7-5 レーナ班の光と闇
「では、隊の基本的な職務について話そうと思うんですけど……」
レーナが、席に着くなりそう述べるが、何だか言い淀んでいる。
彼女の目の前には、サッチと同じような健康的な料理が並んでいるのだが、それとあまりにも対照的なラウィのエサの山が気になって仕方ないようだ。
「レーナだっけか。悪いが慣れてくれ。ラウィの腹はイカれててな、多分コレを五杯は飲み込んじまう」
サッチは、少し苦笑いをこぼす。レーナも、少し引きつった笑みを浮かべながらも、把握したようだ。
「えっと、まず初めに言っておきますね。ウチの隊の構成員は、ここにいる四人で全部です」
「あ? そうなのか? でもさっき多いところでは五百人を越えるって、アレスが」
「そうですね。三番隊のことでしょう。あそこは大規模な戦闘などを得意としています。それに対して、ウチは少人数であることを活かした任務に就くことになります」
レーナは、料理を丁寧に口へ運ぶ。その仕草は気品にあふれており、サッチは少しだけ自己嫌悪に陥った。
というか、見れば見るほど、若いとサッチは思った。おそらく、自分とほとんど歳も変わらないだろう。なんなら、年下の可能性だってある。
その瞳は、あのエロオヤジと同じ薄い黄色であった。おそらく、神術師なのであろう。
サナほどではないが小柄で、童顔。女であるサッチですらそう思ってしまうほど華奢な身体は、あまり強くなさそうだと感じた。
もちろん、神術師の強さにガタイはあまり関係ないとはわかっているが、それでも思ってしまうほど、押せば壊れてしまいそうな印象を受けた。
「例えば、潜入任務。例えば、鎮圧作戦における遊撃隊。危険な任務もありますが、お二人とも、腕に自信はありますか?」
「まぁな。もしかするとアンタより強いかもな? ラウィもこれで腕が立つ。心配いらねえよ」
サッチは、若干棘のある言い方で言葉を返す。
この、お上品で華奢な隊長の方が自分よりも強いであろうことはわかっていたつもりだが、何というか、女性らしさという点でも負けている気がしたので、ちょっと噛み付いてしまった。
みんなで笑えるような人間関係。
サッチがそれを得るのには、まだまだ時間がかかりそうである。
「おいおい、サッチ。レーナは隊長なんやぞ? その辺の女の子と一緒にしたらあかんで?」
「ふふふ。頼もしいじゃないですか、アレス」
アレスがサッチを注意するも、レーナはそれを笑ってなだめた。
「ここでの生活に慣れるまでは、任務があれば私かアレスが呼び出します。それ以外の時間は、基本的に自由です。休養するなり、趣味に当てるなり、好きに過ごしてください」
「ま、初めのうちは修行してもらうことになると思うけどな!」
アレスが、頭の後ろで腕を組みながら、無駄にいい笑顔でそう発言する。
「修行?」
「そうや。あ、別に自分らの実力が足りない言うてるわけやないで? まだわからへんし。わからへんから、それを知っときたい。そのためや」
「……なるほどな」
サッチは、一応納得する。
自分も知らないことはたくさんあるだろうし、この際だから一から教えてもらうか。
珍しく、サッチは人から教えてもらうということを受け入れた。
ラウィの目的を達成させるためには、より強い力が必要だ。これからも、ベクターのような奴が立ちふさがって来ないとも限らない。
もっと、強くならなければ。
任務内容も護衛や討伐とくれば、実戦経験も積めてお誂え向きである。
「ごちそうさまでした。お先に失礼しますね」
さっさと完食したレーナは手を合わせると、食べ終わった食器を持って立ち上がった。
「あん? どっか行くのか?」
「お父さんに少し用があるんですよ。総司令官室に行ってきます」
レーナは何てことないように言ったが、サッチにとってそれは衝撃の言葉であった。思わず、眉間にシワを寄せながらレーナに聞き返してしまう。
「お前……あのエロオヤジの娘なのかよ」
「エ、エロ……!? ちょっと、お父さんに問いただす必要が出てきたようですね。では、二人の活躍を期待してますね」
そう言うと、レーナはスタスタとどこかへ歩いて行った。なんだか、若干怒っているようにも見えなくもなかった。
「ナダスさん……御愁傷様やで」
アレスが、水を口に含みながら、他人事のようにぼやく。
「ところでサッチ、レーナに親の事は禁句やから、これからはあまり話題に出さんで欲しいんやけど」
「あ? 何かあったのかよ?」
「まあ、よく聞く話や」
アレスは、汲んできた水を飲み干すと、器を机に置いて、話を続ける。
「レーナの親父さんは、ウチの総司令官ナダスさんや。だから、レーナがいくら優秀だろうと、親が優秀やから当たり前と言われてきた。他支部では、レーナが隊長職に就いたのは親のコネだと噂する輩までおったらしい。レーナはまだ一度も入れ替え戦をしとらんから、しょうがない話ではあるんやけどな」
「……」
「でもそれが、レーナには苦痛で仕方ないんや。隊長である前に、多感な時期の女の子やからな。やから、自分らには絶対そんな事を思ってほしくない。レーナは、ちゃんと相応の実力と実績を評価されて今の立場におるんや」
「……肝に銘じておく」
サッチは、先ほどの態度を少し反省した。
よく考えてみれば、当然なのだ。
隊長の序列が純粋な実力で決められる以上、七百を超えるという全部隊長の半数以上を凌ぐ力が、レーナには秘められているということである。
くだらない意地なんかでレーナに嫌な態度をとってしまった。悪い癖だ。
「せやからレーナは、総司令官としてやなく、親としてナダスさんの話題を出されると少し機嫌を損ねてまう。親娘の仲は悪くないんやけどなー」
アレスは、椅子を後ろに傾けながら、高い高い天井を見上げてそう呟いた。
そして、何を思ったのか、傾けた椅子を戻し、ふと真面目な顔になって二人を見る。
「……ついでに、話しておくで」
「何だよ?」
「疑問に思わへんかったか? レーナ班の人数の少なさに。何で自分らが来る前までは、俺とレーナの二人だけやったのか、って」
「……確かに」
言われてみれば妙である。
潜入。遊撃隊。確かに、多数の人間はいらないような内容ではある。
だが、別に大人数の隊だって、それをこなせないわけじゃないはずだ。
絶対に隊の全員が同じ任務に就かなければならないことなんてない。
その大人数の中の、数人だけが任務に当たることだって出来るはずだ。
しかし、レーナ班はわざわざそれを主な任務としている。
違う。
きっと、それしか出来ないのだ。
少人数であるが故に、少人数で行うような任務しかこなせない。
確かに、それのみを専門とした部隊があってもいいだろう。だが、二人ではいくら何でも少なすぎる。出来ることも限られてくるだろう。
そんな使い勝手の悪い隊が存在していること自体が少しおかしいのだ。
「自分らはレーナの隊に配属された。なら、知っておかなきゃならんことが二つある。心してきいてくれや」
アレスのその真剣な眼差しに、サッチは思わずラウィを見やる。
この食欲バカは、アレスの言葉なんか無視して食い散らかし続けるのかと思っていたが、ピタッとその動きを止めてアレスを見つめていた。
流石に、アレスが醸し出す空気を感じ取ったようだ。
(腐ってもヒーローってとこか。ギリギリのところで分別がついてやがる)
サッチは、人知れずラウィを評価する。
サッチとラウィが口を閉じたのを見計らって、アレスがゆっくりと続きを口にする。
「まず、一つ目」
アレスは、人差し指を立てた。
「ウチの隊はな、二ヶ月前、俺とレーナを除いて全滅したんや」




