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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 6. 二人のヒーロー
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6-1 侠気

 ラウィとサッチがベクターと対峙している頃――



 サナはドーマの看病をしていた。未だドーマは目を覚ましていなかった。


『蝉』と呼ばれる少女、サッチが持つその特異な力によって昏倒させられたドーマは、額から玉のような汗を吹き出し、眉間にしわを寄せてうなされていた。


 ダメージを負った、彼の内臓が痛んでいるのだろう。それをただ見ていることしかできないサナは、極大の無力感に苛まれていた。


『蝉』への怒りを口々に叫んでいた、騒がしかった村人は今では静かになり、ドーマの看病を手伝ってくれている。


 サナがずっとドーマのそばに居られるよう、水を汲んだりしてくれ、未だ片付かない損壊した二階の片付けなどの雑務も引き受けてくれてくれている。


 本当に頭が上がらない。普段はおちゃらけているように見える彼らは、やる時はやるしっかり者だったのだとサナは反省させられた。


(これは、体が治ったらみんなにおいしいお鍋をご馳走しなきゃだね、お兄ちゃん)


 サナは、苦痛に顔を歪めるドーマの汗を優しく拭く。うなされる彼の顔は、サッチの攻撃がどうしようもなく重かったことが伺える。


 ふと、とある少女を探しに行った蒼い少年の事が頭をよぎった。


 ラウィには言えなかった、『羽化の日』の真実。


 サナの命がベクターに握られている以上、他に『羽化の日』についての真実を口にできる者は、サッチを除いて他にはいない。


(……ラウィは、あの子に会えたかな)


 二年前、過酷な運命を背負わされた少女サッチ。彼女を絶望の底からすくい上げる事ができるのは、もはやラウィでしかあり得ない。


 ラウィもサッチと同じく、不思議な力を持っている。水を自由に浮かせたり動かしたりできるようだった。



 彼なら、あるいは――



 サナが、そこまで思いを巡らせた時だった。


 ドォン……ッと、地響きのような音がした。かなり遠くから聞こえてきたようである。


「何だ……今の音は……?」


 ドーマの看病を手伝っていた村人の一人が、思わず呟いた。室内に、不穏な空気が充満する。


「まさか、『蝉』か? あいつがまた、何かやらかしやがったのか……?」


 そう言うと、村人の一人が立ち上がった。外の様子を見てくる、と言い残して慎重に部屋を出て行く。


 サナは、横たわるドーマの手をぎゅっと握る。サナには、何が起きているかがおおよそ把握できていた。


 とにかく、彼らが無事であることだけを祈った。



 暫くすると、外へ様子を伺いに行った村人が飛ぶように戻ってくる。その表情は、動揺と高揚が入り混じっていた。


 その男は、息も絶え絶えに、しかし大きな声でサナ達に報告する。


「ベクターさんが役場の近くで、『蝉』と昨日の旅の子の二人を相手にやり合ってるらしいぞ! おい、俺たちも加勢するぞ! 皆武器を取って向かうらしい! 急げ!」


「なんだと!? 確かにチャンスだけど……ドーマはどうするんだよ!? 放っとけねえよ!」


 すかさず、もう一人の村人が反論する。その後も何やら言い合っていたが、とある人物の発言でその論争はすぐに止められる。


「俺、は……大丈夫だ……行ってこい……っ!」


 ドーマであった。たまたまか、はたまた村人の騒々しさからか、とにかくドーマがようやく目を覚ましたのだ。


「お、お兄ちゃん! 大丈夫!?」


 サナは突然意識を取り戻したドーマに声をかける。起き上がろうとする彼の背中を支え、その上半身を持ち上げた。


「ベクターさんが、やっと『蝉』を見つけたんだろ……? 今までは、奴が逃げ回ってやがったからな。俺のことは、もういい。ありがとよ。お前らは、好きにしてくれ」


 ドーマがその青白い顔で、それでも弱いところは見せまいと薄ら笑う。それを見た村人たちは少しの間逡巡したようだったが、やがて小さく頷くとドタドタと慌ただしく家を出て行った。


 それをしっかりと見届けた後、静か過ぎる空間でドーマがサナに手を伸ばした。


「おい、サナ。俺らも行くぞ。肩を、貸してくれ」


 嫌な汗をかき、少し息も荒いドーマ。明らかに復調などしていない。当然、そんな状態の兄を、大切な兄を、危ない場所に連れていくわけにはいかなかった。


 彼の両肩を掴み、真っ直ぐ瞳を見据えた。


「ダメだよ! お兄ちゃんはまだ寝てなきゃ!」


「ラウィは、何してる? 何で、『蝉』と組んでやがるんだ……?」


「!」


 サナの命令のような、指示のような発言を無視したドーマの発言。当然の疑問であった。昨日はあれほど親しげに話していたラウィとベクターが、ちょっと寝ている間に衝突しているのだ。


 事情を何一つ知らないドーマは、それでもうろたえることなく淡々と言葉を吐いていく。


「あいつが何考えてるのか、何にもわからねぇ。だから、行くぞサナ。ラウィとベクターさんが闘ってるんなら、俺にはやらなきゃならない事がある」


 やらなきゃならない事。容易に想像がついた。ドーマは、ベクターを心の底から尊敬しているのだ。彼の建前上の(・・・・)村の滞在理由、その強さ。


 弱きを助けられるベクターさんのように生きたいと、ドーマは常々口にしていた。私の兄になってくれた、二年前から。


 ずっと憧れ目指し続けた男と、つい先日会ったばかりの謎の蒼い少年。ドーマがどちらを優先するかなど、火を見るよりも明らかである。


 そしてそれが、今のサナには我慢ならなかった。


「で、てもねお兄ちゃん! ラウィは……!」


 しかし、そこまで言って口が止まってしまう。


 一体、自分は何を言おうとしているのだ?

 実は、『蝉』は村の人たちを影から守っている人物で、ラウィはそれを助けに行った。とでも言うつもりか?


 彼が羨望する男を全否定し、知り合って日が浅いどころの騒ぎではない旅の少年を庇うつもりか?


 ついさっき、その『蝉』と呼ばれる少女に襲われ、意識を失い、今も苦痛に顔を歪めている兄に、言ってもいいと思うのか? 



 自分は、言えるのか?



「……ラウィは、何もおかしなことはしてないよ! ラウィは、私たちなんかのために、動いてくれてるんだからぁっ!!」



 顔をくしゃくしゃに押しつぶし、癇癪を起こすように甲高く耳障りな音を、喉を震わせてばら撒く。


 言った。言ってしまった。


 だが、これでいい。例え自分がおかしな人間だと思われても、これだけは、これくらいは、しなければならないことだ。


 でないと、ラウィやサッチに合わせる顔がない。



「……何を言ってんだ……? サナ……お前、頭おかしくなっちまったのか……?」


 ドーマが怪訝な表情でサナを見つめてくる。頭がおかしい。そう。その通りである。二年間苦しみ続けたサッチを、ずっと見て見ぬ振りしていた狂った人間なのだ。



 この後に及んで自分を守るつもりなどない。



 ラウィもサッチも、自分なんかより大変な目に遭っているのにも関わらず、決して投げ出したりなんかしていないのだから。


 彼らがそうするのなら、自分だってしないわけにはいかなかった。たとえ、大好きな兄から何を言われる事になろうとも。


 ドーマは大きくため息を吐く。そこには、失望だとか呆れだとか、そういった負の感情が多分に含まれている事が簡単に理解できた。


 ガリガリとダルそうに頭をかき、彼の唇が音を紡ぎ出す。



「まったく、頭おかしいぜ、サナ。俺がそんな事わからねぇとでも思ってんのか? とんだ冒涜だな、そりゃ」


「……え?」


 ドーマは、サナに対して失望していた。それは確かだった。しかしそれは、サナが予想していたモノとは少し、いや、かなりずれている。


「あいつとは昨日会ったばかりだが、これだけはわかる。あいつは意味のない行動をしない。一つの行動の指針があって、それに従って動いてる。姉貴を救うため。それに繋がる組織を探すため。ここに来たのだって、飯が食えるからだったらしいじゃねえか」


 顔色の悪いドーマは、それでもニヤリと笑みを浮かべると、ゆっくり立ち上がった。まだ腹部が痛むのか、少し背中を丸めて、それでもしっかりと二つの足で体を支えている。


「だから、あいつが『蝉』と組んで、ベクターさんとかち合ってるってのは、あいつなりの理由があるはずなんだ。だから、俺も行く。サナ、手伝ってくれ」


 ドーマは、床に座り込んだままのサナへ手を伸ばしてくる。サナはその手を取って立ち上がると、ドーマの肩をその身で押し上げ、彼の体重を一部受け取った。


 そのまま、サナは肩を貸したまま家を出る。木々が鬱蒼と生い茂る森林は遠く、空はバカみたいに晴れ渡っていた。その広すぎる蒼天の空の下、ラウィやサッチが戦っているという役場へ歩を進めていく。



 サナは、何も言えなかった。



 自分の兄は、この人は、本当に凄い人なのだ。


 頭が良い。男らしい。優しい。義理堅い。熱い。


 それらの要素もあるが、ドーマを表すのにはもっと適当な言葉があった。



 ただ、かっこいい。



 二年前、人知れず誓った思い。


 心配されるだけの自分ではなく、兄を心配してやれるような自分になる。そんなもの、達成できるはずが無かったのだ。何もかもが完璧な、自分の兄の前では。



「お兄ちゃん……ずるいよ」



 ボソッとつぶやく。その小さな声は、木の葉が擦れ合う音に埋もれて、すぐ側にいるはずの自慢の兄には届かなかった。



 届かなくて良かったのか、届いた方が良かったのか。


 それは、サナにもわからなかった。



 とある蒼い少年が守りたいと願った兄妹は、その少年の元へ、二人仲良く歩いて行った。

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