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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 6. 二人のヒーロー
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6-6 蒼い少年は健啖家



 そのあとラウィは、特にやる事もないのでそのまま布団で横になって、陽が落ちるのを待つことにした。


 本当なら、怪我が治ったらすぐにアルカンシエルへ向かいたいところだが、あの衝撃的すぎる鍋の味が忘れられなかった。


 もう一晩くらい良いだろうと、わがまま少年ラウィは自分の欲望に忠実な判断を下したのだ。



 そして現在、ラウィは再び熟睡していた。



 ラウィはこれほど体や神力を酷使したことは、かつて一度もなかった。


 いくら表面上の怪我が治っても、そうした見えないダメージは簡単に回復するものでもないようだ。


 慣れない疲労に、ラウィは三日三晩眠り続けてなお、休養を必要としていたのだろう。



 そして。



「ラァァァァウィィィィッッッ!!! 起ーきろぉぉぉぉーーーっ!!!」


「ん……ぁ……?」


 突然鼓膜を叩き始めた大声に、ラウィはゆっくりと目を覚ます。


 瞼を擦りながら、やたらハイテンションな男を薄暗い視界の中捉えた。


 そのうるさい声の主は、ドーマであった。橙色の短い髪に、たくましい体つき。サッチの攻撃により、昏倒させられたはずの、サナの兄である。


 ラウィは半分眠っている脳みそでドーマに声をかける。


「あー、ドーマ……おはよー。もう平気なのー……?」


「おはようじゃねえよ。平気もクソもピンピンしてるぜ。ところでラウィ……お前俺の起こし方に動じなくなりやがったな……」


「んー……あー……そう」


 ラウィは、言葉にならない声で返事をする。その瞼は、再び閉じようとしていた。


 ラウィは元々寝起きは良くないのだ。


 冷たい水を顔にぶっかけたり、心臓に悪そうな慣れない起こし方をされない限りは、ラウィはこんな調子なのである。


 ドーマの言う通り、既に二度も経験してしまった起こし方では、ラウィの意識を覚醒させるには至らなかったようだ。


 ドーマは、そんな様子のラウィを見て、ため息まじりに呟く。


「……ラウィ、眠いか? まだ寝とくか?」


「あー、うんー」


「そうか、じゃあ祭りは欠席だな。当然鍋も無しだからな」


「あー……えっ!?」


 ラウィは、思わず飛び起きる。なんだか今、自分の知らないところで、とても良くないことが進行している気がしたのだ。


「よし、起きたな。ラウィ、祭りが始まる。外に行くぞ」


「本当に!? 待ってました! 早く行こう! 早く!!」


 一気に眠気を吹き飛ばしたラウィは、ドーマの背中を押しながら部屋の外へ出る。


 薄暗い部屋を出ると、廊下のような場所に出た。ここも薄暗く、少し不気味であった。青臭い薬草の香りがラウィの鼻腔を刺激する。


 どうやら、ラウィは診療所で寝かされていたようだ。怪我人だったのだから、当たり前と言えば当たり前だが。


 たまたますぐ近くにあった外へと繋がる扉を手で押し、ラウィはドーマとともに診療所から出る。



 外は、すっかり日が暮れていた。空は、降るような満天の星空がラウィを包んでいた。少し肌寒さも感じる。吐息は、白いもやとなって吐き出されるほどである。


 ラウィは辺りを見回す。祭りどころか、人っ子一人いなかった。


「ドーマ、祭りはどこでやってるの? こないだと同じところ?」


「まあ、そう焦るな。お前は今日の主役だ。まだ誰も食い始めたりしねえよ。こっちだ」


 ドーマは、星々の光しか感じない暗闇の中、さっさと歩き出す。彼を見失わないように、ラウィもしっかりとあとを着いて行く。



 歩くこと数分。



 二人は、会場にたどり着いた。


「ここだ。俺はサナを探してくる。じゃあ楽しんでけよ、ラウィ」


 ドーマはラウィの背中をポン、と押すと、ヒラヒラと手を振ってどこかへと去って行った。


 独り残されたラウィは、その桁外れの喧騒に心が揺さぶられるのを感じた。


 先日とはまた違う、開けた広場。中心で特大の炎が莫大な熱と光を放って夜空を照らしているのは同じだが、その周りはもう何かおかしな事になっている。


 数百人規模のタイナ村。おそらくその全ての人が簡易的な調理場をこしらえて、それぞれが何かを作っている。


 舞い上がる煙はよだれを噴きださせるような芳香を纏い、その何かを焼く音は聞くだけでラウィのお腹の虫を暴れさせ、そこら中で出来上がる料理はその焦げ目や色だけで楽しませてくる。


 もちろん熱を通すものだけではない。色とりどりの果物だって炎にちらつかされて空間に華を添え、『お酒』とやらも大人達の気持ちを昂ぶらせているようだ。

 

 思わず目移りしてどこから手をつけていいのかわからないラウィ。そんな自分に気づいた村人の一人が、遠くから呼びかけてきた。


「おっ! 噂をすればもう一人のヒーローだ! おーい! こっちに来いよ! 彼女がお待ちだぜ!!」


「彼女じゃねえって言ってんだろぶっ殺すぞ!!」


 その傍では、サッチが芝生に座っていた。何やらご立腹の様子である。その長い黒髪は、巨大な火柱によって赤く照らされていた。

 ラウィは、村人に呼ばれるままサッチの元へ歩み寄っていく。そして、村人に肩を掴まれ、その場に無理やり座らされた。


「で、何でお前もしっかりとアタシの隣に座ってくんだよ!」


「え、ごめん嫌だった?」


「あ、え? いや……そうじゃなくてよ、その」


 サッチが何やらモゴモゴと言い淀む。そんな彼女の周りでは、村人たちがニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべていた。


「だから何でお前らはそう遠慮がねえんだよ! もうちょっと、こう、内心ビビってたりとかしねえのかよ!」


「んなわけねえだろ。面白い」


「ああ、面白いな」


「サッチちゃんかわいいよ」


「ぶっ殺す!! 特に最後のお前ぇ!!!」


 サッチは片手だけ地面について一気に立ち上がると、蜘蛛の子を散らす様に逃げていった村人たちを追いかけていく。


 そして、またもポツンと一人残されたラウィに、別の村人が声をかけてきた。


「ラウィ君だったかな? 鍋が出来上がってるよ。あっちで食べるといい。楽しみにしていたんだろう?」


「本当に!? どこどこ!?」


 ラウィはその村人に案内され、待ちわびた料理が並ぶ一画へとたどり着く。そこにはサナやドーマはいなかったが、その芳醇な香りは、ラウィが求めていたモノと寸分違わず鼻腔をかき乱してきた。


「お、来たな。蒼い少年! 好きなだけ食べろや!! 好きなだけな! がっはっは!!」


 恰幅のいい壮年の男性が、豪快な笑い声をあげる。


 ラウィは箸を貰い、グツグツと煮込まれる鍋や、直火で焼かれた大きな肉、他にも色々な美味そうな料理の数々の前に座り込む。


 ラウィはキラキラと目を輝かす。口からはよだれが溢れてくる。もう我慢などできるはずが無かった。


「いただきます!!」


 ラウィは、欲望の赴くままに、目の前の良い香りを撒き散らすものに貪るように食らいつく。


 そんなラウィの野生染みた食べっぷりに、壮年の男性が一際大きな声で叫ぶ。


「がっはっは!! 男はそうでなくちゃあな!! よっしゃ! いっちょ、オジサンと大食い勝負とでも洒落込んでみるかい!?」


「勝負だって? いいよ、受けて立つ!」


 その提案を二つ返事で了承するラウィ。サナに徒競走を挑まれたときもそうだったが、ラウィは仕掛けられた勝負は基本的に全て乗っかる。ラウィは負けず嫌いなのである。


 ラウィとその図体の大きいオジサンは、わき目も振らずに目の前の食べ物を口の中へ放り込んでいく。


 雌雄はすぐに決した。


 二十分ほどで、壮年の男性が降参したのだ。


 ラウィの圧勝。全く勝ち目なし。それはもはや、大人と赤子に見えてしまうほどの差であった。


 壮年の男性が、口を押さえて苦しそうな笑顔で芝生の上に倒れこむ。


「が、はは……! 兄ちゃん凄いな。オジサンはもう、歳で……あ、吐きそう」


「あはは。だって僕はこの三日間、何も食べてないからね。まだまだ行けるよ!」


「まだ行けるのかよ! よし、じゃあ俺がオッサンのあとを引き継ぐよ!」


 背の高い、比較的若そうな男性が続いて名乗りを挙げる。その男性と大食い勝負をするも、またしてもラウィの勝利で終わった。


「なんだこの子!? 化け物かよ!! おもしれえ! おい、もっと料理持ってこい!!」


 ラウィはその後も、勝負を挑んでくる村人を片っ端から返り討ちにしていった。

 時には、同時に数人を相手にしたが、ラウィを負かす事のできる者は一人として現れなかった。


 やがて、大食いの少年と村人の勝負は、祭り全体を巻き込んで大きくなっていく。


 そして、実に十七人目の挑戦者を迎え撃とういうところで、祭りに出された全ての料理を食べきってしまった。それなりに時間が経過しており、全てがラウィの胃袋に収められた訳ではないが、それにしたって異常である。


「底なしかよ……」


「この子一人で何人分食ったんだ……」


 村人の茫然自失といった感じの呟きとは裏腹に、ラウィは上機嫌で手を合わせた。



「ごちそうさま! 美味しかったよ! デザートは何かな?」


「まだ食うのかよっ!?」

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