6-3 瞼の開かないその瞳で
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サナは、ドーマに肩を貸して役場への道を歩いていた。辺りに人気は無い。ただ、鬱蒼と木々が生い茂っているだけだ。
おそらく、すでに村中の人間のほとんどが役場に集まっているのだろう。
早くしないと、ラウィ達が可哀相だ。『羽化の日』の真相を知らない村人達は、ラウィとサッチに敵意しか持っていないのだから。
同じく『羽化の日』の詳細を知らないドーマだったが、ラウィを心配する気持ちは同じようで、サナに語りかける。
「サナ……悪い。もうちょっとペースを上げても構わねえぞ」
「じゃあ、お兄ちゃん。ちょっと走るよ?」
「ああ」
サナは、地面を蹴る力を強くした。未だ顔色のすぐれない兄も、懸命に着いて来てくれる。ドーマの息が段々と荒くなっていくが、自分よりも重い兄の体重を預かって走るサナも、相応の疲れを感じていた。
やがてサナの耳に、騒がしい音が届いてくる。役場はもうすぐそこである。
サナは少し嫌な予感がしていた。明らかに、その喧騒からは良くない感情が感じ取れるのだ。
怒声。罵倒。
たくさんの村人が声を大にして騒ぎ倒している事が容易に想像できる。
「お兄ちゃん……!」
「わかってる。どう考えてもまずいよな、こりゃ」
サナとドーマは、歩を進める速度を更にあげる。
漸く、村人達の姿を確認した。どうやら、何かを大勢で取り囲っているようだ。手を振り回し、足を踏み鳴らし、何かを叫び散らしている。
サナとドーマは、そんな村人達の間に無理やり割って入った。力づくで、集団の中心に躍り出る。
そこでは。
蒼く紅い少年と、それを必死に庇う黒髪の少女。
彼らを袋叩きにしている、数人の村人の姿があった。
「なに……これ……」
こんなおかしい事があってたまるか。
両親を殺されたにも関わらず、それでも村人達の命を守ってきたサッチ。
その蒼い髪が血の色で真っ赤になるほどボロボロになるまで、昨日来たばかりの村のために戦ってくれていたであろうラウィ。
その二人が集団で暴行され、その様を嬉々とした顔で取りかこみ、煽り立てる村人達。
その少し向こうでは、全ての元凶であるはずのベクターが甲斐甲斐しく手当てを受けている。
「おかしい……こんなのおかしいよ……ッ!」
サナのその悲痛な叫びは、周囲の村人の叫び声にかき消されて誰にも届かない。
助けに行きたい。行かなければ。
でも。
自分に、これを止める資格などあるのか?
全てを知りながらまったく行動を起こさなかった、自分が。
のうのうと生きていた自分とは違い、独りで苦しみ続けたサッチに。
肝心なことは何も話さず、それなのに全てを任せてしまったラウィに。
今更どの面下げて、二人を助けに行けばいいのだ。
(それに、私なんかが出て行っても……きっと……何も変わらないっ……)
ギリギリと歯を食い縛るサナ。
と、ふとサナの頭に、ぽん、と大きな手の平が置かれる。
それは、兄のドーマのものであった。サナは思わずドーマを見る。彼は、サナに優しく笑いかけていた。
そして、ただ一言だけ、本当に簡潔に、サナに言葉を投げかける。
「行け」
それだけだった。
サナは、暴行を受けながらも反抗しようとしない少年少女の元へ、姿勢を低くして全速力で飛び込んでいく。
「やめてぇぇぇぇええーーーーッッッ!!!」
絶叫したサナは、サッチとラウィを襲っている村人達の間を俊敏な動きでくぐり抜ける。
そして。
ゴスッ、と。
サナの額に、村人の一人が振り回す棒が直撃する。サナはその衝撃にのけぞり、数歩よろめいた。
「え……あ……サナ、ちゃん……?」
サナを棒で殴りつけてしまった村人が、目を見開いてたじろぐ。突然乱入してきた小柄な少女に、村人達は一斉に攻撃の手を止めた。
「サナちゃん! 何でこんなとこに飛び出してきたんだ! 下がりなさい!」
サナは額から血を流し、それでも村人達を思いっきり睨みつける。
「いやっ!!!」
サナは額を深く切ってしまっていた。ドロドロと流れ出す血で、もはや左目は開けてはいられなくなっている。
それでもサナは、ラウィを庇うサッチを、更に庇うように手を広げる。
「お前……」
サッチが呟く。その橙の瞳は潤んでいた。彼女は、泣いていたのだ。ヒロイックで、不幸で、強いその少女が。
ぐっ、と。サナは思わず拳を握る。そして、力強く、力強く、ありったけの声を張り上げて宣言する。
「サッチは、ラウィは、この村を守ってくれてたんだからぁ!!!! 二人を傷つけるのは、私が絶対許さないっ!!!」
自分でも、どの口が言っていると思った。
ずっとサッチを独りにし、一昨日来たばかりのラウィに全てを丸投げし、今度は事情を知らない村人達に喚き散らしている。
なんと滑稽だろう。急に出しゃばって、一体どこに説得力があろうか。
二年間何もしてこなかったくせに、自分という人間はどこまで傲慢なのだろうか。
しかし。
そんな事は、二人を助けない理由には、決してならない。
悪いのは自分だ。我が身可愛さに、何も行動せず二年間黙って生きてきた。何も出来ないのに、今更しゃしゃり出て、ただ煩わしく叫ぶだけの自分が責められるべきだ。
少なくとも、サッチとラウィは、彼らだけは、これ以上責め苦を受けてはいけない。
「サナちゃん! 訳のわからない事を言ってないでそこをどきなさい!」
「いやだ!! 絶対にどかないんだから!!」
サナは必死で抵抗の意思を示した。
涙ながらに訴えるサナを見て、どうやら村人達は、話が通じないと判断したようだ。
村人の一人がサナの腕をガッと掴んでくる。そのまま引っ張り、無理やりサッチの側から引き剥がしてくる。
「いやっ! 離して! 離してよ! これ以上二人を傷つけないで!!」
「何言ってるんだサナちゃん、今まで俺たちを傷つけてきたのはこいつだろ? 当然の報いだよ」
サナは必死で村人の手を振りほどこうとするが、年端もいかない女の子で、それもことさら小柄なサナには到底不可能だった。
村人の力に逆らえず、ずるずると地面を削りながらも、確実にサッチとの距離が開いていく。
サナがいなくなれば、二人への攻撃が再開してしまうだろう。
既に、村人の何人かは手にしている棒や竹槍などを振り上げていた。
「やだぁぁぁぁッッ!!! もうやめてよぉぉぉぉーーーーッッッ!!!」
サナは、流れる涙と血液を撒き散らしながら必死で懇願する。
彼女の声は、虚しく空に響き渡った。




