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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 1. 老後の楽しみはありますか?
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1-2 カルキ=ワズラット

『姉ちゃん! 姉ちゃん!』



 その少年は、姉が大好きで、よくなついていた。



『もーぉっ。服が伸びちゃうでしょー、離しなさい』

『はぁーい、ごめんなさい』



 いつもそばにいて、優しくて、安心する。



『ほらほら、ご飯冷めちゃうよ。早く食べなさい?』

『もう食べてるよ!』



 この人と一緒にいれるだけで、幸せだった。他に何もいらない。姉がいるだけで、少年は満足していた。



『あ、こら! ご飯の前に言うことがあるでしょ!』

『あ、そうだね! いただきました!』



 生まれてこのかた、ずっと一緒に生きてきた。これからも、一緒に生きていくのだろう。そう思っていた。そうであって欲しかった。



『もう食べ終わったの!? しっかり噛んでって言ってるでしょーもぉー』

『あはは、姉ちゃん遊ぼうよ!』



 この少年は、そんなささやかな願いさえ粉々に打ち砕かれてしまうことなんて、きっと知らない。この笑顔が、痛い。心に来るものがある。



『こらこら。お姉ちゃんの言うことはよく聞かんとな。わかったかい? ラウィ?』



 ラウィと呼ばれたこの少年は、姉の後ろへ隠れた。知らない人と話すのが少し怖いのだろう。



『ダメよラウィ。sぬjgヨq(・・・・・・ )さんにちゃんとお返事しなきゃ』

『……いやだ』



 名前は何と言ったのだろう。わからない。というかそもそもの話、全てがわからない。


 自分は今、何を見ているのだ?


 過去? 記憶? 妄想?

 それとも――




「……はっ!?」


 ラウィは、大きな声をあげて意識を取り戻した。


 ふと、辺りを見回す。どこかの草原だろうか、一面緑が生い茂っている。


 しかし、ただぼうぼうと生えているわけではなかった。明らかに、人の手が加えられている。


 草の高さは足首程度の高さまでで切りそろえられており、色とりどりの花は一箇所に纏めて咲いていた。


 自分には、藁のようなもので編まれた、簡易的な布団がかけられている。


「……ここはどこだろう」


 有り体に言ってしまえば、さっきのは夢だった。と言うことは、自分は寝ていたことになる。


 何故? そしてここは一体全体どこなのか?


 様々な疑問が浮かんでくるが、それらはすぐにかき消された。


「おお、やっと起きたかね。体の具合はどうじゃ?」


「!?」


 ラウィは飛び上がる。一気に気持ちを警戒へと引き上げ、その声の主と距離を取る。


 ラウィに声をかけてきたのは、先ほど、紫の瞳の奴隷商人を一瞬で昏倒させた、汚らしい身なりの老人だった。


 その鮮やかな橙色の瞳に、ラウィは嫌悪感を感じていた。


 自分と姉の、大切な、大切な居場所を跡形も無く破壊した、あの男を重ねてしまうからだ。


「おやおや。そこまで動けるのならもう安心じゃな」


「……」


 この老人は、強い。今戦えば、あの奴隷商人のように、ラウィも一撃で屠られてしまうだろう。


 ラウィには、そもそも戦う気などなかった。


 逃げる。


 アルカンシエルの情報を持ったあの奴隷商人は辺りにはいないし、こんなとこにいる意味は無い。


 それに、単純にこの人間が怖かったのだ。


 ラウィの頭は、どうやってこの場を切り抜けるか。そればかりを考えていた。


「そんなに睨まなくても良いじゃろう……何があったか知らんが、介抱したワシに感謝の一つも無いのかね……」


「……え?」


 介抱。今、この老人はそう言ったのだ。


 言われてみれば、奴隷商人に吹き飛ばされた時に出来た切り傷には、何らかの薬のようなものが塗ってある。


 何だか体も軽い。あれだけの怪我を負った後とは思えない。ほとんど全快していた。


(……何が目的だ?)


 ラウィは老人を見据える。


 介抱してくれたことには素直に感謝したいが、状況が状況だ。すぐに気を許して良いか、まだ判断ができない。


「まあしょうがないかの。あんな事があったばかりじゃ。その警戒心も、身を守るために必要じゃろう。じゃが、全て否定的に考えておっては、見えるものも見えてこんぞ?」


「……あ」


 冷静になって考えてみると、老人は、自分を助けようとしてくれていたように思える。


 奴隷商人と戦っていた時、この老人が来なければ、きっと殺されていただろう。


 この人を、敵と決めつけて良いのか?


 いや、そもそもこの老人は自分に一切危害を加えていない。それどころか、気絶した自分を介抱までしてくれていたらしい。


 この人は、敵じゃない。そう判断しても良いだろう。


 なんでこんなにも警戒心を強めていたのか。


 ……頭に血が上っていたのか。


「……ごめん。ちょっと気が動転してて」


「良いんじゃよ。ところで、お前さん。あの中年の神術玉に対して何故無防備だったんじゃ? 神術師なら、あれくらい知っておろう」


 ラウィは、思わず眉をひそめる。知らない単語が二つほど出てきたからだ。少し考える。


 神術師。これはなんとなくわかる。神術を扱う人間のことだろう。


 神術玉。これもおそらくだがわかる。あの紫の瞳の奴隷商人が最後に放ったあの塊の事だろう。


 適当にあたりをつけ、老人に返答する。


「ちょっと、怖くて動けなくてね。その、神術玉? なんて初めて見たからさ」


「おや? お前さん、二つの組織のどちらかには所属しておらんのか?」


 ピク、とラウィはわずかに反応する。


 この老人が言っている、二つの組織。


 おそらくは、アルカンシエルとシュマンの事だろう。老人の口ぶりからすると、何か知っていそうだ。


「うん、どっちにも入ってないよ。アルカンシエルは探してる途中だけどね」


「……そうか」


 橙の瞳の老人は、少しだけ考えたあと、


「あそこは見つけるのが難しい。じゃが、お前さんは確かにあそこに行くべきかもしれんの」


「えっと、何か知ってるの?」


「ああ、アルカンシエルの本部。そのおおよその場所は把握しておる」


「ほんとうに!?」


 ラウィは思わず声を大にする。


 ようやくだ。ようやく、アルカンシエルへ向かえる。この時を五年間待っていた。

 姉を探す。そのスタートラインに、ようやく立てるのだ。


「ああ、教えてやってもいいんじゃが、一つだけ、条件を言わせておくれ」


「条件?」


「そうじゃ。ワシはこう見えて子供好きでな。危ない目にあって欲しくない。じゃから、お前さんをある程度強くしたい。アルカンシエルへ向かうまでに、さっきの中年のような輩に襲われないとも限らんからな」


 そんな事が、条件。


 むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。

 あれほどの強さを持った人間から教えを乞う事が出来るならば、それほど頼もしい事はない。


 ラウィは、神術の扱いは自己流であった。


 当然だ。五年前、紅い瞳のアルカンシエルの人間に会って以降、神術使い……神術師に、一人たりとも会わなかったのだから。


「わかった。こちらこそよろしくお願いするよ!」


 願ったりかなったりな申し出に、ラウィは二つ返事で了承した。


 既に、この老人に対する嫌悪感は跡形もなく消え去っていた。


 自分は現金な人間だな、とラウィは思った。


 自分に危害を加えるなら、敵。

 そうでないなら、味方。


 生まれてこの方、人とあまり接した事のないラウィは、人間を簡単に二分してしまっているのだ。


「ワシの名はカルキじゃ。カルキ=ワズラット。よく覚えておくんじゃぞ。お前さんの名は?」


「僕はラウィだよ。ラウィ=ディース」


 ラウィはそう言うと、カルキという老人に近づいていく。

 手を伸ばすと、カルキと握手をした。


「よし、早速じゃが、お前さんがどれほど出来るのか見てみたい。そもそもお前さんは、誰かに神術を習ったのか?」


「いや、まったく。完全な自己流だよ」


 操作の仕方を覚えたのは、本当に突然であった。


 ただ、ある雨の降った日。雨宿りできる場所も近くになかったラウィは、『水の方から避けてくれないかな』と軽い願望を抱いた。


 それだけだった。


 それだけなのに、ふと、イメージ通りに雨が自分を中心に避け始めたのだ。


 また、その時のラウィは、さらにイメージを続けた。雨粒が、自分の周辺をグルグル回るイメージを。


 完璧ではなかったが、雨粒はそれらしい挙動をしたことで、確信を持った。


 それからというもの、ラウィは神術の修行に明け暮れた。二年もの間、暇さえあれば水を動かしていた。


 おかげで、ある程度精密な動きは出来るようになったが、言ってしまえば、それだけだった。


 戦闘において有利となるくらいまでに昇華する事は出来なかった。


「ふむ……自己流か。わかった。とりあえず、出してみなさい」


「え、何を?」


 カルキは疑問に疑問を返すように、


「何をって……水じゃよ。とりあえず、水を出してみなさい。蒼の神術師じゃろう?」


 ラウィは困惑していた。


 水なんて、ラウィは出した事がない。そんな事考えたこともなかった。


 何もないところから、水を生み出す。普通は考えつかないし、やろうとも思わないだろう。


 それに、ラウィにはもう一つ困惑する理由があった。


 今カルキが言った、蒼の神術師という言葉。


 聞いた事がない。


 神術を扱う者を、神術師と呼ぶ事もさっき知ったのだから、当たり前だが。


「ごめんカルキ。水なんて出したことも無いし、やり方もわからないんだ。操作した事しか無いんだよ。あと、蒼の神術師って言うのは?」


 ラウィのその問いにカルキは、少しだけあきれた顔で、


「ラウィ……お前さん、よく今まで生きてこれたのう」


「え?」


「まあいい。よく分かった。お前さんには、何も知らない前提で話したほうが良さそうじゃな」


 カルキは一度腰を下ろして、ラウィにも座るよう促した。


「そうじゃな……何から話せば良いか。ラウィ、今までどんな神術師に会ってきた?」


 ラウィは、思考を巡らせる。


 大した人数はいないはずだ。

 五年前、家を破壊してきた、橙の瞳の男。

 自分を瓦礫の山から救ってくれた、アルカンシエルの紅い瞳の男。

 自分に襲いかかってきた、紫の瞳の奴隷商人。

 そして、カルキ。


 このくらいだ。


 そのことをカルキに言う。


「ふむ、あまり多くないのじゃな。それなら、お前さんが生きてこれたのも合点が行く。運が良かったのじゃな」


 運が良かった。確かにそれはあるだろう。


 殺されかけた時、二回とも誰かに助けてもらっている。それ以外は、遭遇してもいないのだ。

 助けが来なければ、既に二回、殺されていたはずだった。


 その事実に、ラウィの背筋に冷たいモノが走った。


「神術師とは、眼の色によってその性質が変わってくるんじゃ。例をあげようか。まず、ワシは橙色じゃろ?」


 カルキは、自分の瞳を指差す。


「瞳が橙色の神術師は、主に音を操る。あとはそれに付随した振動とかかの」


 確かにそんな気がすると、ラウィは思った。


 カルキの戦い方は、正直朦朧としていてあまり覚えていないが、五年前、自分たちの家を破壊したあの男は、確かに振動を操っていたように思える。


 カルキは次にラウィを指差し、


「ラウィ。お前さんは蒼じゃ。操ることができるのは、水じゃ」


 当然ラウィは知っていた。ラウィは二年、水を操る修行を続けていたのだから。


「あとはそうじゃな、紅い瞳だと、炎を。紫の瞳だと毒を、それぞれ操る事ができる。これらの神術師を、わかりやすくするために、便宜上紅の神術師、紫の神術師のように呼ぶんじゃ」


「なるほど。だから僕は、蒼の神術師ってわけだね?」


「そうじゃ。そしてこれらはすべからく、自分の手で生み出す事が出来るものなんじゃが……」


 言われてみて、ラウィは思った。


 今まで出会った神術師たち。彼らは全員、自分の手でそれぞれ自分たちが操る物を生み出していると。


「まあ、まだ神術が使えるようになってたった二年程度なのじゃろう? 焦ることはない。じきやり方もわかるじゃろう」


「……えっ?」


 ラウィはカルキのその発言に、何か違和感を覚えた。

 何が、と言われたらわからないが、ちょっとした引っ掛かりを感じたのだ。


(……まあ、いいか)


 考えてもしょうがないので、とりあえず今は置いておくことにした。


「さてラウィ。お前さんは虹というものを見たことはあるかね?」


「え、ああ、あるよ。色が何色も繋がってて綺麗だよね」


「では、虹に使われている色を答えてみなさい」


「色?えっと、いっぱいあるからわかんないよ……」


 紅、とか、蒼とかならわかるが、中間色を全て答えろというのは無理がある。はっきりとした区切りがあるわけでも無いし、細かな色の違いなど、ラウィには表現出来なかった。


「ははは。虹は一般的には、七色で表されておるのじゃよ。紅、橙、黄、翠、蒼、藍、紫の七色じゃ。覚えておいて損は無いぞ?」


「はぁ……そうなんだ。それが何の話があるの……って」


 ラウィはそこまで言って気がついた。何故カルキがこんな質問したのかを。


 虹の色を表す七色。その中には、ラウィが知っている神術師の種類、紅、橙、蒼、紫も入っている。


 つまり。


「もしかして、その七色が、神術師の種類と一緒ってこと?」


「ご名答」


 カルキは、静かに笑った。


「もちろん、それぞれの色の神術師にも生み出せ、操れる物が存在する。それはまあ、覚えるしか無いのう。なに、もうお前さんは四つも覚えておる。あと三つじゃ、それほど苦ではあるまい?」


 そう言うとカルキは、ラウィに残りの色について教えてやった。


 ラウィはその話を聞きながら、あることを思っていた。


 自分は、無知すぎる。

 こんなことを知らないで、五年もの間よく生き延びれたもんだ、と。


 知っていれば、対処が出来たかもしれないのに。


 知らないことの、危うさ。


 それを身に染みて感じているラウィは、心の中でカルキに感謝した。


「そうじゃな……あとは、そうそう忘れておった」


 カルキはおもむろに立ち上がると、


「覚えるだけではなく、やってみなければわからんこともある。ラウィ、着いてきなさい」


 ラウィに背を向け、歩き出した。

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