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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 6. 二人のヒーロー
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6-4 寛恕は人の善意より

 ――



「お前……」


 サッチは、突然自分の前に守るように立ちふさがった小柄な少女の小さな背中を、涙で濡れた瞳で見つめる。


 サッチを除くと唯一『羽化の日』の真実を知る少女、サナが声を大にして張り上げる。


「サッチは、ラウィは、この村を守ってくれてたんだからぁ!!!! 二人を傷つけるのは、私が絶対許さないっ!!!」


 あろうことかその少女は、自分達を守りに来たのだという。流血しながらも怯まず、一歩も引き下がろうとする様子が無い。


(……ありがとよ。お前も、俺を守ってくれるんだな)


 かつて自分を拒絶した少女。


 どんな心境の変化があったか知らないが、今は自分を庇ってくれている。


 それだけで充分だった。それだけで、報われる。

 自分の行動に、意味があったのだと教えてくれる。



 そしてサナはわんわん喚きながら、村人の一人によって力ずくでこの場から引きずり出されていく。


 しかし、それでいい。

 サナが体を張る必要などない。


 サナが見せる必死の抵抗。その気持ちが、嬉しい。


 どうせ自分に一般人の攻撃など効かないのだ。確かに悲しいといえばまあそうだが、言ってしまえばそれだけだ。


 そのうち諦めて去っていくだろう。


 自分はそれまでただ耐えればいい。

 それまで、ラウィを守ればいい。



 周囲の村人が再びそれぞれの武器を振りかざす。


 サッチは目を瞑り、来るべき悪意の塊を受け止める覚悟で口をぎゅっと結ぶ。



 そして。



「辞めるんじゃ、お前達」


 しわがれた声が耳に届いた。


 サッチは思わず目を開けて、その声がした方を向く。


 その声の正体は、一人の老人だった。

 真っ白な顎髭を蓄え、頭頂部は対照的に全く髪の毛が生えていない。杖をついて、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 このタイナ村の村長だった。

 サッチの両親は村一番の地主だったため、村長であるこの老人とは少なく無い交流があり、サッチも昔は良くしてもらっていた。


 その村長が、厳かな雰囲気を纏って村人達に制止を呼びかける。その老人の声は、やけにはっきりと聞こえた。

 周囲の喧騒が、少しずつ落ち着いていたのだ。


「闇雲に武力を振り回して何になる。お前達は、されて嫌な暴行(コト)を少年少女に、それも集団で一方的に行うことを子供の頃に学んだのか?」


「い、いや、でもよ村長……」


「でももクソも無い。とにかく、下がるんじゃ。この子とは、儂が話をつける」


 その村長の一言で、今まで馬鹿みたいに武器を振るっていた村人達が、一斉にサッチから離れていった。


 気がつけば、その更に周囲で騒ぎまくっていた大勢の村人達も、今や完全に静まり返っている。


 みんながみんな、村長とサッチの会話を聞こうとしているかのように。


 村長は、サッチが座り込むすぐ横で、ゆっくりと腰を下ろした。


「さて、サッチ。儂と話をしよう」


 サッチは、今まで抱えていたラウィを、とりあえず地面に優しく寝かせる。


 文字通り、彼は寝ていたのだ。


 自分が村人達の攻撃から守っているというのに、すやすやと安らかな寝息を立てていやがった蒼い少年を、サッチは一瞥する。


 逆に彼は、そんな状況でも眠ってしまうほど疲弊していたのだ。怒れるはずもない。


 サッチは、村長に視線を戻し、少しだけ怪訝な表情で返答する。


「話だって? 今さら、何を話すことがあるんだよ。俺はお前らを襲った。お前らはやり返した。何もおかしい事なんてねえだろ」


「その少年は?」


「……関係ねえだろ。俺が巻き込んじまった、ただの旅人だよ」


 サッチの少し棘のある言い方に、村長はふぅーむ、とかわざとらしく言いながらサッチに再び問い返す。


「関係ないのなら、何故庇ったのじゃ? 本当に無関係ならば、放っておけば良いものを……ああ、そうか。サッチは、ヒーローじゃったな」


「あぁ?」


 サッチは、村長を睨め付ける。その鋭い橙色の視線に、しかし村長は全く怯む様子が無かった。


「サッチ。今まですまなんだな。お前一人にとんだ重荷を背負わせてしまった」


「……は? な、にを……」


「儂は、実は知っておった。ベクターの正体も、サッチの残酷な境遇も。全部、知っておったんじゃよ」




 サッチは、一瞬頭が真っ白になる。


 全部知っていた?

 何故? いつ? どこで?


 どうして――


「二年前の『羽化の日』。アレが、ベクターによって引き起こされたモノだということも。サッチが、村の者達の命を守るために、村の者達を襲っていたことも」


 村長が、立て続けに話す。

 その内容は確かに、本来知るはずのないものであった。



――どうして、助けてくれなかったのか。



「悪かった」


「悪かった、じゃねえよ……何で、何で全部知っていて、それでも俺をのさばらせて置いたんだよ。お前が注意してれば、俺に怪我を負わされる村人を助けられた(・・・・・・・・ )かもしれねぇだろッ!?」


 サッチは、今度は明確な敵意を込めて村長を見据える。


 村長がもっと、自分が暴れられないような規則なり決まりなりをしっかり制定していれば、こんな薄汚れた女に傷つけられる人は、確実に減っただろう。


 何故それをしなかったのか。サッチは甚だ疑問であった。同時に、怒りの感情も湧き出てくる。



――サッチは、自分を助けて欲しかったなど、微塵も思っていなかった。

 彼女は、どこまでも他人想いで、哀れなほど優しい、ヒーローなのである。



 村長は、そんなサッチの自己犠牲の塊の様な発言に目を丸くするも、言うことは変わらなかった。


 悪かった、と――


 頭を下げる村長に、サッチは言いようのない怒りを感じるも、思い切りぶん殴ってやりたい気持ちを必死で抑える。


 そんな老いぼれの村長は、再び口を開く。


「儂が出来たのは、お前が現れた場所で警報が鳴る様にすることくらいじゃった。それ以上は、出来なかった。怖かったんじゃ」


「……怖かった……? 俺がか? じゃあ、今この時は何なんだよ」


「何を言っておる。儂は昔から、お前の事を可愛いと思ったことはあっても怖いと思ったことなどない」


 村長は、真っ白な顎髭を弄りながら、言葉を続ける。


「怖かったのは、ベクターじゃよ。儂は、ベクターがお前の両親を殺した時、あの場にいた。偶然書斎にいたから、命は拾ってしまったがな。戻った時には、ベクターとサッチ、お前が何やら話し込んでいた」


「じゃあ、『羽化の日』の事を知ってるのも……」


「その場で聞いていたからじゃ。特別なことなど何も無い。さて、と。話は終わりじゃ」


 村長は、杖を使ってよろよろと立ち上がる。

 それでも、目だけはしっかりサッチを見つめていた。


「サッチ。儂はどんな罰でも、報復でも、憂さ晴らしでも受け止めるつもりじゃ。何せ、この二年間何もしてこなかったのじゃから。お前の好きなようにしてくれ。するべきじゃ。死にかけの老いぼれの命じゃが、少しでも気を晴らすのに使ってくれ」


「……」


 サッチも、漸く自由になった両足で、しっかり地面に立つ。


 拳を握り、目の前の老人へ狙いを定める。鋭い眼差しで射抜くように。


 村長は瞳を瞑り、微動だにしなかった。



 そしてそのまま、サッチの拳は老人の額を捉える。



 コツン、と。



 もはや殴打というよりも、ただの接触と言った方が正確だろう。


 優しい拳。傷つけることが目的でない、ただ触れただけの拳。


 そして、サッチは思い切り息を吸った。


「そんなもん誰がするかバァーカ!!」


 サッチは、叫ぶ。

 嬉しいのか、悲しいのか、怒っているのか。


 彼女自身もよくわからない感情を声に込めて、目の前の老人に叩き込む。


「罰? お前は何も悪いことはしてねえだろうが! 報復? お前は何も恨まれる筋合いはねえだろうが! 憂さ晴らし? それはちょっとしてえよ! 何でもっと皆を守らなかった!」


 サッチは、今まで溜め込んでいたもの全てを吐き出すかのように、目の前の老人に己が感情を赤裸々にぶつける。


「お前らは何も悪くねえ! お前らは怒りに任せて俺を殴り倒せば良いじゃねえか! さっきみたいによ! 何やめさせてやがる! 我慢すんのは、俺一人で良いだろうがよ!!」


「……サッチ」


「うるせえよ! 『蝉』って言えや! もっと俺を恨め! 恨めば良いだろうが! 何百回お前らを襲ったと思ってる! 痛かったろ! 苦しかったろ! もっと! もっと、アタシ(・・・)を責めれば、良いだろうがよ……何で、何でそんな、優しくしてくるんだよ……」


 サッチの瞳から大粒の涙が溢れ出す。

 その泣き顔は、年頃の少女そのものであった。


 嗚咽を漏らし、顔を紅潮させ、涙を垂れ流す。



 そして。



 ガシャガシャッ、と。


 周囲から、大量の何がが落ちる音がした。


 サッチは思わずそちらに目をやる。


 そこでは村人たちが、それぞれの持っていた武具を落としていた。

 いや、捨てていたのだ。


 その理解不能な光景にサッチは少し呆けるも、村人たちは構わず次々にサッチへと近寄っていく。


 そして、彼らは、サッチへ頭を下げ始めた。


「え……?」


 意味がわからなかった。


 何故こいつらが頭を下げている?


 サッチの脳は、目の前の現象を処理しきれていなかった。


 あまつさえ村人たちは、口々に謝罪の言葉を吐き出していく。


 すまないだとか、ごめんだとか、悪かった、とか。

 ありがとう、なんて訳のわからない言葉まで聞こえてくる。


 様々な言葉が、自分の全方向から浴びせられる。どれもこれも、悪意のない言葉ばかりだった。



 サッチは、涙で赤く腫らした目で、周囲の人間を見回す。

 信じられなかった。自分が危害を加え続けた人たちから、こんな自分が謝罪を受けている。



 みんなの中心にいる。



「何なんだよ……どいつもこいつも……アタシは、皆を傷つけた。クソッタレの悪党だ。こんなこと、あっちゃならねえ。アタシは、アタシは……ッ!!」


「サッチ」


 村長が、サッチの肩に両手をかける。

 サッチは、ぐちゃくちゃの泣き顔で村長を見る。村長は、優しく笑っていた。


「みんな、サッチがヒーローだって事を、思い出したんじゃよ。お前は、昔から人助けをすすんでしてきたろう? だから、今の言葉も皆に信じてもらえた」


「でも、でもっ。アタシは皆を傷つけた。それだけは、何があっても変わらねえだろ……」


「確かに、その事実は覆らん。じゃがな、サッチ。そんな事はどうでも良いんじゃよ」


「……え?」


 サッチは思わず疑問の声を漏らす。

 どうでも良いわけが無い。だからこそ、村人たちはあれほどまでに怒りを露わに自分を殴りつけてきていたではないか。


 村長は、サッチに微笑みながら話を続けた。


「命と、怪我。天秤にかけられたとき、どちらを選ぶか。そんなことわかりきっておるじゃろ?」


「それは、そうかも、しれないけどよ……」


「儂は、それをさっきこの村の連中に尋ね続けた。『羽化の日』の真実とともにな。そしてそれを、伝言のように全員に広めてもらった」


 サッチは周囲を見回す。

 村人たちは、無言で頷き、それが本当のことであると暗に語っていた。


「もちろん、信じてもらえなかった。だから、儂はこうも伝えたんじゃ。『自分がサッチと直接話をするから、それを見て判断してくれ』と」


「……!」


「そして、これが結果じゃ。皆は武器を捨てた。お前を信じた。自分たちに危害を加えたはずの、サッチをじゃ」


 サッチは、思わずへたり込む。

 少しだけ口角が上がる。

 思わず乾いた笑いがこみ上げてきた。


「は、はは……」


 この村の連中は、バカばっかだ。

 お人好しの塊だ。こんな自分を、血に濡れた自分を、それでも許してくれるような変人ばかりだ。


「サッチ。お前は、この村のヒーローなんじゃよ。そんなに自分を責めないでくれ。お前は、村人を丸ごと全員救ってくれた、英雄なんじゃから。改めて言わせてもらう。今まですまなかった。そして、ありがとう」



 そこまでだった。


 サッチの感情は許容量を簡単に飛び越えた。そして、馬鹿みたいに泣き叫んだ。


 これは何という感情なのか。



 今度ははっきりとわかった。決まっている。嬉しいのだ。



 もう諦めていた光景。それでも、心の底で微かに求めていた未来。


 自分は、今、そこにいる。



 もう、どうしようもなかった。



 眼から溢れる液体を止められない。

 喉から出てくる声を止められない。



 サッチは、むせび泣いた。




 いつまでも。いつまでも。




 その隣では、蒼い少年が、嬉しそうな笑顔で眠っていた。

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