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5-8 たとえ手足がもがれようとも

 ラウィは、ベクターへ向かって走り込みながら、自分の周りを滞空させていた水を先にベクターへと突撃させる。


 ベクターは、植物でできた、刀身に無数の棘が存在する剣を構え、飛来する水の塊を見据えた。


「あなたは、鞭ではなく、剣で戦った方が良さそうですからね。しぶとく生き残らないよう、一撃で、確実に葬ってあげましょう」


 ラウィは、ベクターのそんな悠長な発言を完全に無視し、水の塊をベクターにぶつける。

 ベクターはそれを、持っていた剣で両断する。水が弾け、細かい粒子が散乱した。


 そしてその大量の飛沫は、不自然なほど広がり、ベクターを覆って彼の視界を、ほんの一瞬だが奪った。


 その瞬間をラウィは見逃さない。その刹那の時間のうちに、ベクターの視界からその姿を消す。


「!?」


 ベクターの顔が驚愕に染まる。


 ラウィは、大量に吹き上がる地下水のその裏からベクターに迫っていた。その豪快な吹き出しっぷりは、ラウィの姿を完全にベクターから隠していたのだ。


 ラウィは、そのまま湧き上がる水柱に飛び込み、その向こう側にいるベクターへとその拳を突き出した。


 突然水柱から出現したラウィに不意をつかれたベクターは、わずかに反応が遅れる。剣を持つ右手とは逆側から突っ込んできた蒼い少年の攻撃は、剣で防ぐのは間に合わない。

 そう咄嗟に判断したベクターは、左手でいなすようにラウィの攻撃を受け止める。


 ラウィの攻撃を、一度しっかりと受け切ったベクターは、剣を振るう余裕が生まれる。これなら間に合う。ベクターは腰をひねって茨の剣をラウィへ向けてお見舞いせんと、右手を振り上げる。



 しかし、その動きはラウィの注文通りであった。


 ラウィの本命は、こちらであった。



 ゴキッ、と。



 ベクターの肩が嫌な音を発した。関節が外れたのである。

 ラウィの操作する水の塊が、振り上げたベクターの腕へ勢い良く突っ込み、その肩を本来曲がらない方向へ無理やり押し曲げたのだ。


「ぐぅッ!?」


 ベクターは、思わず悲痛に満ちた声を上げる。しかしラウィは、休む暇無くベクターを攻め続けた。


 その力の入らなくなった右手からこぼれ落ちた剣を、ラウィは思い切り蹴り飛ばした。その拍子に剣の無数の棘が刺さって鮮血が舞うも、ラウィはそんな事気にしない。すでにある無数の傷が少し増えただけだ。


 右腕が上がったことにより無防備になったベクターの右半身に、ラウィは至近距離から思い切り拳を叩き込もうとする。


 しかし、ベクターはラウィとは違い戦闘慣れしていた。肩を外されてなお、冷静な判断を下す。


 自分のすぐそばに位置するラウィの顎を、ベクターは膝で打ち上げる。

 ベクターの胴ばかり凝視していたラウィは、真下から飛来する視界外の攻撃に気づかなかった。


 ゴンッ! と、鈍い音ともに、顎に強い衝撃をもらったラウィの脳は揺さぶられ、一瞬動きが止まる。


 ベクターは、お返しと言わんばかりに、ラウィの胴へ全体重を乗せた回し蹴りを放り込んだ。


 ドムッ! と、水袋を叩くような奇怪な音が、ラウィを吹き飛ばす。


 ラウィは近くの樹に背中を思い切り打ち付ける。


「お、ぐぅえ……ッ!」


 強い吐き気とめまいがラウィを襲う。腹部に喰らったベクターの回し蹴りも効いているが、一番の要因は、顎を蹴り上げられた時に脳が揺れたことだろう。


 ラウィは、レトの言葉を痛感していた。


 こちらの攻撃が神術膜を無視して相手に届くようになっただけで、相手の攻撃は今まで通りのダメージを受けるのだ。


 遥か格上であるベクターの一撃。


 神術膜を纏っていなかったら、顎は蹴り砕かれ、上半身と下半身は両断されていただろう。



 グラグラ揺れる視界の中でラウィは、ベクターが外れた右肩を無理やりはめ込んでいるのを認識する。

 そして、新しく作り出したであろう茨の剣は、今度は左手に握られていた。肩ははまったとはいえ、まだ自由に動かせるわけではないのだろう。


(あと少しだけで、いい……動いてくれ)


 ラウィは、こみ上げる嘔吐感を無理やり飲み込むも、代わりに血液を吐き出してしまう。身体はとっくに限界を迎えていた。

 しかし、そんな事に構っていられる暇はない。締め付けられるような痛みの中、それでもラウィは前へ進む。



 守るべき存在を敵から救うため。


 許せない存在を打ち負かすため。


 自らのわがままを押し通すため。



 ラウィは、ここで立ち止まる訳にはいかない。


 その鋼のように硬い意志が、ラウィを二本の足で地面に立つ事を後押しする。


(動け……ッ! 動け! 身体中の残りカス全部根こそぎほじくり出して、かき集めろ!!)



 必死の形相でラウィは、近くの水柱から、水の散弾を二発、ベクターへ叩き込んだ。


 しかしそれは、ベクターが持つ剣によって弾かれ、先ほどのように水しぶきが霧のように舞った。


 それを合図に、ラウィは今にも張り裂けそうな肺やその他の内臓、四肢の痛み、それらを全て無視して走り出す。


 ベクターは、酷く既視感を覚えるラウィの攻撃に、失望したとばかりに声を荒げる。


「またですか!? 私に二番煎じは通用しませんよ!」


 ベクターは、周辺の水柱に注意を向ける。今度こそ、どこから飛び出してきても瞬間で串刺しにしてやる。


 そう決断したベクターの死角から、再び何かが飛び込んでいく。ベクターは躊躇なく、それを無駄のない動きで突き刺した。




――その、ただの水の塊を。




「!?」


「かかったね」


 その直後、同じ水柱から、数瞬遅れて本物のラウィが飛び出していく。


(肩が外れた痛み、忘れられないよね。思わず警戒しちゃうよね)


 ラウィの攻撃がベクターの神術膜を貫通する以上、ベクターは生身の人間も同然なのである。


 そんなベクターが、遥か格下とはいえ神術師の一人であるラウィから攻撃されたらどうなるか。答えは、簡単に外れた彼の肩が物語っている。


 未知の痛み。

 わざわざ利き腕ではないであろう左手で剣を振り回すベクターは、それを強く恐れていた。


 未知の力。

 今まで戦ったことのない、神術膜を無視してくるラウィという謎の存在。何度叩き潰しても虫けらのようにしぶとく這い上がる、ラウィという不気味な生き物。


 それらの未経験の要素が、ベクターの警戒心を必要以上に釣り上げてしまった。


 結果ベクターは、ロクに確認することもなく、飛び出してきたただの水の塊に反応してしまったのだ。



 そしてそれは、致命的な遅れであった。



 水柱から飛び出したラウィは、囮の水塊を刺し貫いたベクターの剣を掴み、その動きを制限する。


 もはや、ラウィは神術膜を全く張っていなかった。剣を握った左手から鮮血が舞う。

 代わりに、身体中の全ての神力を拳一つに集中していた。


 見上げるような大木を揺らがしたほどの、ラウィの本気の一撃。


 ここでベクターは、焦燥という感情を初めて顔に出した。

 剣から手を離し、迫り来るラウィの拳からの回避に全力を注ぐ。




――が、しかし。




 バシャッと、ベクターの後頭部から水が直撃した。


 ラウィがあらかじめ操作しておいた、最後の水塊だ。

 それが、逃げようとしたベクターの頭を強制的にラウィの射程圏内に押し戻した。



 ベクターの逃避を、許さなかった。



「ッ! ま、待っ……ッ!」


「あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!!!!」



 ラウィは、天が裂けるような咆哮とともに、その拳を打ち抜いた。



 その拳は、誰かの意識を力づくで奪い取った。



 人の命を軽視し村人を何人も殺した誰か。


 身勝手な自己顕示欲を振りかざした誰か。


 とある少年の逆鱗に触れてしまった誰か。




 かつてヒーローに憧れた少女に、苦悩する過去を背負わせた誰か。




 そんな外道な誰かは、たった今、とあるわがままな少年によって倒された。



 少年は、雄叫びをあげた。

 今にも崩れそうなほどボロボロで、それでも力強い少年の声。

 とても一つの言葉では言い表せない感情がその叫びには込められていた。




 『蝉』と呼ばれた少女を中心とした、とあるヒーローの物語。

 二年間もの長きにわたって沢山の人に不幸を振りまいた、そんな凄惨なお話。




 それぞれの求めるモノを巡る戦いは、終結した。





 蒼い瞳を持つ少年は、勝利した。

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