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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 6. 二人のヒーロー
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6-7 その一歩を踏み出して



 ――


 サッチは、自分を小馬鹿にしやがったバカ三人を追いかけて土下座させたあと、もはや大食い会場となっている一画に戻ってきていた。


 轟々と燃え上がる巨大な火柱に背を向けて、一心不乱に目の前のモノを飲み込んでいくラウィを、呆れ果てる思いで見つめる。


 聞けば、なんと既に挑戦者を三人も返り討ちにしているらしい。


(いくらなんでも、食いすぎだろうがよ)


 思わず苦笑いが滲み出る。

 確かにラウィは三日間ずっと寝ていたため、何も口にしてはいないが、それにしたってキチガイ染みた食べっぷりである。


 その後もサッチはそんなラウィの勝負を観戦していたが、結局、祭りのために用意された食材を全て食べきるまでラウィの破滅的な暴食は止まらなかったようである。


 未だに、デザートは無いのかとかふざけた事を言っているラウィにサッチは近づき、彼に話しかけた。


「よお、満腹野郎」


「あ、サッチ。どうしたの?」


 サッチの声に反応して、笑顔のままこちらを向くラウィ。彼の口周りは、油でテカテカに光っていた。

 その口内には、まだ食べかすが残っている。ふざけるな。見せるんじゃない。


「とりあえず、口拭け。汚ねえツラこっち向けんな」


 サッチはぶっきらぼうにそう言うと、たまたま持っていたちり紙をラウィに手渡す。


 それを受け取って面倒くさそうに口を拭くラウィ。

 その光景を見て、ラウィが使った食器などを片付けていた村人の一人が、口を開いた。


「あ、俺邪魔かな? すまん。ごゆっくり」


「ぶっ殺すぞ!」


 またも斜め上の気遣いをしてきやがった村人に、睨みをきかすサッチ。


 一目散に逃げていった村人を確認するとサッチは、ラウィの隣へ少女とは思えないほど乱暴に座り込んだ。


 そんなサッチの様子に、少し違和感を感じたのか、ラウィが眉をひそめて心配そうに声をかけてくる。


「どうしたの?」


 少しの間があく。サッチは言うか言うまいか逡巡したが、ここまで来て何を躊躇っているのだ、と自分を鼓舞する。重い口を開け、ゆっくりと、その小さな口が音を紡いでいく。


「……あのさ」


 サッチは、ラウィの蒼い瞳をしっかりと見つめた。



「アタシも、アルカンシエルに着いて行っていいか?」



「……どういうこと?」


 ラウィは目を細める。サッチの意図をはかりかねているようだ。


 サッチは、絞り出すように声に出す。自分の正直な気持ちを。かつて憧れたヒーローと重ねてしまう、目の前の蒼い少年に。


「……お前は、アタシを救ってくれた。でも、アタシは何もお前に返せちゃいない。姉ちゃんを探すんだろ? それを、アタシにも手伝わせくれ」


 それに対し、ラウィは全く考えるそぶりも見せずに即答してきた。


「いや、いいよ。別に見返りを求めてやったことじゃないし。気にしないで」


「そっちが気にしなくても、こっちが気にすんだよ。いいから、お前のこれからに、同行させてくれ。お願いだ」


 ラウィは、サッチの真剣な頼みに、今度は少し思案をするように顎に手を当てがって視線をそらす。


 そして、その視線はすぐに自分の方へ向き直される。


「そう言われると、断る理由はないね。じゃあ、よろしくサッチ。ありがとう」


 ラウィの返答を聞いたサッチは、安心したような、ほっとしたような、嬉しいような、とにかく色んな正の感情が混ざりあった晴れやかな表情で口元を緩ませる。


「乙女だねぇー」


「――!?」


 サッチは、不意に聞こえてきた声に、思わず自分の周辺を見回す。


 気づけば、数人の村人たちがサッチとラウィの二人を囲うように立っていた。相変わらずの悪い笑みで、次々にサッチを冷やかしてくる。


「サッチちゃーん。顔が赤いよー? そんなに幸せなのかなー?」


「うるせえな! あのクソでけえ焚き火のせいだろ! お前らいちいちニヤついてんじゃねえぞ!!」


 サッチは村人たちに怒鳴り散らすも、彼らは全く意に介す様子もなく、ヒューヒュー! とか言いながらサッチを煽り続ける。


「でも、この子と一緒にこの村(ここ)を出て行くのは合ってるだろ?」


「……そうだけどよ」


「おいみんな、サッチはやっぱりこの蒼い子に着いて行くってよ!」


「やっぱりってなんだこの野郎!」




 ――



 その頃、サナは少し離れた場所で、その騒がしい光景を眺めていた。隣では、兄のドーマが座っている。

 二人して、サッチの微笑ましい足掻きをほっこりしながら楽しんでいた。


「アタシはただこいつに借りを返しに行くだけで……!!」


 サッチがまだ何やら言い訳じみた事を叫んでいる。そんな彼女を、頬杖をついて遠目で見つめた。


「まったく。素直じゃないなぁ」


 サナは、少しため息をつく。どこからどう見ても、ラウィに好意を寄せているサッチの必死の抵抗に、呆れ半分、面白半分と言ったところか。


 そして、サナはドーマへ、ふと気づいた事を口にする。


「ねえお兄ちゃん。あの子、『俺』って言わなくなったね」


「そうだな……『アタシ』、か。自分を守ってくれる存在が現れて、アイツの中の何かが変わったのかもな」


 ドーマは、まだサッチの事を名前で呼んではいかった。呼べないのだ。


 ドーマは、純粋なヒーローをしていた頃の彼女を知らないのだから、無理もない。


 その後、二人は黙ってサッチのやかましいやり取りを見ていたが、ふとドーマが肩を叩いてくる。サナが視線を向けたその顔は、神妙にかしこまっていた。


「なあ、サナ。言わなきゃならないことがあるんだ」


「んー? なぁに?」


「親父のことだ」


「……!」


 二年前。羽化の日の直後にドーマから、旅に出てしまったと聞かされていた、大好きな父親の行方。


 ドーマは言葉を選ぶように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「あの時、旅に出て行っちまったって言ったけどよ、実はな、サナ。親父は……」


「言わないで、わかってるから」


「!?」


 サナは、歯切れの悪いドーマの発言をぶった切る。そして、思わず滲んできた涙とともに、ドーマへ問いかける。確認する。


「お父ちゃんは、『とても遠いところ』に行っちゃったんだよね……っ?」


「……ああ」


「大丈夫、なんとなくわかってたから。その嘘が、お兄ちゃんの優しさだってのも、わかってるよ」


 気づいてしまった真実。気づかないフリをしていた過去。気づいてはいけなかったはずの答え。


 愛する父親の、死。いつからかそれを理解していたサナは、ゆっくりと、時間をかけて、克服していたのだ。


 ドーマを、心配させないように。


「……悪い。気を使わせたな。村はずれの墓地に墓がある。明日にでも行こう」


「ねえお兄ちゃん。サッチとラウィも、連れてっていいかな?」


 サナは、ドーマへそんなことを提案した。


 この村を救った二人のヒーロー。


 お父ちゃんがいなくても、お兄ちゃんや、こんな素敵なヒーローが私を守ってくれたよ――


 そう、父親に伝えたかった。


「ああ。あいつらもきっと来てくれるよ」


 ドーマは、優しい笑みでそう呟く。その瞳は、ギャーギャー騒いでいる黒髪の少女と、その隣で彼女をなだめる蒼い少年を見つめていた。


 サナも涙を拭ってそんな二人を見つめ、そして心の中で彼らに語りかけた。



(本当に良かったね、サッチ。そして、ありがとう、ラウィ)




 夜が更けていく。



 平穏を取り戻した村は、いつまでも、いつまでも賑やかに笑っていた。

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