りが治まっていないようである。当然だ。自分だって、はらわたが煮えくり返っている。
自分やラウィでさえ、これだ。当事者のアレスやレーナは、どれほど苦しい思いをしているか、想像も出来ない。
「堪忍な。自分らに嫌な話をしてもうた。別に、これでとやかく言うつもりはない。話が逸れたな。とにかく、レーナ班が二人しかいなかったのは、そういうわけなんや」
アレスは、顔を上げて二人に笑いかける。無理やり作った、悲しそうな笑みだった。
「あ、レーナが隊長になったのはその時や。当時副隊長やったレーナが、隊長が殉職したことで繰り上がってな。だから、できればあいつには『隊長』とは呼ばんでやって欲しい。レーナって、普通に呼んでやってくれや」
「わかった。こっちこそ悪かったな、嫌なことを思い出させて」
「これは、知っておいて欲しい事やからな。それで、二つ目。これはレーナの個人的な事や」
アレスは、目尻に浮かんでいた少量の涙を親指で拭うと、続きを話す。
「またレーナの親のことなんやが、レーナには、チエルさんって母親がおったんや」
「……『おった』って、ことは……」
「そう、既に亡くなった人や。それも、隊が壊滅した数日後に、や」
「嘘……だろ……?」
サッチは思わず呟く。
サッチも、両親を亡くしているのだ。その辛さは痛いほどわかる。あれほどの悲しみを、レーナは隊が壊滅した直後に連続して味わったというのか。
「……病気でな。レーナとナダスさんに看取られながら、息を引き取ったよ。だから、いろんな事があり過ぎて、レーナはずっとふさぎこんどった」
「……」
「書庫に通えるくらい元気になったのは、実は本当につい最近なんや。だから、これ以上あいつを苦しませたくない。なるべくでいい。レーナの空いた心を、少しでも自分らで埋めてくれへんか?」
アレスは頭を下げる。
そんな事、頼まれなくたってやってやる。
自分は、ラウィというヒーローに救われた。
諦めていた未来に連れて行ってくれ、かつて憧れていたものに、もう一度挑戦する勇気をくれた。
なら、自分も誰かにそれをしてやらなければならないだろう。
「女にしかわからねえこともあるだろ? 任せとけよ」
サッチは、アレスの頭を軽く小突く。
その顔は、少しだけ笑っていた。
「ああ、頼んだで」
アレスも、ようやく普通の笑みを取り戻した。
そして、ふと席を立つ。
「俺はこれから、自分らがこれから暮らす事になる部屋の掃除と片付けをしてくる。その間、自分らはクルードストリートに行って色々生活に必要なもんを揃えとき。部屋には本気で何もないからな。場所は、その辺のやつに聞いたらわかるやろ」
そう言うとアレスは、食器を持って去っていった。
「雑なストリートねぇ……」
サッチは、その名前を思わず口に出す。
「どうしたのサッチ?」
「いや、なんか名前がうさんくせえと思ってよ」
ラウィは、エサの時間を再開していた。もはや冷え切っていて、美味しさなど欠片も無いはずなのだが。
「とりあえず、行くか。食い終わるまで待つよ」
サッチも、食事はとっくに終わっていた。
仕方なく、ラウィがゴミ処理を終わらせるまで待つ事にした。仕方なく。本当に仕方なく。別にこんな奴待たなくてもいいのだが、仕方なく。
ところが、この蒼い大食い野郎は、とんでもない事を口にする。
「いや、僕はいいよ。一人で行ってきたら?」
「……は?」
「欲しいものなんて特にないしね」
冷え切った生ゴミを頬張りながら、ラウィが言葉を紡ぐ。
それに対しサッチは、少し慌てて返答した。
「う、うるせえ行くんだよ! こういうときにいるモンなんて腐るほどあるだろうが!」
「え、そうなの?」
「仕方ねえからアタシが付いてってやるって言ってんだよ! お前は結構変なところあるからな! このアタシが見繕ってやる!」
サッチの言葉にラウィは、うーんとか唸りながら少しだけ考えるも、その答えはすぐに返ってきた。
「じゃあ、お願いするよ。ありがとう」
黒髪の乙女サッチは、小さくガッツポーズをした。




