7-4 アルカンシエルという組織
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結論から言えば、問題は無かった。
見世物にはなってしまっているが。
「なんだよあの蒼い子、すげえな……」
「今日入った新人だとよ。また面白いのが入って来たな……」
「あれ注文するやついたのかよ?」
周りからはちらちらと物珍しげに見られているが、ラウィはそんなことは気にしていない様子だ。
ラウィとサッチは、食堂のとある一角で座っていた。
どうやら、アルカンシエルに所属している以上、好きなだけ料理を注文できるようだ。
アルカンシエルへは、その仕事や功績への恩赦として、沢山の村や国から農作物などが納められるのだとか。
よって、ここでは食に困らない。タダで飯にありつける。
(だからと言って、あれはねえだろう……)
黒髪少女サッチは頭を抱える思いで、本当に嬉しそうな表情の蒼い少年、ラウィを見る。
ラウィは、食堂の入り口で大々的に宣伝されていた『究極の超大盛り胃袋破裂丼』とかいうわけのわからない料理を注文していた。
もはや、注文を受けた料理人らしき人でさえ冗談だと受け取っていた。どうやら、話のネタにするためだけのものだったのだろう。
しかしその料理人は、ラウィが本気だと悟ると、武者震いのような笑みを浮かべて調理にかかっていた。馬鹿である。
そしてラウィは、意味がわからないくらい大きな器に山のように盛られたソレを持って来やがったのだ。
「おおーっ! ラウィ、あの大食いメニューを頼んだんやな! よし、今度俺と大食い勝負でもするか!?」
遅れてやってきたアレスが、ラウィの眼の前にそびえ立つエサを見てはしゃぐ。そして、無謀にも勝負を仕掛けようとしているアレスを、サッチは冷静に引き止めた。
「やめとけアレス。アレは、食欲のお化けだ。人間が勝てる相手じゃない」
しゅん、と気を落とすアレス。だが、あんな食欲魔人に挑んだのでは、胃袋がいくつあっても足りない。
これでいいのだ。というか何なんだどいつもこいつも。流行っているのか、大食い勝負。
「さて、レーナが来るまで待てへんみたいだし、先に食っちまおうか」
席に着いたアレスが、例の丼を凝視するラウィを見てそう提案する。ラウィは、待ってましたとばかりに目の前の塊に食らいついた。
「いただきます!」
ラウィは、もはやエサと化したモノを貪り始める。
それを呆れるような目で見ながら、サッチも『料理』を食す。そのまま、アレスに問いかけた。
「なあアレス。そもそもよ、アルカンシエルってどんな組織なんだ?」
「なんや、自分らここが何をしてる組織なのか知らずに来たんかいな?」
サッチはコクンと頷いた。
ラウィは、ここは姉を誘拐したシュマンと呼ばれる組織の敵対組織という認識でしかなかったようだし、サッチ自身も詳しくは知らなかった。
漠然と、なんか平和のために動いている、くらいにしか把握していない。
「おい、ラウィもちゃんと聞いとけよ」
サッチの言葉に、ラウィはエサを頬張りながら左手で親指を立てた。本当に聞く気があるのかお前は。
そして、アレスが話の続きを口にする。
「うーん……せやな。まず、アルカンシエルには、二つの顔がある。一つは、簡単に言えば世界の何でも屋さんってとこやな」
「世界の何でも屋、だと?」
「そや。例えば、危険生物の駆逐や要人の護衛。そんな重要なモンから、掃除や子守まで。落し物探しなんてのもあったな。そんな様々な依頼を世界中から受けつける何でも屋さんや」
「はぁ? アタシは嫌だぜそんな雑用。やってられるか」
サッチは、赤や黄色といった色とりどりの野菜を口へ運びながら不満そうに声を漏らす。
そんなサッチの言葉に、アレスは笑いながら返答した。
「ははは。お嬢さんやなぁ。心配せんでええよ。掃除とかそういうのは、かなり下の方の隊の仕事や。神術師にそんな仕事させるわけないやろ」
「信用してもいいんだな?」
サッチは、本当に嫌そうにアレスに聞き返す。『蝉』として二年間を過ごす前までは、サッチは村一番の大地主の一人娘だったのだ。
雑用など、やったことがなかったし、やろうとも思わなかった。親には怒られていたが。
また、サッチがアルカンシエルへ来たのは、ラウィの『姉を探し出す』という目的を助けるためである。
そんなしょうもない仕事をやっている暇など無いのだ。
「さっきも言うたけど、ウチの隊は組織全体で見ても、真ん中より上や。そんな雑用は滅多に回ってこーへんよ。安心せぇ」
アレスは、焼かれた分厚い肉を大きな口を開けて頬張る。アレスもアレスで、ラウィには及ばないもののかなりの大食漢のようだ。
その肉を噛みちぎり、咀嚼して飲み込むと、アレスは続きを口にする。
「それが、アルカンシエルの主な収入源や。依頼達成の報酬もそうやし、そもそも依頼をするためには、村や国がウチと契約しとらんとあかんのや。んで、そこには契約料を払ってもらっとる」
「ああ、農作物とか納められてるらしいな。さっき料理長から聞いた」
「そや。アルカンシエルはほとんどそれで成り立っとる。まあ、こっちは財源を得るためにやっとる形やけどな」
「もう一つは?」
サッチが、暖かいスープを飲みつつ問いかける。
「さっきの話とまったく無関係ではないんやけど、ウチの本当の目的は、種族の管理。秩序の安定化や」
「なんか一気にキナ臭くなりがったな」
「まあそう言うなや。危ない種族がおることくらいわかるやろ?」
サッチは、かつて自分の村がゴブリンの大群に襲われたことを思い出す。
ベクターに操られていたとはいえ、確かに危険な生物ではあった。なるほど。
「人間。亜人。獣人。ゴブリンに、トロール、オーク。他にもドワーフや、ヴァンパイアなんて種族もおる。希少な種族まで数えたら、キリがない。そいつらが無秩序に暴れ回らんようにするのが、アルカンシエルの真の目的や」
「どうやって抑え込むんだ?」
「簡単に言えば、力づくや」
アレスが、シンプルに答える。
「ウチの組織図の話をしようか。一番上に、総司令官のナダスさんがおる。これはわかるな? で、その下に、一番隊、二番隊……って感じに隊が存在しとる。一番下は……七百いくつまでおったかな。細かい数字は忘れてもーた。変動もあるしな」
「へぇ」
サッチは、ふと気になってラウィをチラッと見やる。彼は、積み重ねられた汚い塊を黙々と食していた。
(……しょうがねえ奴だな。あとで教えてやるか)
一つ、小さなため息を零す。
「それで、一つの隊には大体何人くらい所属してんだ?」
「隊によるとしか言いようがないな。多いところでは五百人を有する大隊だってあるで」
「その番号は? どうやって決まるんだ?」
「何番隊ってのは、単純や。その隊の隊長の強さの順や。色々な条件はあるが、ナダスさんが許可してたまに番号の入れ替え戦が起こる。隊長同士の決闘によってな」
アレスは、ふと席を立つ。器を持ってどこかへ行ったと思うと、水を汲んで帰ってきた。
「話の途中で急にどっか行くんじゃねえよ」
「堪忍な。喉渇いたんや」
アレスは、汲んできた水を口に含むと、話を再開する。
「そんで、このシステムのせいで、最上位の隊長たちはほとんどバケモンや。勝ち上がってきた実力者やからな」
「なるほどな。実力主義か。力づくって、そういうことかよ?」
「察しがええな。その通り。例えばゴブリン。こいつらは一応言葉は話せるが、知能が低い。言葉で話してもわかってくれない。だから、力で押さえつけるんや」
確かに、並の人間からしたらゴブリンは脅威かもしれない。
しかし、ラウィやサッチなど神術師にとって彼らは、もはや敵ですらない。
つまり。
「上の番号のやつには、逆らえない、と」
「そうや。上の隊長とは、つまり自分より強い存在。知能が乏しい種族でもわかるような単純な制度や」
自分たちより強い輩がいることだけがわかれば、ゴブリンなども暴れはしないということか。
力で押さえつけているだけでは不安だが、単純な種族だからこそ、その効果をより発揮するのだろう。
気性が荒い奴が多いことで有名な獣人が普通に歩いていたのは、つまりそういう事だったのだ。
「そのために、世界中に広がるそれらの種族を、ウチの傘下に入れる。本部はここやけど、そいつらを常に監視するために色んなところに支部がある。もちろん、そいつらにも何番隊とか番号が割り振られてるで。でないと、イマイチ理解できない奴らも出てくるからな」
アレスは、人の頭ほどもある巨大な麺麭を頬張りながら続ける。
「その種族の発見と、それを管理下に置くのが上位の隊の仕事や。まあ、ウチはそんな事はあんませんけどな。詳しくはレーナから話されるやろ」
「そうか。ところで、ここは何番隊なん――」
サッチはもう一つ尋ねようと口を開いたが、被せるように発せられたその声にかき消された。
「すいません、お待たせしました」
隊長のレーナが、その長いクリーム色の髪をなびかせてやってきたのだ。




