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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 1. 老後の楽しみはありますか?
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1-3 特訓と豹変

 

 ラウィは、草原を、カルキの後ろをついて歩いていた。覚えるのではなく、実際にやってみる。そのために必要なことでもあるのだろう、ラウィは特に何も考えずに草を踏みながら歩を進める。


 気持ちのいい風が頬を撫でる。


 ラウィがあたりをキョロキョロ見回す中で、気づいたことがある。

 この草原には、果てがあるのだ。

 ぐるっと一周囲うように、高い崖が反り立っている。この円形の土地の端から端までは、歩けば半日は過ぎてしまいそうなほど離れている。高さは、崖がまだ遠いので何とも言えないが、少なくとも登れるような高さではなさそうだ。


「ねぇ、カルキ」


 ラウィは、歩きながらカルキに問いかける。


「なんじゃ?」


「ここは一体なんなの? こんな所、あの森の周辺には無かったはずだけど?」


 ラウィは、広大な森の中にある、五年前まで自分と姉の家があった場所の近くで気を失った。

 介抱するために、カルキが一人でそこからラウィを運んだであろう事を考えると、この草原はそこからそう遠くない位置にあるのが自然だ。


 しかし、旅をしていた時はもちろん、家が壊される前にも、こんな場所は来たことがなかった。


 だから、気になったのだ。何てことはない。ただの疑問だ。


「お前さん、あの森に詳しいのかい?」


「まあ、それなりには」


「そうか。まあ気付かぬのも無理はない。ここは、山の中心に存在する空間じゃからな」


 ラウィは、カルキの発言に心底驚く。


 山の中心? 確かに、自分と姉が住んでいたあの家の近くには、大きな山があった。

 その中心に、まさかこんな草原が存在していたとは。

 確かに、頂上まで登ったことは無かった。危険だからと、姉に止められていたからだ。


 頂上まで行けば、この空間を見つけることができたのだろう。

 頂上から、この草原へ飛び降りるわけにはいかないが。


「お前さんが気絶した場所の近くには川があったじゃろう?」


 こくり、と頷く。

 ラウィは、魚を神術で捕まえたことを思い出す。


「滝がある所だよね?」


「そうじゃ。その大きな滝。そのすぐそばに、人が通れるほどの大きな穴がある。そこを通ると、ここにたどり着くんじゃよ」


 知らなかった。

 ラウィは、川など五年前までは毎日来ていた。

 水汲み、洗濯、ただ遊ぶため。

 でも、気づかなかった。

 滝壺で泳いだことだってあるのに。


「まあ少し高い位置にある。下からは見えぬようになっておるから、気づかなくても無理はない……と、ここじゃ」


 カルキが立ち止まる。


 目の前には、小さな池があった。

 水は、透き通るように綺麗だ。小さいが、様々な生き物も生息しているようだ。なんだか神秘的で、とても清らかな場所に感じた。うまく言えないが、聖なる場所、とでも表現できる。


「ここで、お前さんには神術膜の修行をしてもらう」


「神術膜?」


「まあ、知らんじゃろうから、説明するぞ?」


 カルキは足元にある小石を拾って、


「例えば、じゃ。この小石を、神術玉とするぞ。あの中年が放った球のことじゃ」


 紫の瞳の奴隷商人が、ラウィに向けて放った、紫の球。神術玉。

 思い出しただけでも、ラウィは身震いしてしまう。


「これを、投げると」


 カルキが力強く小石を投げる。

 小石は、そのままの勢いで飛んでいき、やがて地面に落ちて、草に隠れて見えなくなった。


「どう思ったかの?」

「え?」


 突然のカルキの質問に、動揺するラウィ。


「え、えっと?」


「ははは。冗談じゃ。今のでわかるとは思っておらん。ほれ、次じゃ」


 カルキはまた小石を拾い上げ、今度は池に向かって小石を投げ込んだ。


 カルキから放たれた小石は、空中では勢いを保ったまま進んでいたが、池に飛び込んだ瞬間。それまでの勢いが殺され、ゆっくりと底へ沈んでいった。


「さて、わかったかの?」


「……わかったよ、カルキ」


 カルキは小石を、あの神術玉だと思えと言った。その小石が、池の中に投げ込んだときは威力が弱まった。と、言うことは……。


「神術師は、あの球からのダメージを軽減、いや、そもそも、敵からの神術での攻撃自体を軽減する事ができるってことかな?」


「その通りじゃ。ラウィは思ったより頭がいいんじゃな」


「思ったよりってなんだよ!」


 そう、単純に考えれば、神術玉の威力を弱めるだけ。そう取れる結果だが、神術師の攻撃手段はそれだけではないことはわかっている。


 神術玉は避けるのがベストではあるだろうから、神術師の他の攻撃も軽減できるとラウィは考えたのだ。


「神術膜とは、この池の水のように、敵の攻撃を軽減する技術なんじゃよ」


「なるほど」


「ちなみに、神術膜はあくまでダメージを『軽減する』技術じゃ。あの中年が放った程度の弱い神術玉だろうと、まともに食らえば四肢は弾けとぶじゃろう。過信はするなよ」


「え?ちょ、ちょっと待って」


 ラウィは、紫の瞳の奴隷商人から、紫の球、神術玉を受けた。直撃したはずだ。

 だからこそ、あそこまで吹き飛ばされ、昏倒したのだ。

 だが、結果自分は五体満足で生還している。

 カルキの発言は、矛盾してはいないか?


「察しがいいの。あれは中年の神術玉に、ワシの神術玉を当てて威力を相殺しただけじゃ。少々威力の調節に失敗して、お前さんを吹き飛ばしてしまったがの。それは本当にすまないと思っておる」


 カルキは申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


 すまない? とんでもない。

 カルキが奴隷商人の神術玉に真っ向からぶつかってくれなければ、自分はバラバラになって死んでいたのだ。


「カルキ、ありがとう。改めてお礼を言うよ」


 本当に世話になりっぱなしである。


 命の危機を救ってくれ、傷の治療を施してくれ、あまつさえ、同じような目に遭わないようにこうして色々と教えてくれているのだ。


「ははは。お前さんのような若者が元気に生きてくれることが、この老いぼれの願いじゃからな。さて、ラウィ。これからお前さんには特訓をしてもらう。覚悟はいいな?」


「うん。もちろん」


 カルキの気持ちを無駄にするわけにはいかない。

 どんな辛い特訓だろうと、乗り越えてみせる。


 そう意気込んだラウィだったが、


「よしラウィ。まずは服を脱ぎなさい」


 カルキの一言に、肩透かしを食らってしまった。


「え……? え!?」


「何をしとるんじゃ。早くしなさい。どうしても嫌だというなら、下着は履いたままで構わんぞ」


(……しかも全裸にさせるつもりだったの?)


 どうやら、カルキは本気らしい。仕方ない。

 ラウィは疑問を残しながらも、衣服を脱ぐ。

 脱いだ服は、簡単に畳んでその辺に放り投げだ。


「お前さん、案外がっしりしておるんじゃな」


「まあ、外は結構危ないからね。体くらい鍛えておいた方が良いかなと思ってさ。それで? この後何すれば良いの?」


 カルキを急かすラウィ。

 青々と生い茂った草原に囲まれていては忘れそうになるが、まだ冬が明けたばかり。

 端的に言えば、寒かった。


「服を脱いだのは、自分の身体をしっかりと認識するためじゃ。これからお前さんには、神術膜を体に纏ってもらう」


「体に、纏う?」


「そうじゃ」


 カルキはゆっくりとラウィへと手を伸ばす。

 そして、手のひらをラウィへ向けながら、


「今からお前さんに、神術の力の源……神力と呼ばれるものを流し込む。お前さんはこれを遮断しなさい。イメージするんじゃ。神力を遮る膜が自分の表面に存在することを」


「うーん……よくわからないけど、とりあえずやってみるよ」


 足を少し開き、お腹に力を込める。息を少し吐くと、カルキに目線で合図を送る。


「では、行くぞ。集中しなさい」


 カルキの手のひらが、ラウィの肩に触れる。

 結果から言えば、一秒と持たなかった。


「がぁぁぁぁぁぁああああああッッッッッ!?」


 激痛。全身を襲う爛れるような高熱。まるで、カルキに触れられている肩から、煮えたぎったお湯が体に流し込まれているみたいだ。


「と、止めて! 一旦止めてぇぇぇ!!」


 ラウィは思わず叫ぶ。

 しかしカルキは、真剣な眼差しで自分を見ている。その橙色の瞳は、訴えていた。


 ――やり切れ、と。


 逃げ道などなかった。

 一度覚悟したなら、やるしかなかった。


(遮断しろ! 遮断しろ! コレ( ・・)を通すな! 出て行け! 出て行けよ!!)


 今自分を襲っている、殺人的な熱さ、痛みからの解放を渇望するが、それらは一向に引く気配が無い。

 ラウィは、むしろ強くなってさえいる気がしていた。


 あまりの傷みに、危うく意識を手放しそうになる。拳を握り、必死に気を保つ。呼吸すら忘れてこれらに耐える。

 額からは汗が噴き出し、血が登って真っ赤になっていた。


 やがて、カルキから声がかかる。


「……限界じゃな」


 カルキがラウィの肩から手を離すと、それまで襲っていた熱さ、痛みがすっと引いた。

 ラウィは、思わずその場に座り込む。


「はぁ……はぁ……くっそー。ダメだったかー。カルキ、もう一回挑戦する前に、少し休ませて……」


「休む必要など無いぞ」


「え?」


 休憩なんていらない。そんなことをしている暇があったら、修行しろ、ということだろうか。

 さすがに、それはきついとラウィは思った。


 ところが、どうやらそういうわけでは無かったようだ。


「もう一度やる必要も無い。いやーたまげたわい。まさか、たった一度の訓練で神術膜をマスターするとは!」


 カルキは、老人とは思えないほど無邪気な笑みを浮かべながら、


「初めてじゃよ。こんなに短期間で習得したのは。お前さん、本当に神術膜は知らなかったんじゃよな?」


「う、うん、知らなかったよ……ねえ、カルキ。今僕ものすごく痛かったんだけど……本当に出来てたの?」


 ラウィは、カルキから神力というものを流し込まれている間、常に激痛に襲われていた。

 遮断など、微塵も出来ていなかったように思う。

 それなのに、本当に神術膜を使えていたのか、疑問である。


 そんなラウィの質問に対し、カルキは少し呆れ気味に、


「言ったじゃろう、ラウィ。神術膜とは、神術師の攻撃を軽減するものだと。今、ワシは最終的にはかなり本気でお前さんに神力を流し込んでいた。生身なら、手足の二、三本弾け飛んでいたじゃろうな」


 それでも、とカルキは一度区切って、


「お前さんは耐え切った。当たり前じゃ。神術膜が完璧に展開されておったのじゃから。まさか、本気を出す羽目になるとは思っておらんかったわい」


 確かに、体が破裂してしまうほどの攻撃が、「痛い」で済んでしまうのは驚異的である。

 そんな芸当が出来るようになる、神術膜を教えてくれたカルキには、本当に頭が上がらなかった。


 しかし、それならそれで、ラウィにはどうしても腑に落ちないところがあった。

 それは、


「でも、一旦止めてくれても良かったんじゃ無いの!? それに、わざわざ本気出さなくてもいいじゃんか! めちゃくちゃ痛かったんだから!」


「ははは。すまんのう。一旦止めてしまうと、どうしても二回目以降も中断が頭によぎってしまうじゃろう? 本気を出したのは、慣れないうちに高レベルな事をすれば後が楽だと思ったんじゃ。もちろん、お前さんのか神術膜の完成度を見て、耐えられると確信は持っておったよ」


 カルキの話を聞くと、ラウィは体を地面に預ける。

 とりあえず、あの痛みをもう経験しなくていいと思うと力が抜けてしまったのだ。

 身体中が汗だくだ。疲労感もすごい。


 そんなラウィの様子を見て、カルキが口を開く。


「さあ、特訓は終わりじゃ。ラウィ、そこの池で水浴びをしてきなさい。汗だくでは気持ち悪いじゃろう? それに、その池の水には疲労回復の効果もある」


「ん……わかった」


 ラウィはふらふらの体を起き上がらせると、唯一身につけていた下着も放り捨て、底が見えるほど透き通った池に飛び込んだ。


(うわ……何これ、すごい)


 すごい。そうとしか形容できなかった。

 ラウィが水の中に体を沈めた瞬間、冷たい水が全身の疲労を吸い取ってくれているようであった。

 息を吸えば、空気が体の隅々にまで行き渡り、力が漲る。

 ほんの数秒で、先ほどまでの倦怠感は嘘のように吹き飛んでいた。


 だが。


「へっくし!」


 寒かった。

 池に入るまでは、汗だくになる程身体中が火照っていたが、回復したラウィには、ただの冷たい水でしか無くなっていた。


 すぐに池から上がり、五年前に家の残骸から持ち出しておいた大きめの布で体を拭く。

 服を着ると、あることに気が付いた。


(あれ? カルキはどこへ行ったんだ?)



――不意に。


 背筋に悪寒が走った。


 ラウィは咄嗟に前へ飛び込んだ。わかっていたわけではない。ただ感じた身の危険に、直感が体を動かしたのだ。


 直後。ラウィが今まで立っていた位置に、大きなくぼみが出来上がった。とてつもない衝撃に、地面が陥没したのだ。


「な、何だ!?」


 ラウィはすぐさま転がり起きると、地面を凹ませたモノを確認する。


 それは、


「ほぅ……よくわかったの。さすが、と言ったところかね?」


 ラウィの命を救い、これからもその命を取りこぼさないよう指導した、橙色の瞳を持つ老人、カルキ=ワズラットだった。


「カルキ!? 何するんだよ!」


 思わず叫ぶ。


 訳がわからなかった。

 これは訓練ではない。カルキから、混じり気のない殺意を感じる。

 ついさっきまで、自分の身を案じて色々教えてくれた老人からの、突然の攻撃。


 ラウィが混乱していると、カルキから衝撃の言葉が発せられた。


「ラウィ。お前さんを強くしたのは、心配したからではない。本当は、ワシの暇つぶしに付き合ってもらうためだったんじゃよ」


 カルキは、地面から拳を離す。

 地面を殴っただけで、ここまでの衝撃を与えたカルキに、ラウィは戦慄しながらも聞き返す。


「暇つぶし、だって……?」


「そうじゃ」


 カルキは、ゆっくりと両手を広げながら、


「ワシはこの草原をずっと守っておる。しかし、ここには人が全く来ない。暇なんじゃよ。だから、お前さんを連れ込んだ」


「まさかそのために、あの奴隷商人に、僕を襲わせたの?」


「ん? ああそれは違う。ワシは関与しておらん。お前さんを助けたのは、あの中年よりお前さんの方が強くなりそうだったからじゃ」


 カルキは、少し重心を落として、トントンと軽やかにステップを踏む。ラウィとの間の距離をはかっているのだ。

 一瞬も気を緩められなかった。

 ラウィも、すぐに足が動くように警戒する。


「まあそれは良いじゃろう。死にたくなければ、かかってきなさい。何のためにこの池まで連れてきたと思っておる」


「暇つぶしに付き合わせるために、神術膜の特訓後に疲れを癒させるため、ってことか」


「それもあるが、もっと大きな理由がある。お前さんならわかるじゃろう?」


 カルキの足が止まる。あと数秒もしないうちに、飛び出すつもりだ。


「神術膜をわかりやすく例えるため。その特訓の疲れを癒すため。そしてなにより、お前さんに大量の水を用意するためじゃ。自分で水を作り出すことは出来んのじゃろう? だから、用意してやったぞ。さあ! ラウィよ。感謝しておるのなら、ワシを楽しませておくれ!!」


カルキが、地面を蹴った。

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